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分かるなら、任せればいい


 メルが先頭に立ってから、しばらく経った。


「止まって」


 突然、メルが足を止める。


 後ろを歩いていた三人も止まった。


「どうした?」


 ガイアスが聞く。


 メルの耳が、ぴくぴくと動く。


「この先にいる」


「何が?」


「魔物。たぶん二匹」


 オルガンが槍を強く握り直す。


「避けられるか?」


「うん。少し遠回りになるけど、こっちから行けば大丈夫だと思う」


 メルが街道から外れた細い道を指さした。


「なら、そっちだ」


 ガイアスが迷わず答える。


「戦わないの?」


「戦う必要がないならな」


「……うん!」


 メルが再び歩き出す。


 前から、聞こえた音や気づいた匂いを伝えることはあった。


 けれど、その先を自分から言うことはあまりなかった。


 今は、分かることならそのまま言えばいいと思える。

 こうした方がいいと思ったなら、それも言っていい。


 薬草を採りに行った、あの日みたいに。


「こっちだよ」


 メルは、少しだけ足を速めた。


 その後も。


 メルは何度か足を止めた。


「こっちはやめた方がいいよ」


「なんで?」


「匂いがする」


 別の場所では。


「少し待って」


「今度は?」


「音。向こうに何かいる」


 そのたびに進む道を変える。


 普通なら魔物と遭遇していた場所を。


 四人は、一度も戦うことなく抜けていった。


     ◇


「……見えてきたね」


 マシューが前を見る。


 木々の向こう。


 遠くに大きな山並みが見えていた。


 ナロード山脈。


 その麓に広がる森。


 今回の目的地だった。


「……もう着いたのか」


 オルガンが山並みを見る。


「早いね」


 マシューも少し驚いたように笑った。


「本当なら、着くのはもっと後の予定だったんだけど」


「半日ちょっとか」


 ガイアスが周囲を見る。


「随分早いな」


「戦闘もなかったしね」


 マシューが言う。


「今回は馬車もないから、道も選べたし」


「馬車があるとダメなの?」


「ダメってわけじゃないよ。ただ、馬車が通れる道は限られるからね」


 メルが来た道を振り返る。


 途中。


 馬車では通れそうにない細い道も何度か使った。


「それに、戦えば勝てても時間はかかるからね。怪我するかもしれないし、体力も使う」


「避けられるなら、その方がいいってこと?」


「うん。無理に戦う必要はないからね」


「……そっか」


 メルの尻尾が。


 少しだけ揺れた。


「ただ」


 ガイアスが森を見る。


「ここからが本番だ」


 メルも森へ視線を向けた。


     ◇


 日が傾き始めた頃。


 四人は森の手前で野営の準備をしていた。


 小さな焚き火を囲みながら。


 メルは昼間から気になっていたことを聞いた。


「そういえば、ビッグデスマンってどうやって地面から出すの?」


「餌を使う」


 オルガンが言った。


「餌?」


「大ミミズだ」


「大ミミズ……」


「餌で地上まで誘い出すんだよ」


 マシューが続ける。


「ただ、何でもいいってわけじゃないんだよね」


「そうなの?」


「ビッグデスマンは妙に偏食でね。腹に子を抱えている雌の大ミミズしか食わないらしい」


「そんなに?」


「そう」


「見分けられるの?」


「捕まえればな」


 ガイアスが答える。


「普通は大ミミズを見つけて、掘り出して、それから捌いて確認するんだ」


 マシューが肩をすくめる。


「違ったら、また次を探す。だから結構時間がかかるんだよね」


「ふーん……」


 メルが少し考える。


「子を抱えてる雌って、普通の大ミミズと何が違うの?」


「腹を捌かないと分からん」


 オルガンが答える。


「他に何かないの? 見た目とか、匂いとか」


「見た目はほとんど変わらないらしいよ」


 マシューが少し考える。


「ただ、分泌物が違うから、独特な匂いがするって話は聞いたことがある」


「匂い?」


「うん。でも、人間にはほとんど嗅ぎ分けられないみたいなんだよね」


「……」


 三人が顔を見合わせた。


 次の瞬間。


 三人の視線が、メルへ集まる。


「それだ」


「それだな」


「それだね」


「え?」


 メルが自分を指さす。


「私?」


「近くなら分かりそう?」


 マシューが聞く。


「うーん……」


 メルが少し考える。


「大ミミズが動いてる場所は音で探せるし、匂いが違うなら、その中から選べると思う」


 ガイアスが短く頷いた。


「やる価値はあるな」


「うん!」


 メルが頷いた。


「でも、見つけた後は?」


「木に吊るす」


 ガイアスが答える。


「吊るすの?」


「ああ」


「地面から離して、匂いを広げるんだ」


 マシューが続ける。


「捌いた後でも餌にはなるから、そのまま使えるよ」


「へぇ」


「匂いにつられて、ビッグデスマンが地上に出てくる」


 オルガンが言った。


「出てきたら倒すんだよね?」


「ああ。ただし」


