違うなら、試せばいい
「ガイアスだ!」
工房にガイアスの声が響いた。
「相変わらず賑やかですねぇ」
「ん?」
聞き覚えのある声がして、入口を見る。
そこに立っていたのは、小太りの中年の男だった。
「あ、おっちゃん」
「久しぶりに会って最初の一言がそれですか?」
「グランのおっちゃん」
「名前をつけても、おっちゃんは残るんですね」
「そこ大事やからな」
「何が大事なんですか」
グランのおっちゃんが呆れたように笑う。
「グランさん!」
メルが嬉しそうに駆け寄った。
「お久しぶりです、メルさん。元気そうで何よりです」
「うん!」
「アキラ君も元気そうですね」
「見ての通り」
「それ、私の台詞だった気がするんですが」
「細かいこと気にしたら商売できへんで」
「商人に言います?」
相変わらずやな。
街に来てからそれほど経ってないはずなのに、なんとなく懐かしく感じる。
「で、おっちゃんも来たってことは」
俺はメルが抱えている防具を見る。
「やっぱりこれの話?」
「ええ」
グランのおっちゃんの表情が少し変わった。
「そのために来ました」
さっきまでの柔らかい顔とは違う。
商人の顔。
俺が今まであまり見たことのない顔だった。
「バルドさんから、ある程度は聞きましたか?」
「だいたいは」
「なら話は早いですね」
おっちゃんがメルの防具を見る。
「まずは、それが本当に使える物なのか確かめましょう」
親方が頷いた。
「メル」
「はい」
「着けるぞ」
「うん!」
メルが試作品を抱えたまま、大きく頷いた。
◇
「腕上げろ」
「こう?」
「ああ」
メルが両腕を上げる。
「次、前に出せ」
「うん」
「身体捻ってみろ」
「こう?」
親方が一つずつ動きを確認していく。
胸。
肩。
腕。
腰。
試作品は、メルの身体に合わせて留め具の位置を細かく変えられるようになっていた。
親方が締める。
メルが動く。
また外す。
少し位置を変える。
また動く。
その繰り返し。
「どうだ?」
「動きやすいよ」
「人間用よりは、だろ」
「うん」
「それじゃ足りねぇ」
親方が短く言う。
「走ってみろ」
「ここで?」
「軽くでいい」
「分かった」
メルが工房の空いている場所を数歩走る。
止まる。
向きを変える。
もう一度。
今度は少し身体を低くして、何かを避けるように横へ動いた。
尻尾が大きく揺れる。
「……あ」
「どうした?」
親方が俺を見る。
「もう一回やって、メル」
「うん?」
メルが同じ動きをする。
やっぱり。
「腰の後ろ」
「後ろ?」
「尻尾の付け根のところ。ちょっと当たってへん?」
メルが自分の後ろを見る。
「分かんない」
「もう一回」
動く。
尻尾が右へ。
次に左へ。
その瞬間、腰の装具がほんの少しだけ動きを邪魔しているように見えた。
「親方」
「ああ」
親方も気づいたらしい。
メルの腰元へ手を伸ばし、留め具を一つ外す。
位置を変える。
「もう一度だ」
「うん」
メルが動く。
今度はさっきより尻尾が自然に動いた。
「あ」
メル自身も分かったらしい。
「こっちの方が動きやすい」
「やっぱりか」
親方が腰回りをじっと見る。
「尻尾って、そんなに使うもんなん?」
グランのおっちゃんが聞いた。
「使うよ」
メルが答える。
「走る時とか、急に向きを変える時とか。バランス取るのに」
「なるほど」
グランのおっちゃんが小さく頷いた。
俺も最初にメルの防具を弄った時に見た。
人間より肩も背中も腰も大きく使う。
それだけじゃない。
尻尾まで使って身体のバランスを取っている。
人間用の防具をそのまま着せたら。
そら、動きにくいわな。
「次」
親方が言う。
「しゃがめ」
「うん」
「そのまま前に出ろ」
「はい」
メルが動く。
親方が見る。
俺も見る。
今度は肩の留め具を一段緩めた。
腕を振る。
身体を捻る。
しゃがむ。
立つ。
何度も繰り返す。
少しずつ。
本当に少しずつ。
防具がメルの身体に合っていく。
「……すごいね」
メルが自分の腕を見る。
「何が?」
「ちゃんと守られてるのに、動ける」
「そのために作ってるんやろ」
「そうだけど」
メルが嬉しそうに笑う。
その顔を見て、なんとなく俺も嬉しくなる。
俺が最初にやったのは、ただ形を合わせただけだった。
でも親方が今やっているのは違う。
着せて。
動かして。
メルの身体の使い方まで見ながら合わせている。
それでも。
実際に着せてみないと分からないことがある。
「簡単じゃないですね」
グランのおっちゃんが、調整された防具を見ながら呟いた。
「何が?」
俺が聞く。
「獣人用の防具ですよ」
おっちゃんがメルを見る。
「最初は、もう少し単純に考えていました」
「作れば売れる、みたいな?」
「そこまで単純ではありませんよ」
「ほんまに?」
「……少しくらいは考えました」
「考えてるやん」
グランのおっちゃんが小さく咳払いする。
「ですが、同じ物を作れば終わりというわけではなさそうですね」
「当たり前だ」
親方が鼻を鳴らした。
「犬族の獣人だけでも体格差はあります。さらに他の種族となれば、もっと違う」
グランのおっちゃんの言葉に、メルが頷く。
「うん。熊の人なんて、もっと大きいよ」
「虎の人も体つき違うよな」
