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20/44

助けてもらったなら、ありがとうと言えばいい

いつもお読みいただきありがとうございます。


今後の更新予定ですが、


10/9 0時・9時の2話掲載

10/10 0時・9時の2話掲載

10/11 お休み


を予定しています。


無理のないペースで続けていきますので、よろしくお願いいたします。


 翌朝。


 目を覚ます。


「……滞在税」


 昨日の夜。


 メルと約束した。


 ――本当に朝一番で行ってね?


 ――絶対?


 ――ほんとに?


「分かっとるって」


 誰もいない部屋で呟く。


 顔を洗って。


 服を着る。


 必要な金も確認する。


 普段なら、このまま朝飯を食べてから動くところやけど。


 今日は先に滞在税や。


 朝一番で行くと約束した。


 飯くらい、戻ってから食えばいい。


「よし」


 俺は部屋を出た。


     ◇


 宿を出る。


 朝の街は、もう少しずつ動き始めていた。


 店の準備をする人。


 荷物を運ぶ人。


 道を掃除している人。


 俺はその間を抜けながら、門の方へ向かう。


「お?」


 前から三人の衛兵が歩いてきた。


 ちょうどええ。


 先に聞いてみるか。


「おはようございます。ちょっと聞きたいんですけど、滞在税――」


「お前、アキラだな?」


「え?」


 いきなり名前を呼ばれた。


「そうですけど」


「間違いないな?」


「はい」


 次の瞬間。


「え?」


 左右から腕を掴まれた。


「ちょ、ちょっと待って!」


「来い」


「いやいやいや!」


 両脇を衛兵に抱えられる。


「自分で歩ける! 歩けるから!」


「なら大人しく歩け」


「そういう問題ちゃうねん!」


 なんやこれ。


 朝から。


 俺、何した?


