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思いついたなら、形にすればいい


「ガイアスだ!」


「名前は覚えてるわ」


「なら名前で呼べ!」


「いや、でもあのパンツの印象が強すぎてな」


「……あれは入浴着だ」


「いや、知ってるけど」


「ならその呼び方をやめろ」


 ガイアスが低い声で言う。


 相変わらず怖い顔やな。


 風呂で会った時より、服を着ている分まだマシやけど。


「……お前ら、顔見知りか?」


 親方が俺とガイアスを交互に見る。


「まあ、一応」


「一応とはなんだ」


「細かいなぁ」


「誰のせいだと思ってる」


「なら話は早い」


 親方は俺達のやり取りには興味がないらしい。


 そう言うと、さっさと作業台の方へ歩いていった。


「こっち来い」


 俺とメルがその後を追う。


 ガイアス達三人も続いた。


 作業台の上には、布をかけられた何かが置かれている。


「親方。依頼って、何するん?」


「その前に話がある」


 親方が腕を組む。


「少し前、グランがここに来た」


「グランのおっちゃん?」


「ああ」


「なんでおっちゃんが親方んとこに?」


「商人が鍛冶屋に来ることくらいあるだろうが」


「まあ、それはそうやけど」


 せやけど。


 俺の知ってる二人が、俺の知らんところで繋がっているのは、なんか変な感じがする。


 そういえば――。


 最初にこの街へ向かうことになった時。


 メルの防具をなんとかしたいと言った俺に、グランのおっちゃんは心当たりのある鍛冶屋がいると言っていた。


 ……まさか。


 あの時言ってた鍛冶屋って、親方のことか?


