助けてもらったなら、ありがとうと言えばいい
いつもお読みいただきありがとうございます。
今後の更新予定ですが、
10/9 0時・9時の2話掲載
10/10 0時・9時の2話掲載
10/11 お休み
を予定しています。
無理のないペースで続けていきますので、よろしくお願いいたします。
翌朝。
目を覚ます。
「……滞在税」
昨日の夜。
メルと約束した。
――本当に朝一番で行ってね?
――絶対?
――ほんとに?
「分かっとるって」
誰もいない部屋で呟く。
顔を洗って。
服を着る。
必要な金も確認する。
普段なら、このまま朝飯を食べてから動くところやけど。
今日は先に滞在税や。
朝一番で行くと約束した。
飯くらい、戻ってから食えばいい。
「よし」
俺は部屋を出た。
◇
宿を出る。
朝の街は、もう少しずつ動き始めていた。
店の準備をする人。
荷物を運ぶ人。
道を掃除している人。
俺はその間を抜けながら、門の方へ向かう。
「お?」
前から三人の衛兵が歩いてきた。
ちょうどええ。
先に聞いてみるか。
「おはようございます。ちょっと聞きたいんですけど、滞在税――」
「お前、アキラだな?」
「え?」
いきなり名前を呼ばれた。
「そうですけど」
「間違いないな?」
「はい」
次の瞬間。
「え?」
左右から腕を掴まれた。
「ちょ、ちょっと待って!」
「来い」
「いやいやいや!」
両脇を衛兵に抱えられる。
「自分で歩ける! 歩けるから!」
「なら大人しく歩け」
「そういう問題ちゃうねん!」
なんやこれ。
朝から。
俺、何した?
……いや。
思い当たること、一個しかないな。
「もしかして滞在税?」
「分かってるなら話が早い」
「いや、今それを払いに行く所なんですけど」
「それも詰所で聞く」
「……はい」
なんや。
めちゃくちゃ大事になっとるやん。
◇
連れてこられたのは、門の近くにある衛兵の詰所だった。
中へ入る。
机。
椅子。
壁には何枚か紙が貼られている。
その奥。
一人の男が腕を組んで座っていた。
年は四十代くらいだろうか。
体格がいい。
顔も怖い。
というより。
座ってるだけで圧がある。
「そいつか」
「はい」
衛兵が答える。
「座れ」
「はい」
素直に座る。
なんとなく。
ここで「はいはい」なんて言ったら、えらいことになる気がした。
男が俺を見る。
「名前は」
「アキラです」
「冒険者だな?」
「はい」
「昨日で滞在期限が切れている」
「……はい」
「分かっていたか?」
「夜になって思い出しました」
「なら、なぜ来なかった」
「……もう閉まってるかなと思って」
「確認したのか?」
「してません」
「なら、なぜ閉まっていると分かる」
「……分かりません」
「そうだな」
怖い。
正論しか飛んでこん。
「一晩くらいなら大丈夫だと思ったか?」
「……ちょっと」
「ちょっとじゃない」
「はい」
男が大きく息を吐いた。
「滞在税を払わず期限を越えれば、違反として記録が残る」
「それは聞きました」
「なら、その記録が何に影響するかは?」
「……ギルドにも良くない、と」
「具体的には?」
「知りません」
「だろうな」
男が机に肘をつく。
「記録が残れば、お前がギルドで受けられる依頼にも制限がかかる」
「制限?」
「ああ。信用に関わるからな」
男は俺を真っ直ぐ見る。
「護衛や街の外へ出る依頼。依頼主が信用を必要とする仕事。そういうものを受けられる範囲が狭くなることがある」
「……マジですか」
「本当だ!」
思わず背筋が伸びる。
それは。
思っていたより面倒やな。
「滞在税そのものは、金を払えば終わりだと思っていたか?」
「……はい」
「金だけの問題なら、わざわざこんな所まで連れてこない」
「ですよね……」
「分かったか?」
「はい」
今度は。
本気で返事をした。
男が少しだけ表情を緩める。
「まあ、今回は初めてだ」
「え?」
「それに、悪質に逃げようとしたわけでもない」
「はい」
「今朝、自分から払いに来ようとしていたのも分かってる」
「……それ、なんで?」
「昨日、先にここへ来た奴がいるからだ」
「俺より先に?」
「ああ」