 ……いや。


 思い当たること、一個しかないな。


「もしかして滞在税?」


「分かってるなら話が早い」


「いや、今それを払いに行く所なんですけど」


「それも詰所で聞く」


「……はい」


 なんや。


 めちゃくちゃ大事になっとるやん。


     ◇


 連れてこられたのは、門の近くにある衛兵の詰所だった。


 中へ入る。


 机。


 椅子。


 壁には何枚か紙が貼られている。


 その奥。


 一人の男が腕を組んで座っていた。


 年は四十代くらいだろうか。


 体格がいい。


 顔も怖い。


 というより。


 座ってるだけで圧がある。


「そいつか」


「はい」


 衛兵が答える。


「座れ」


「はい」


 素直に座る。


 なんとなく。


 ここで「はいはい」なんて言ったら、えらいことになる気がした。


 男が俺を見る。


「名前は」


「アキラです」


「冒険者だな?」


「はい」


「昨日で滞在期限が切れている」


「……はい」


「分かっていたか?」


「夜になって思い出しました」


「なら、なぜ来なかった」


「……もう閉まってるかなと思って」


「確認したのか?」


「してません」


「なら、なぜ閉まっていると分かる」


「……分かりません」


「そうだな」


 怖い。


 正論しか飛んでこん。


「一晩くらいなら大丈夫だと思ったか?」


「……ちょっと」


「ちょっとじゃない」


「はい」


 男が大きく息を吐いた。


「滞在税を払わず期限を越えれば、違反として記録が残る」


「それは聞きました」


「なら、その記録が何に影響するかは?」


「……ギルドにも良くない、と」


「具体的には?」


「知りません」


「だろうな」


 男が机に肘をつく。


「記録が残れば、お前がギルドで受けられる依頼にも制限がかかる」


「制限?」


「ああ。信用に関わるからな」


 男は俺を真っ直ぐ見る。


「護衛や街の外へ出る依頼。依頼主が信用を必要とする仕事。そういうものを受けられる範囲が狭くなることがある」


「……マジですか」


「本当だ!」


 思わず背筋が伸びる。


 それは。


 思っていたより面倒やな。


「滞在税そのものは、金を払えば終わりだと思っていたか?」


「……はい」


「金だけの問題なら、わざわざこんな所まで連れてこない」


「ですよね……」


「分かったか?」


「はい」


 今度は。


 本気で返事をした。


 男が少しだけ表情を緩める。


「まあ、今回は初めてだ」


「え?」


「それに、悪質に逃げようとしたわけでもない」


「はい」


「今朝、自分から払いに来ようとしていたのも分かってる」


「……それ、なんで?」


「昨日、先にここへ来た奴がいるからだ」


「俺より先に?」


「ああ」


 男が言った。


「メルだ」


「……え?」


「あの子が昨日のうちに事情を説明しに来た」


「……」


「お前が滞在税を忘れていたことも。夜になって思い出したことも。今朝、必ず払いに来ると約束していたこともな」


 メル。


 そこまでしてたんか。


「それから――」


 男が少しだけ眉を下げる。


「『アキラは適当なところもありますけど、悪い人じゃないんです』ってな」


「……」


 なんとも言えん。


 褒められてるのか。


 褒められてないのか。


「『明日の朝には必ず来るって言ってました。だから、できれば許してあげてください』って頭まで下げてたぞ」


「……すみません」


「俺に謝るより、あの子に礼を言っとけ」


「はい」


 その時。


 横に立っていた衛兵が、少し困ったような顔をした。


「隊長」


「なんだ」


「それ、アキラには言わないでくださいって言われてましたよね?」


「……」


「……」


 俺と隊長の目が合う。


「言われてたな」


「言われてましたよね」


「もう言っちまった」


「全部言ってます」


「細かいことは気にするな」


「そこ、結構大事なところだと思いますけど」


 この人。


 思ってたより適当やな。


「メルはな」


 隊長が腕を組み直す。


「手続きもきっちりしてる。無茶もしない。こっちも前から顔を知ってる」


「はい」


「街を出る時も戻った時も、『行ってきます!』『戻りました!』って、欠かさず声を掛けてくる」


 なんとなく。


 その姿が頭に浮かぶ。


「それだけじゃない」


 隊長は続ける。


「あの子は、自分のことだけじゃなく俺たちのことまで気にかけてくれる」


「……」


「忙しそうなら声を掛けるし、疲れてりゃ大丈夫かって聞いてくる。こっちが仕事でやってるだけなのに、毎回ちゃんと礼まで言う」


 隊長の声が少しだけ柔らかくなる。


「いい子なんだよ」


 隣の衛兵も小さく頷いている。


「だから今回は、あの子の顔も立てる」


「え?」


「必要な分を払え。それで今回は大目に見る」


「記録は?」


「正式な違反として残すのは見送る」


「……いいんですか?」


「二度目はないぞ」


「はい!」


「返事だけはいいな」


「よく言われます」


「褒めてない」


「はい」


 危ない。


 また怒られるところやった。


 隊長が手元の紙を一枚出す。


「必要な手続きをしていけ」


「分かりました」


「今度から期限は覚えとけ」


「はい」


「分からなければ聞け」


「はい」


「勝手に『なんとかなる』と決めるな」


「……はい」


 最後だけ。


 妙に刺さった。


     ◇


 手続きを終えて。


 詰所を出る。


「……ふぅ」


 朝からどっと疲れた。


 昨日。


 短剣の使い方を覚えようとか。


 危ないなら備えようとか。


 そんなこと考えてたくせに。


 滞在税ではこれや。


「なんとかなったけど……」


 俺は頭を掻く。


 今回は。


 俺がなんとかしたわけじゃない。


 メルが先に事情を話してくれていた。


 俺の知らないところで。


 頭まで下げて。


「……完全にメルのおかげやん」


 昨日。