 ガイアスが焚き火を見る。


「爪と毛皮は、できるだけ傷つけたくない」


「そっか。親方が使うんだもんね」


「そういうこと」


 マシューが頷く。


「だから、できれば長引かせたくないんだよね」


「すぐ倒すってこと?」


「できればな」


 ガイアスが答える。


「それと、もう一つ」


 マシューが焚き火へ小枝を放り込む。


「ビッグデスマンは、目がほとんど利かないらしいんだ」


「目が?」


「うん。その代わり、鼻がものすごくいい」


「鼻が……」


 メルが少し考える。


「じゃあ」


「ん?」


「匂いが分からなくなったら?」


 三人がメルを見る。


「目がほとんど見えなくて、鼻で周りを見てるみたいな感じなんでしょ?」


「まあ、そんな感じだろうね」


 マシューが頷く。


「だったら、強い匂いを近くで一気に嗅がせたら、ほかの匂いが分からなくなるかも」


「一瞬でもか?」


 ガイアスが聞く。


「たぶん」


 メルが頷く。


「嗅覚がすごくいいなら、その分強い匂いの影響も大きいと思う」


 マシューが何かを思い出したように顔を上げた。


「オルガン」


「なんだ」


「あれ、持ってる?」


「あれ?」


「香油」


「……持ってるが」


「使えるかもしれないよ」


 オルガンが眉を寄せる。


「俺の香油を?」


「あれ、かなり匂い強いだろ」


「強くない」


「いや、強いって」


「俺の故郷じゃ、いい匂いなんだ」


「それは故郷の話だろ」


 メルが首を傾げた。


「どんな匂い?」


 オルガンが荷物から香油の入った瓶を取り出した。


 蓋を少しだけ開ける。


「……っ」


 メルの顔が、ほんの少しだけ歪んだ。


「そんなにきついか?」


「私はなんとか平気だけど……かなり強い匂いだね」


 メルがもう一度、少しだけ鼻を近づける。


「これだけ強い匂いを近くで一気に嗅いだら、嗅覚が鋭い魔物なら、一瞬ほかの匂いが分からなくなるかも」


「使えそうか?」


「うん。ずっとは無理だと思うけど、一瞬なら」


 メルが瓶を見る。


「それに」


「それに?」


「私達獣人の中でも、この匂いがかなり苦手な種族はいると思う」


「例えば?」


「猫族とか」


「……」


 オルガンが瓶へ視線を落とした。


「……そうなのか?」


 その声が。


 少しだけ変わった。


 マシューがオルガンを見る。


「……」


「なんだ」


「いや」


 マシューは少しだけ笑った。


「別に」


 ガイアスが二人を見比べる。


「何の話だ?」


「なんでもないよ」


 マシューが答える。


「それより、作戦を決めよう」


「どうする?」


 ガイアスが聞く。


「まず、ビッグデスマンが完全に地上へ出て、餌に食いつくまで待つ」


 マシューが指を一本立てる。


「僕は先に、香油を染み込ませた布を矢につけておく。出てきたら、その穴へ撃ち込む」


「矢?」


「ビッグデスマンが出てきた穴へね」


 マシューが続ける。


「穴の方を強い匂いで塞ぐんだ」


「それだけじゃ足りないよね?」


 メルが聞く。


「うん」


 マシューが頷く。


 メルが香油の瓶を見る。


「じゃあ、私は周りに撒く」


「お前が?」


 ガイアスがメルを見る。


「うん」


 メルが頷く。


「餌を食べてる間なら、近づけると思う。私なら早く動けるし」


「危なくなったら、すぐ離れろ」


「分かった」


 ガイアスは少しだけ考えて、頷いた。


「なら、任せる」


「うん!」


 メルの尻尾が大きく揺れた。


「これで」


 マシューが地面に円を描く。


「穴には僕の矢」


 今度は、その円の周りを指でなぞる。


「周りにはメルが香油を撒く」


「そうすれば」


 メルが続ける。


「どっちを向いても、強い匂いばっかりになる」


「鼻で周りを判断してるなら、一瞬は混乱するはずだ」


 ガイアスが言った。


「その一瞬で仕留める」


 オルガンが、傍に置いた槍を見る。


 穂先には、突くだけではなく薙ぐこともできる幅広い刃がついている。


「首か?」


「ああ」


 ガイアスが頷く。


「俺とお前で左右から入る」


「一撃で落とす」


「できるか?」


「誰に聞いてる」


「なら決まりだ」


 マシューが笑った。


「僕が穴」


「私は周り」


「俺とオルガンが首」


「分かりやすいね」


「お前は全体も見てろ」


 ガイアスがマシューを見る。


「もちろん」


「よし」


 ガイアスが焚き火を見る。


「今日は休め」


「明日が本番だからね」


 マシューも火に手をかざす。


 メルは、森の方へ耳を向けた。


 風の音。


 木々の音。


 遠くにいる何かの声。


 聞こえるものは。


 前から変わっていない。


 匂いだって。


 ずっと前から分かっていた。


 ただ。


 それをどう使うのか。


 少しだけ。


 分かるようになってきた気がした。

今回は、メルが元々持っていたものを、少しずつ自分から使い始めるお話でした。

次回はアキラ側に戻ります。

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