「うん」
メルがもう一度頷いた。
同じ獣人。
そう一括りにしても、身体は同じじゃない。
人間同士だって、身体つきは違う。
ガイアスとマシューを並べて見れば、それくらい分かる。
けど獣人の場合は、それに加えて耳や尻尾、種族ごとの身体の作りまで違ってくる。
そら、同じもんを一つ作って終わり、とはいかんか。
「だから試すんですよ」
グランのおっちゃんが言った。
「まず一つ」
メルを見る。
「一人分を作る」
次に、親方へ視線を移す。
「実際に使ってもらう」
「問題があれば直す」
親方が続けた。
「ええ」
グランのおっちゃんが頷く。
「それを繰り返す」
なるほど。
いきなり完成品を作ろうとしてるわけやないんやな。
作って。
使って。
直す。
それなら俺にも分かる。
「メル」
親方が呼ぶ。
「もう一回動け」
「はい!」
メルが元気よく返事をした。
◇
調整が終わる頃には、外も少し暗くなり始めていた。
「今日はここまでだ」
親方が言う。
「明日はそれを着けて行け」
「うん」
メルが防具を見る。
さっきまでより、随分身体に馴染んで見える。
「本当にいいの?」
「何がだ」
「これ、使って」
「使わなきゃ試作品にならねぇだろ」
「……うん!」
尻尾が大きく揺れた。
「明日は朝から出る」
親方がガイアス達を見る。
「場所は分かってるな?」
「ああ」
ガイアスが頷く。
「大モグラを見つけるのはメル。見つけた後はお前ら三人だ」
「分かっている」
「素材を傷めるな」
「ああ」
「特に爪と毛皮だ」
「了解した」
オルガンとマシューも頷く。
さっきまでパンツリーダーとか言ってた連中とは思えんくらい真面目やな。
俺も一緒に行くような気分になって聞いていたけど。
俺は行かない。
明日はここに残る。
「親方」
「あ?」
「俺はいつ来ればええん?」
「こいつらと同じでいい」
「朝から?」
「ああ」
「分かった」
明日は明日で、俺にもやることがあるらしい。
何をするのかは、まだよく分からんけど。
親方が教えると言った。
なら。
とりあえずやってみればええ。
◇
翌朝。
俺が工房へ着いた時には、もう全員揃っていた。
メルは昨日調整した防具を身につけている。
胸。
腕。
腰。
昨日までの姿とは少し違う。
「どう?」
メルがその場で一回転する。
「似合ってるんちゃう?」
「ほんと?」
「うん」
尻尾が嬉しそうに揺れた。
ガイアス達も準備を終えている。
剣と盾。
槍。
弓。
初めて会った時と同じ三人。
でも。
なんとなく、あの時とは違って見える。
「じゃあ行ってくるね」
メルが言った。
「おう」
「ちゃんと親方の言うこと聞くんだよ?」
「なんで俺が送り出される側に注意されてんねん」
「だってアキラだし」
「どういう意味や」
メルが笑う。
俺も笑った。
「気ぃつけてな」
「うん」
そう返したメルを見て。
ふと、首元に手がいった。
「……あ、ちょい待ち」
「なに?」
首にかけていたネックレスを外す。
前の世界からずっと持っていたもの。
別に何か特別な力があるわけでもない。
ただの首飾りだ。
「メル」
「うん?」
「これ、持っといて」
「……え?」
メルの動きが止まった。
「俺、今回は一緒に行かれへんからな」
ネックレスを差し出す。
「お守り代わり」
「…………」
「なんや?」
メルは俺の手の中にあるネックレスと、俺の顔を交互に見る。
「……これ、私に?」
「他に誰がおんねん」
「……ほんとに?」
「ええって。貸すだけやけど」
「……」
メルはしばらくネックレスを見つめていた。
それから。
そっと受け取る。
「……つけてもいい?」
「ネックレスなんやから、そらそうやろ」
「……うん」
メルが自分の首にかける。
なぜか耳がゆっくり横へ倒れていく。
頬も少し赤い。
「似合ってるやん」
「……っ」
尻尾が大きく揺れた。
なんや。
そんな気に入ったんか?
「ちゃんと返してな」
「……うん」
メルが首元のネックレスに、そっと触れる。
少しだけ俯いて。
それから俺を見た。
「……ちゃんと、返すね」
「おう」
メルが嬉しそうに笑った。
「おい」
「ん?」
横からガイアスの声がする。
見ると。
なぜか妙な顔で俺を見ていた。
「お前……今、自分が何したか分かってるのか?」
「何が?」
「いや……だから……」
「ああ」
なるほど。
「悪い。急やったから、お前らの分は用意してない」
「いらん!」
「そんな怒らんでも」
「俺達はそっちの趣味はねぇ!」
「……?」
何の話や。
マシューは口元を押さえて笑っている。
オルガンまで顔を逸らして、笑いを堪えていた。
「なんやねん、お前ら」
「……もういい」
ガイアスが頭を抱える。
ますます分からん。
「じゃ、じゃあ行ってくるね!」
メルが少し慌てたように言う。
「おう」
ガイアス達が歩き出す。
メルもその後を追う。
工房の入口で一度だけ振り返った。
片手で首元のネックレスに触れながら。
もう片方の手を、小さく振る。
俺も軽く手を上げた。
メルが笑う。
四人の姿が見えなくなる。
扉が閉まった。
さっきまで七人もいた工房が、急に静かになった。
残ったのは。
俺と親方。
それから――。
グランのおっちゃん。