 あれだけ心配してくれていたのに。


 俺は、


 大丈夫大丈夫。


 なんて言って。


 結局。


 大丈夫にしてくれたのはメルやった。


「……ちゃんと礼、言わんとな」


 そう呟いて、歩き出そうとした時。


 後ろから。


 聞き覚えのある声が飛んできた。


「アキラ!」


 振り返る。


 見覚えのある耳が、こっちへ向かって走ってくる。


「……おはよう、メル」


「ちゃんと行った!?」


「行った行った」


「ほんと!?」


「というか、行く前に捕まった」


「え!?」


「両脇抱えられて連れてかれた」


「だから昨日行こうって言ったでしょ!」


「はい」


「もう!」


 メルが頬を膨らませる。


 俺は少しだけ笑った。


「ところで、メル様」


「……え?」


「昨日はずいぶん俺のこと庇ってくれたらしいな」


「な、なにそれ!?」


「詰所まで行って、事情まで説明してくれたんやろ?」


「……!」


 メルの耳がぴんっと立った。


 次の瞬間。


 頬がみるみる赤くなっていく。


「し、知らないよ!」


「知らんの?」


「知らない!」


「メルじゃない?」


「違う!」


「犬族の女の子で、名前もメルやったらしいけど」


「……たまたまじゃない?」


「そんなたまたまある?」


「あるかもしれないよ!」


 目が泳いどる。


 耳も落ち着かん。


 尻尾まで変な動きしとる。


 分かりやすいなぁ。


「隊長が全部教えてくれたで」


「……え?」


 メルが固まる。


「アキラには言わないでって言ったのに……」


 小さな声で呟いた。


「やっぱりメルやん」


「……」


 しまった。


 という顔をした。


「もう!」


 顔を赤くしたまま、耳が横へ倒れる。


「なんで言っちゃうの!」


「部下の人も同じこと言ってた」


「言ったの!?」


「『隊長、それ内緒って言われてましたよね?』って」


「もう……!」


 メルが両手で顔を覆う。


 そこまで恥ずかしがらんでもええやろ。


 ……でも。


 ほんまに。


 ありがたいな。


「メル」


「……なに?」


 まだ少し顔を隠したまま。


 俺は今度はふざけずに、メルを見る。


「ありがとうな」


「……え?」


「俺のために行ってくれたんやろ」


 メルが顔を上げる。


「ほんまに助かった」


 少し笑う。


「ありがとう」


「……」


 メルの動きが止まった。


 さっきとは違う。


 耳が、ゆっくり下がる。


 頬がまた赤くなっていく。


「……うん」


 声が小さい。


「どうした?」


「なんでもない!」


 今度は勢いよく顔を逸らした。


 尻尾だけが。


 さっきよりずっと大きく揺れている。


「?」


 なんや。


 忙しい奴やな。


「次から気をつけるわ」


「……絶対だよ?」


「はい」


「ほんとに?」


「はい」


「忘れない?」


「多分」


「アキラ!」


「冗談やって!」


 朝の通りに。


 メルの声が響く。


「ほら。ギルド行くんやろ?」


「うん!」


 メルが俺の隣に並ぶ。


「あ、その前に」


「ん?」


「朝飯」


「……食べてないの?」


「まだ」


「え?」


 メルが足を止めた。


「なんで!?」


「朝一番で滞在税払いに行くって約束したやろ」


「……」


「飯食ってから行ったら遅なるかもしれんし。先に済ませようと思って」


 メルが少しだけ目を丸くする。


「ちゃんと覚えてたんだ」


「俺をなんやと思ってんねん」


「昨日、なんとかなるって言ってた人」


「……それ言われると弱いな」


 メルがくすっと笑った。


「じゃあ、何か食べてからギルド行こ」


「そうするか」


 二人で朝の通りを歩く。


 少し進むと、道の端にいくつか屋台が並んでいた。


 焼きたてのパン。


 肉の焼ける匂い。


 朝から腹にくるな。


「あ」


 隣でメルの耳がぴんっと立った。


「……肉?」


「パンもあるよ」


 そう言いながら、メルの耳がそっとパンの方へ向いた。


「……まだ何も言ってへんぞ」


「何もしてないよ!」


「昨日の反省しとるやん」


「してないもん!」


 ほんま分かりやすい奴やな。


 結局。


 俺はパンと串を一つずつ。


 メルは――。


「串、もう一本ください!」


「朝からよう食うなぁ」


「アキラもちゃんと食べないとダメだよ」


「はいはい」


「『はい』は一回!」


 反射的に背筋が伸びる。


「はい!」


「ふふっ」


「なんで笑うねん」


「だって、またちゃんと返事するから」


「言わせてるのお前やろ」


「えへへ」


 完全に楽しんどるな。


 パンをかじりながら、二人で歩く。


 さっきまで詰所で説教されていたのに。


 いつの間にか、いつもの朝に戻っていた。


「食べ終わったらギルド行こ!」


「はい」


「今日はちゃんと依頼書読んでね?」


「……はい」


「なんで今ちょっと間があったの?」


「気のせいや」


「絶対読んでね?」


「読みます」


 メルが満足そうに頷く。


 朝飯を食べ終える頃には、冒険者ギルドの建物が見えてきた。


 まあ。


 なんとかはなった。


 けど。


 今回は。


 俺一人でなんとかしたわけじゃない。


 俺の知らないところで。


 誰かが動いてくれていた。


 そういうことも。


 ちゃんと覚えといた方がええんやろな。


「アキラ、行くよ!」


「おう」


 俺はメルと一緒に。


 冒険者ギルドの扉を開けた。

第20話までお読みいただきありがとうございます。


今回は、なんとかはなったけど、アキラ一人でなんとかしたわけじゃない回でした。


助けてもらったなら、ちゃんと「ありがとう」。


こういう何気ないやり取りを書いている時が、個人的には結構好きだったりします。


アキラ君……滞在税は、期限内に払いましょう。

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