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できる奴に頼めばいい

「なんとかなりそうやな」


アキラは防具を眺めながら、もう一度呟いた。


肩。


脇。


腰。


留め具。


さっきまで、ただの防具にしか見えなかった。


だが今は違う。


メルがどう身体を動かすのか。


どこを固定されると、その動きが邪魔されるのか。


それが、なんとなく分かる。


アキラは胸当てを手に取った。


「……これならいけるか?」


「何か分かったの?」


メルが隣から覗き込む。


「多分」


「多分?」


メルの耳が怪しむように傾いた。


「とりあえず、これ着てみて」


「え?」


アキラが胸当てを差し出す。


メルはそれを見て、眉をひそめた。


「人間用だけど」


「知ってる」


「動けなくなるって言ったよね?」


「それも知ってる」


「じゃあ、なんで?」


「ええから」


「…………」


明らかに不満そうだったが、メルは胸当てを身につけた。


「ちょっと腕上げてみて」


「こう?」


メルが腕を上げる。


途中で肩が引っかかった。


「そこか」


アキラは肩の部分を見る。


「次、身体ひねって」


「……こう?」


今度は脇から腰にかけて革が張る。


メルの動きが止まった。


「なるほどな」


「何が?」


「邪魔してる場所」


アキラは胸当てを指差した。


「ここで肩止めて、こっちが身体ひねるの邪魔してる」


メルが自分の身体を見る。


「……そうだけど」


「じゃあ、そこ合わせたらええんやろ?」


「どうやって?」


「それを今から考える」


「今から!?」


メルの耳がぺたりと伏せた。


「そんな顔せんでも」


「だって不安なんだけど」


「俺もや」


「もっと不安になった!」


アキラは笑いながら、メルから胸当てを受け取った。


もう一度、じっくり見る。


金属そのものをどうこうするのは無理だ。


そんな技術はない。


だが、肩を留めている革紐。


脇の固定。


腰まで伸びた革。


それくらいなら――。


「これ、ちょっと借りるで」


アキラは近くにあった道具を借り、胸当てをいじり始めた。


肩を強く固定していた革紐を緩める。


位置を少しずらす。


脇の可動域を狭めていた革を外し、留め方を変える。


腰まで固定していた部分も、一部を外した。


難しい加工ではない。


何かを新しく作ったわけでもない。


ただ。


メルの動きを邪魔している部分を見つけて、邪魔にならないようにしただけ。


「……こんなもんか?」


アキラは胸当てを持ち上げた。


見た目は少し不格好になった。


「はい」


メルは差し出された胸当てとアキラの顔を交互に見る。


「……本当に大丈夫?」


「知らん」


「知らないの!?」


「だから試すんやろ」


「…………」


メルはものすごく嫌そうな顔をしながら、それを受け取った。


再び胸当てを身につける。


「腕上げてみ」


メルが恐る恐る腕を上げた。


「…………」


さっき引っかかったところを越える。


そのまま上まで上がった。


メルの耳がぴくりと動いた。


「次、ひねって」


身体を捻る。


止まらない。


「ちょっと動いてみて」


メルは数歩離れた。


軽く腰を落とす。


地面を蹴った。


一気に加速し、身体を捻る。


腰の剣を抜きながら踏み込み――止まった。


「…………」


アキラは少し離れたところから、その様子を見ている。


「どう?」


メルは答えない。


もう一度、肩を回す。


身体を捻る。


軽く跳ぶ。


尻尾が動き、それに合わせて身体が自然に傾いた。


「……動ける」


メルは驚いたように、自分の肩を見る。


「お」


「これなら動ける」


今度は胸当てに触れる。


「さっきの魔物が相手でも……これなら、もう少し近くまで行けたと思う」


「ほな成功やな」


アキラは満足そうに頷いた。


だが。


改めて胸当てを見る。


「…………」


「どうしたの?」


メルの耳が少し傾く。


「いや」


動けるようにはなった。


それは間違いない。


だが、そのために外したものもある。


緩めた場所もある。


当然――守れる範囲は減っている。


「これ以上は無理やな」


「え?」


メルが胸当てを見下ろす。


「動きやすくするだけなら、邪魔なもん外していけばええけど」


アキラは胸当てを指差した。


「外した分だけ、守れんようになるやろ?」


「……うん」


「ちゃんと守れて、ちゃんと動けるようにするなら……」


アキラはもう一度、胸当てを眺めた。


形そのものを変える。


必要な場所には別の素材を使う。


動きを邪魔しない場所で固定する。


そういうことが必要になるのだろう。


何が邪魔なのかは分かる。


何がメルに合っていないのかも、少し分かる。


けれど――


それを形にする技術がない。


「俺、鎧なんか作ったことないし」