男が言った。
「メルだ」
「……え?」
「あの子が昨日のうちに事情を説明しに来た」
「……」
「お前が滞在税を忘れていたことも。夜になって思い出したことも。今朝、必ず払いに来ると約束していたこともな」
メル。
そこまでしてたんか。
「それから――」
男が少しだけ眉を下げる。
「『アキラは適当なところもありますけど、悪い人じゃないんです』ってな」
「……」
なんとも言えん。
褒められてるのか。
褒められてないのか。
「『明日の朝には必ず来るって言ってました。だから、できれば許してあげてください』って頭まで下げてたぞ」
「……すみません」
「俺に謝るより、あの子に礼を言っとけ」
「はい」
その時。
横に立っていた衛兵が、少し困ったような顔をした。
「隊長」
「なんだ」
「それ、アキラには言わないでくださいって言われてましたよね?」
「……」
「……」
俺と隊長の目が合う。
「言われてたな」
「言われてましたよね」
「もう言っちまった」
「全部言ってます」
「細かいことは気にするな」
「そこ、結構大事なところだと思いますけど」
この人。
思ってたより適当やな。
「メルはな」
隊長が腕を組み直す。
「手続きもきっちりしてる。無茶もしない。こっちも前から顔を知ってる」
「はい」
「街を出る時も戻った時も、『行ってきます!』『戻りました!』って、欠かさず声を掛けてくる」
なんとなく。
その姿が頭に浮かぶ。
「それだけじゃない」
隊長は続ける。
「あの子は、自分のことだけじゃなく俺たちのことまで気にかけてくれる」
「……」
「忙しそうなら声を掛けるし、疲れてりゃ大丈夫かって聞いてくる。こっちが仕事でやってるだけなのに、毎回ちゃんと礼まで言う」
隊長の声が少しだけ柔らかくなる。
「いい子なんだよ」
隣の衛兵も小さく頷いている。
「だから今回は、あの子の顔も立てる」
「え?」
「必要な分を払え。それで今回は大目に見る」
「記録は?」
「正式な違反として残すのは見送る」
「……いいんですか?」
「二度目はないぞ」
「はい!」
「返事だけはいいな」
「よく言われます」
「褒めてない」
「はい」
危ない。
また怒られるところやった。
隊長が手元の紙を一枚出す。
「必要な手続きをしていけ」
「分かりました」
「今度から期限は覚えとけ」
「はい」
「分からなければ聞け」
「はい」
「勝手に『なんとかなる』と決めるな」
「……はい」
最後だけ。
妙に刺さった。
◇
手続きを終えて。
詰所を出る。
「……ふぅ」
朝からどっと疲れた。
昨日。
短剣の使い方を覚えようとか。
危ないなら備えようとか。
そんなこと考えてたくせに。
滞在税ではこれや。
「なんとかなったけど……」
俺は頭を掻く。
今回は。
俺がなんとかしたわけじゃない。
メルが先に事情を話してくれていた。
俺の知らないところで。
頭まで下げて。
「……完全にメルのおかげやん」
昨日。
あれだけ心配してくれていたのに。
俺は、
大丈夫大丈夫。
なんて言って。
結局。
大丈夫にしてくれたのはメルやった。
「……ちゃんと礼、言わんとな」
そう呟いて、歩き出そうとした時。
後ろから。
聞き覚えのある声が飛んできた。
「アキラ!」
振り返る。
見覚えのある耳が、こっちへ向かって走ってくる。
「……おはよう、メル」
「ちゃんと行った!?」
「行った行った」
「ほんと!?」
「というか、行く前に捕まった」
「え!?」
「両脇抱えられて連れてかれた」
「だから昨日行こうって言ったでしょ!」
「はい」
「もう!」
メルが頬を膨らませる。
俺は少しだけ笑った。
「ところで、メル様」
「……え?」
「昨日はずいぶん俺のこと庇ってくれたらしいな」
「な、なにそれ!?」
「詰所まで行って、事情まで説明してくれたんやろ?」
「……!」
メルの耳がぴんっと立った。
次の瞬間。
頬がみるみる赤くなっていく。
「し、知らないよ!」
「知らんの?」
「知らない!」
「メルじゃない?」
「違う!」
「犬族の女の子で、名前もメルやったらしいけど」
「……たまたまじゃない?」
「そんなたまたまある?」
