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待つなら、できることをやればいい

前話でようやく、アキラの《適当》が固有名詞をどう認識しているのか説明できました。

ずっと書きたかった部分の一つだったので、ようやく出せたなという感じです。

また今週から毎日1話ずつ投稿していきますので、お時間のある時に読んでもらえたら嬉しいです。

よろしくお願いします。


 親方が、ビッグデスマンの爪を箱へ戻した。


 重そうな音を立てて、蓋が閉まる。


「で」


「ん?」


「次はどうすんの?」


 俺が聞くと、親方は箱の上に手を置いた。


「まずは試す」


「砕くやつ?」


「ああ」


「いきなり?」


「言い出したのはお前だろうが」


「そうやけど」


 できへんかもしれん、とは思ってる。


 そもそも。


 あんな硬そうな爪を細かくして、皮や毛皮と組み合わせる。


 言った俺自身、どうやったらええのか分かってない。


「ただ砕けばいいって話でもねぇ」


 親方が続ける。


「どこまで細かくするのか。砕いた後も硬さが残るのか。皮と合わせられるのか」


「……結構あるな」


「当たり前だ」


 親方は俺を見る。


「それと、お前には工房の仕事も覚えてもらう」


「そっちも?」


「そっちが先だ」


「爪は?」


「やる」


「工房の仕事は?」


「やる」


「短剣は?」


「教える」


「全部?」


「全部だ」


「……」


 俺は親方を見る。


 親方も俺を見る。


「ちょっと待って」


「なんだ」


「これ、今日一日でやるん?」


「誰が一日でやると言った」


「いや、この流れやと今日全部やらされるんかと思うやん!」


「できるならやってもらっても構わねぇぞ」


「無理や!」


 即答した。


 できることからやればいいとは思ってる。


 できんことまで一日で全部やれとは言ってない。


 グランのおっちゃんが小さく笑った。


「心配しなくても、時間はありますよ」


「時間?」


「彼らが戻ってくるまでです」


「……メル達?」


「ええ」


 そういえば。


 大モグラ――。


 いや。


 ビッグデスマンを一匹丸ごと持って帰ってくる。


 それだけは聞いていた。


「どれくらいで帰ってくるん?」


「早くても二、三日でしょうね」


「そんなかかるん?」


 思わず聞き返した。


 親方が腕を組む。


「行くだけでも一日見てる。帰りもある。向こうに着いてすぐ獲物が見つかるとも限らねぇ」


「遅けりゃ四、五日ってところでしょうか」


「四、五日……」


 思ってたより長い。


 昨日まで。


 ずっと隣におった。


 薬草を採りに行く時も。


 風呂に行く時も。


 朝、ギルドに行く時も。


 気づけば、いつもメルがおった。


 そのメルが。


 今は俺の知らん場所に向かってる。


 しかも。


 俺の腕くらいある爪を持った、大モグラのところへ。


 心配せんわけがない。


 でも。


 だからって。


 俺がここで、何もせず待ってても仕方ない。


 メル達は。


 今、自分達にできることをやりに行ってる。


 なら。


 俺も。


「……そっか」


「アキラ君?」


「それなら、ちょうどええか」


 俺は親方を見る。


「工房の仕事も覚える」


「ああ」


「爪も試す」


「ああ」


「短剣も」


「時間があればな」


「そこは絶対入れてや」


「お前次第だ」


 ほんまに容赦ないな、この人。


 でも。


 それくらいでええ。


「メル達が無事に帰ってきた時に」


 俺は、一度言葉を止めた。


「俺だけ今のままってのは、嫌やからな」


 親方は何も言わなかった。


 グランのおっちゃんも黙っている。


「できること、全部やるわ」


「……そうか」


 親方はそれだけ言った。


 それから。


 グランのおっちゃんが俺を見る。


「では、もう一つ決めておきましょうか」


「なに?」


「アキラ君の滞在についてです」


「滞在?」


「ええ」


 グランのおっちゃんは、いつもの穏やかな顔で言った。


「昨日、衛兵に連れて行かれたそうですね」


「…………」


 なんで。


「なんで知ってんの!?」


「商人ですから」


「答えになってへんやろ!」


 昨日の今日やぞ!


 しかも俺。


 別に街中で大騒ぎして捕まったわけちゃうぞ!