「グランさん、元気なの?」


 メルが聞く。


「ああ。相変わらずよく喋る」


「それは元気そうやな」


 親方は俺を見る。


「お前ら、防具屋に行ったらしいな」


「ああ。メルの防具の」


 俺が答えると、メルも自分の胸当てに触れた。


 俺が最初に無理矢理調整した、あの胸当て。


 ちゃんとしたものを作ってもらおうと、防具屋に相談しに行ったことがある。


「そこで、お前が変わった注文をしたそうだな」


「変わった注文?」


「人間用の防具を獣人に合わせるんじゃなく、最初から獣人の身体に合わせて作れって」


「ああ」


 それか。


 俺としては、そんなに変わったことを言ったつもりはない。


 合ってへんのなら、合うように作ればええ。


 それだけの話や。


「その話を防具屋が他の職人や商人に話した。それがグランの耳に入った」


「おっちゃんの?」


「ああ」


 親方が頷く。


「グランは、この街でも一番の商人だ」


「そんな凄いおっちゃんやったん?」


「知らなかったのか?」


「見ての通り商人とは言うてたけど」


 そこまでとは聞いてない。


「商人なら、まだ誰もやってねぇ商売の話を聞けば食いつく」


 親方がメルを見る。


「今まで獣人用の防具なんて、まともに商品として作られてこなかった」


 メルの耳がわずかに動く。


「人間用を流用するか、使える物を探す。それが普通だ」


「うん……」


「だが、最初から獣人の身体に合わせて作れるなら話は変わる」


「どう変わるん?」


「売れる相手が増える」


 親方が短く答えた。


「グランはそこに目をつけた」


「私達に?」


「ああ」


 メルが少し驚いた顔をする。


「でも、獣人って言ってもみんな同じじゃないよ? 身体の作りも違うし」


「だから試す」


 親方が作業台へ手を伸ばした。


「まず一つ、作ってみりゃいい」


 布を掴む。


 ばさり。


「……おお」


 その下から現れたのは、一式の防具だった。


 胸を守るための防具。


 それだけじゃない。


 腕の動きを邪魔しないように作られた小手。


 腰回りにも、身体の動きに合わせられるよう革と金属を組み合わせた装具がある。


 俺が最初にメルの胸当てを弄った時とは比べ物にならない。


 ちゃんと最初から、一つの防具として作られている。


 ただ――。


「留め具、多ない?」


「ああ」


 親方が頷く。


「まだ獣人の身体の違いが分からん。調整できるようにしてある」


 なるほど。


 完成品やない。


 試すための防具か。


「メル」


「はい」


「持ってみろ」


「私が?」


「お前用だ」


「えっ?」


 メルの耳がぴんと立った。


 恐る恐る防具を手に取る。


 前から見て。


 横から見て。


 ひっくり返して。


 尻尾が少しずつ速く動き始めた。


 分かりやすいなぁ。


「これ、私が使っていいの?」


「試作品だ」


「試作品……」


「あとで実際に着けてもらう。動きにくいところがあれば、その場で調整する」


「うん!」


 メルが嬉しそうに防具を見る。


 俺も横から覗き込む。


 俺がやったのは、今ある物をメルに合わせただけ。


 これは違う。


 最初から、メルが使うことを考えて作られている。


「その前に依頼の話だ」


「この防具と関係あるん?」


「ああ」


 親方がガイアス達を見る。


「明日、こいつを着けて素材を採りに行ってもらう」


「素材?」


「大モグラだ」


「……大モグラ?」


「……大モグラ?」


 俺とメルの声が重なる。


「一匹、丸ごとだ」


「丸ごと?」


「爪と毛皮が要る。できるだけ傷めずに持ってこい」


「でも親方」


 メルが首を傾げる。


「なんで私も?」


 親方はガイアス達三人を見る。


「こいつらは戦える」


 そして、メルを見る。


「だが、見つけられねぇ」


「バルドの旦那」


 ガイアスが口を開く。


「俺達だけで充分――」


「うるせぇ!」


 工房に親方の声が響いた。


 ガイアスが口を閉じる。


 親方の目つきが変わっていた。


 いつもの無愛想な顔とは違う。


 鋭い目が、まっすぐガイアス達三人を捉えている。


「お前ら三人の戦闘の腕は認めてやる。だがな――素材採取に関しちゃ、まだまだ青二才だ!」


 親方の鋭い視線を受けて、ガイアスは何も言い返さなかった。


 後ろの二人も黙っている。


 どうやら、親方がここまで言うだけの理由があるらしい。


「大モグラは地面の下にいる。見つけられなきゃ、腕っぷしが強くても意味がねぇ」


「だから私?」


「ああ」


 親方が頷く。


「お前なら匂いか音で探せるだろ」


「たぶんできるよ」


「なら探せ」


「はい!」


 メルの耳がぴんと立つ。


 確かに、メルならできそうやな。


 この前も、俺には何も分からないうちから魔物のいる方向を見つけていた。


 地面の下でも、音か匂いがするなら見つけられるのかもしれない。


「見つけた後はこいつらの仕事だ」


 親方がガイアス達を見る。


「仕留め方は任せる。ただし、素材は傷めるな」


「分かった」


 ガイアスが短く答える。


「親方」


「あ?」


「メルが探して、この三人が捕まえるんやろ?」


「ああ」


「じゃあ俺は?」


 俺もメルと一緒に、名指しでここへ呼ばれた。


 俺にも何かあるはずや。


「お前は行かん」


「え?」


「ここに残れ」


「なんで?」


 親方は、メルが抱えている防具を見る。


「嬢ちゃんには、それを外で試してもらう」


 それから俺を見る。


「お前はここで、そいつがどうやって形になったのか覚えろ」


「……俺が?」


「そもそも、その嬢ちゃんの防具をなんとかしようとしたのは誰だ?」


「……俺やけど」


「グランから聞いた」


 親方が俺を見る。


「最初に合わねぇ防具を弄ったのもお前。最初から獣人に合わせて作れと言い出したのもお前だ」


「まあ、そうやけど」


「それに、お前がここで働いてた時のことも覚えてる」


 親方が工房の中を見る。


「物覚えがいい。周りも見てる。次に何が必要になるかも、自分で考えて動いてた」


 俺は黙って聞く。


「グランから話を聞いて、合点がいった」


 親方が、メルの抱えている防具を見る。


「俺には、これを形にする腕がある」


 そして俺を見る。


「だが、最初にこういう物が必要だと考えたのは俺じゃねぇ」


「…………」


「お前だ」


 親方の太い指が俺を指す。


「だったら、お前も手伝え」


「……俺が?」


「ああ」


「でも俺、鍛冶なんかやったことないで?」


「知ってる」


「何したらええかも分からんけど」


「だから教える」


「…………」


 俺は、メルが抱えている防具を見る。


 合わないなら、合わせればいい。


 俺にできないなら、できる奴に頼めばいい。


 ずっと、そう思っていた。


 そして。


 俺が頼もうとしていた『できる奴』が、今、目の前にいる。


「できる奴に頼めばええと思ってたんやけどなぁ」


「だから俺が作る」


 親方が短く言う。


「お前は手伝え」


「……結局そこなんやな」


「お前が考えたもんが、どうやって形になるのかくらい覚えとけ」


「…………」


 もう一度、防具を見る。


 それからメルを見る。


 メルは試作品を抱えたまま、こっちを見ている。


 尻尾がゆっくりと揺れていた。


「……分かった」


 俺は頷く。


「やってみる」


「そうか」


 親方はそれだけ言った。


 いつも通りやな。


「あ、そういや親方」


「あ?」


「前に言ってた短剣の使い方は?」


「忘れてねぇよ」


「ほんま?」


「まず仕事を覚えろ。その後だ」


「ちゃんと教えてくれるんやな」


「誰が教えねぇと言った」


「よかった」


「口動かす暇があるなら手ぇ動かせ」


「まだ何も始まってへんやん」


「なら早く始めるぞ」


「はい」


 やっぱり厳しいな。


 そこで俺は、ガイアスの後ろにいる二人を見る。


 そういや。


 こいつらと会うのも、街に着いた時以来か。


 一人は槍を持った男。


 ガイアスほどではないが背は高い。


 細身に見える身体もしっかり鍛えられていて、長い髪を後ろでまとめている。


 もう一人は弓を背負った男。


 三人の中では一番小柄で、一番若く見える。


 短い髪には少し癖があって、ガイアスや槍の男と並んでいると随分と雰囲気が違う。


 顔は覚えている。


 ただ――。


 そういや俺。


 この二人の名前、知らんな。


「そういや」


「なんだ?」


 ガイアスが振り返る。


「この二人、なんて名前なん?」


「お前……知らなかったのか?」


「聞いてへんもん」


「オルガンだ」


 槍の男が答える。


「オルガンな」


「ああ」


「俺はマシュー」


 今度は弓を背負った男が続いた。


「マシューな」


「そう。で――」


 マシューが隣のガイアスを指した。


「こっちが俺達のリーダー」


「それは知ってる」


 俺は頷く。


「際どいパンツの人やろ?」


「ガイアスだ!」


「だから名前は覚えてるって」


「なら名前で呼べ!」


 マシューが吹き出しそうになりながら口元を押さえる。


 その横で。


 オルガンも笑いを堪えるように、わずかに口元を歪めた。


「……パンツ」


「お前まで乗るな!」


「まだ何も言ってないだろ」


「絶対その先を言う気だっただろうが!」


 さっきまで親方に怒鳴られて黙っていた三人とは思えんな。


 まあ。


 これで名前は分かった。


 オルガン。


 マシュー。


 それから――。


 俺はガイアスを見て、悪戯っぽく笑った。


「パンツリーダー」


「俺の名前はガイアスだ!!」

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