「あるかもしれないよ!」
目が泳いどる。
耳も落ち着かん。
尻尾まで変な動きしとる。
分かりやすいなぁ。
「隊長が全部教えてくれたで」
「……え?」
メルが固まる。
「アキラには言わないでって言ったのに……」
小さな声で呟いた。
「やっぱりメルやん」
「……」
しまった。
という顔をした。
「もう!」
顔を赤くしたまま、耳が横へ倒れる。
「なんで言っちゃうの!」
「部下の人も同じこと言ってた」
「言ったの!?」
「『隊長、それ内緒って言われてましたよね?』って」
「もう……!」
メルが両手で顔を覆う。
そこまで恥ずかしがらんでもええやろ。
……でも。
ほんまに。
ありがたいな。
「メル」
「……なに?」
まだ少し顔を隠したまま。
俺は今度はふざけずに、メルを見る。
「ありがとうな」
「……え?」
「俺のために行ってくれたんやろ」
メルが顔を上げる。
「ほんまに助かった」
少し笑う。
「ありがとう」
「……」
メルの動きが止まった。
さっきとは違う。
耳が、ゆっくり下がる。
頬がまた赤くなっていく。
「……うん」
声が小さい。
「どうした?」
「なんでもない!」
今度は勢いよく顔を逸らした。
尻尾だけが。
さっきよりずっと大きく揺れている。
「?」
なんや。
忙しい奴やな。
「次から気をつけるわ」
「……絶対だよ?」
「はい」
「ほんとに?」
「はい」
「忘れない?」
「多分」
「アキラ!」
「冗談やって!」
朝の通りに。
メルの声が響く。
「ほら。ギルド行くんやろ?」
「うん!」
メルが俺の隣に並ぶ。
「あ、その前に」
「ん?」
「朝飯」
「……食べてないの?」
「まだ」
「え?」
メルが足を止めた。
「なんで!?」
「朝一番で滞在税払いに行くって約束したやろ」
「……」
「飯食ってから行ったら遅なるかもしれんし。先に済ませようと思って」
メルが少しだけ目を丸くする。
「ちゃんと覚えてたんだ」
「俺をなんやと思ってんねん」
「昨日、なんとかなるって言ってた人」
「……それ言われると弱いな」
メルがくすっと笑った。
「じゃあ、何か食べてからギルド行こ」
「そうするか」
二人で朝の通りを歩く。
少し進むと、道の端にいくつか屋台が並んでいた。
焼きたてのパン。
肉の焼ける匂い。
朝から腹にくるな。
「あ」
隣でメルの耳がぴんっと立った。
「……肉?」
「パンもあるよ」
そう言いながら、メルの耳がそっとパンの方へ向いた。
「……まだ何も言ってへんぞ」
「何もしてないよ!」
「昨日の反省しとるやん」
「してないもん!」
ほんま分かりやすい奴やな。
結局。
俺はパンと串を一つずつ。
メルは――。
「串、もう一本ください!」
「朝からよう食うなぁ」
「アキラもちゃんと食べないとダメだよ」
「はいはい」
「『はい』は一回!」
反射的に背筋が伸びる。
「はい!」
「ふふっ」
「なんで笑うねん」
「だって、またちゃんと返事するから」
「言わせてるのお前やろ」
「えへへ」
完全に楽しんどるな。
パンをかじりながら、二人で歩く。
さっきまで詰所で説教されていたのに。
いつの間にか、いつもの朝に戻っていた。
「食べ終わったらギルド行こ!」
「はい」
「今日はちゃんと依頼書読んでね?」
「……はい」
「なんで今ちょっと間があったの?」
「気のせいや」
「絶対読んでね?」
「読みます」
メルが満足そうに頷く。
朝飯を食べ終える頃には、冒険者ギルドの建物が見えてきた。
まあ。
なんとかはなった。
けど。
今回は。
俺一人でなんとかしたわけじゃない。
俺の知らないところで。
誰かが動いてくれていた。
そういうことも。
ちゃんと覚えといた方がええんやろな。
「アキラ、行くよ!」
「おう」
俺はメルと一緒に。
冒険者ギルドの扉を開けた。
第20話までお読みいただきありがとうございます。
今回は、なんとかはなったけど、アキラ一人でなんとかしたわけじゃない回でした。
助けてもらったなら、ちゃんと「ありがとう」。
こういう何気ないやり取りを書いている時が、個人的には結構好きだったりします。
アキラ君……滞在税は、期限内に払いましょう。