「情報が遅い商人は、商機も逃しますからね」


「いや、それにしたって早すぎるやろ……」


 このおっちゃん。


 俺が思ってる以上に、怖い人なんちゃうか。


「それで、滞在税ですが」


「ちゃんと払ったで!」


「知っています」


「そこまで知ってんの!?」


「商人ですから」


「便利な言葉やな、それ!」


 グランのおっちゃんが笑う。


「ただ、この数日間アキラ君がここで働くとなれば、別の依頼を受ける時間は減るでしょう」


「まあ……そうなるな」


 工房の仕事。


 防具の素材。


 短剣。


 全部やるなら、他の仕事までやる余裕はない。


「そこで、アキラ君がこの仕事に関わっている間の滞在税と宿代。それから最低限の食費はこちらで持ちます」


「……はい?」


 一瞬。


 何を言われたのか分からなかった。


「いやいやいや」


「はい」


「それはあかんやろ」


「なぜです?」


「なんで俺の宿代まで、おっちゃんが払うねん」


「必要だからです」


「必要?」


「勘違いしないでください」


 グランのおっちゃんの声は、相変わらず柔らかい。


 でも。


 さっきまでとは、少し違って聞こえた。


「これは施しではありません」


 おっちゃんが笑う。


「投資です」


「……投資」


「獣人用の防具が商品として成立するなら、新しい商売になります」


 グランのおっちゃんが、親方の工房を見回す。


「そのきっかけを作ったのは、アキラ君です」


「いや、俺はただ――」


「思いついただけ?」


「……そう」


「その思いつきに価値があるんですよ」


 さらっと言われた。


「数日の宿代や滞在税を惜しんで、アキラ君が別の仕事に時間を取られる方が、私にとっては損です」


「……」


「ですから、投資です」


 グランのおっちゃんは笑っている。


 いつもの、優しい笑い方や。


 でも。


 ……おっちゃん。


 目ぇ、笑ってへんやん。


 なんか急に。


 この人が、この街でも一番の商人やって言われた理由が分かった気がした。


「……おっちゃん」


「はい」


「意外と怖いな」


「褒め言葉として受け取っておきます」


「否定せえへんのや」


「商人ですから」


「それ気に入ってるやろ!」


 グランのおっちゃんが笑った。


「話は終わったか」


 親方が言う。


「たぶん」


「なら手ぇ動かせ」


「はい!」


「返事は一回でいい」


「はい!」


 ……いや。


 今ちゃんと一回で返事したやろ。


 これ言ったらあかんやつやな。


 親方が呆れた顔で作業台を指さす。


「まず仕事だ」


「了解」


 メル達が戻ってくるまで。


 二日か。


 三日か。


 もしかしたら、もっとか。


 どれだけあるかは分からん。


 でも。


 時間があるなら、その分だけ。


 俺にできることを増やせばいい。


 無事に帰ってきた時に少しくらいは。


 胸張って迎えられるように。


     ◇


 その頃。


 街から離れた街道を、四人の冒険者が歩いていた。


「マシュー」


 先頭を歩いていたガイアスが口を開く。


「なに?」


「メルに、これからの段取りを説明してやれ」


「リーダーが説明すればいいのに」


「お前の方が向いてる」


「あいよ」


 マシューが少し歩調を落とす。


 そのまま、メルの隣へ並んだ。


「じゃあ、改めて説明するね」


「うん」


「まず向かうのは、ナロード山脈」


 メルの耳がぴくりと動いた。


「その麓にある森が目的地」


「ナロード山脈?」


「知ってる?」


「うん」


「なら話は早いね。普通に行っても、一日は見てる」


「一日……」


「道中で魔物に出会えば、もう少しかかるかもしれない」


 マシューが前を向く。


「だから、できるだけ戦闘は避けたい」


「そのために私が探すんだね」


「そういうこと」


 マシューが頷いた。


「目的地に着くまでは、周りの魔物を探ってほしい。できれば、会わないように進みたい」


「分かった」


「それと、ビッグデスマンは基本的に地面の下にいる」


「ずっと?」


「いや。餌を食べる時は巣穴から出てくるらしい」


「じゃあ、森に着いてから探すんだ」


「そこから先は、また着いてから――」


「でも」


 メルが立ち止まった。


 三人も足を止める。


「どうした?」


 マシューが聞く。


 メルは少し考えてから、街道の先を見る。


「ナロード山脈なら、近道知ってるよ」


「近道?」


「うん。前に薬草を採りに、近くまで行ったことあるの」


 ガイアスが振り返る。


「街道を通らないのか?」


「途中までは通るよ。でも、少し先から別の道に入れる」


「安全なのか」


 今度はオルガンが聞いた。


「魔物はいるけど」


 メルの耳が動く。


「なるべく会わないようにはできると思う」


「分かるの?」


 マシューが聞く。


「うん。匂いと音で」


 メルは、当たり前のように答えた。


「それに、あの辺なら魔物がよくいる場所も少し知ってるから」


 三人が顔を見合わせる。


 少しだけ間が空いて。


 ガイアスが言った。


「なら、任せる」


「うん!」


 メルの尻尾が大きく揺れた。


「こっち!」


 今度はメルが先頭へ出る。


 四人は、メルの知る道へと進み始めた。

※今さらですが、第18話のお風呂回イメージです。

ガイアス、やっぱりデカい。


挿絵(By みてみん)

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