「…………」


メルが胸当てを見る。


さっきまで立っていた耳が、少しだけ下がった。


「じゃあ……ここまで?」


「ん?」


「これ以上は、できないんでしょ?」


「俺にはな」


メルが顔を上げる。


「……同じことじゃないの?」


「全然違うやん」


アキラは当然のように言った。


「できる奴に頼めばええ」


「…………」


メルが目を瞬いた。


少し離れたところで二人のやり取りを聞いていた槍の男が、呆れたように笑う。


「簡単に言うなよ。誰に頼むんだ?」


「知らん」


「お前、本当に適当だな!」


「せやから――」


アキラは一瞬、視界の端に浮かんでいる《適当》を見た。


「……それ、今ちょっとややこしいからやめてくれる?」


「何がだよ!」


その時。


「それなら……」


おずおずと手を挙げた者がいた。


商人だった。


「私に一人、心当たりがあるよ」


「おっちゃん?」


「その呼び方やめてくれないかい?」


「じゃあ商人のおっちゃん」


「何も変わってないよ!」


アキラは気にせず立ち上がった。


「鎧作れる人?」


「ああ。次に向かう街に、昔から付き合いのある鍛冶職人がいる」


「おお」


「ただ……」


商人はメルを見た。


「獣人用の防具なんて、作ったことはないと思うけどね」


「別にええやん」


アキラは即答した。


「え?」


商人が目を瞬く。


「人間用でも獣人用でも、鎧作れるんやろ?」


「まあ、それは……」


「じゃあ聞いてみたらええやん」


あまりにも簡単に言うので、商人は苦笑した。


メルも黙ってアキラを見ている。


「……断られるかもしれないよ」


商人が言った。


「そん時は?」


アキラは少し考えた。


「別の奴探したらええんちゃう?」


「…………」


「一人しか鎧作れる奴おらんわけじゃないんやろ?」


「それは、そうだけど……」


「なら大丈夫やろ」


何が大丈夫なのか。


メルには、いまいち分からなかった。


けれど。


「獣人には合わない」


そう言われて終わるのが当たり前だった。


自分も、それ以上考えたことはなかった。


仕方がない。


昔からそうだから。


獣人だから。


そんな言葉で、ずっと終わっていた。


なのにこの男は。


「合わないなら、合わせればいい」


と言った。


できないと分かれば、


「できる奴に頼めばいい」


と言う。


それでも駄目なら、別の誰かを探せばいいと言う。


まるで――


できないことなど、たいした問題ではないかのように。


「……変な人」


メルが小さく呟いた。


「ん?」


「なんでもない」


「そう?」


アキラは首を傾げた。


そして商人を見る。


「で、その街って遠いん?」


「ここからなら、日が暮れる前には着くと思うよ」


「よし」


アキラは馬車へ向かった。


「行こか」


「おい」


剣を持った男が呼び止める。


「なんでお前まで普通についてくる気なんだ?」


アキラが振り返った。


「え?」


「え? じゃねぇよ。これは俺たちの護衛依頼だぞ」


「…………」


アキラは考えた。


そういえば。


自分はこの一行と何の関係もない。


巨大トカゲに追われて勝手に合流しただけだった。


「……ああ」


今さら気づいた。


「俺、部外者か」


「今気づいたのかよ!」


「じゃあ、おっちゃん」


アキラは商人を見る。


嫌な予感がしたのか、商人の顔が引きつる。


「な、なんだい?」


「街まで乗せてって」


「なんでそうなるんだい!?」


「いや、だって」


アキラは自分が飛び出してきた茂みを見る。


「またあんなトカゲに襲われたら大変やん」


「それは君の都合だろう!?」


「そうなんやけど」


アキラは少し考えてから、真顔で続けた。


「もし俺が帰り道で食べられたら――」


「食べられたら?」


「おっちゃんのとこ化けて出るで?」


「なんで私なんだい!?」


「あの時、馬車に乗せてくれてたら……って」


「やめてくれ!」


「毎晩」


「毎晩!?」


「枕元で」


「分かった! 乗せる! 乗せるから!」


「お、マジ?」


アキラの顔が一瞬で明るくなる。


「おっちゃん、ええ人やな」


「誰のせいだと思ってるんだい!」


「知らんけど」


「君だよ!!」


メルが吹き出した。


「ふっ……」


全員の視線が集まる。


「…………」


メルは慌てて口元を押さえた。


「笑ってない」


「いや笑ったやろ」


「笑ってない」


「絶対笑ったって」


「笑ってない!」


ほんの少し前まで伏せられていた犬耳が、


今はまっすぐ立っていた。


アキラはそれを見て――


なぜか少しだけ、嬉しくなった。


こうして。


魔王討伐を頼まれた男は、


魔王がどこにいるのかを探すより先に――


犬耳の少女の鎧を作るため、街へ向かうことになった。

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