危ないなら、備えればいい
最近、少しずつ文字数も増えてきました。
なるべく読みやすく書けていたら幸いです。
この物語が、誰かのちょっとした暇つぶしになれば嬉しいです。
今回もよろしくお願いします。
風呂を出た俺たちは、そのまま飯を食いに来ていた。
「お肉!」
「やっぱりか」
「何が?」
「いや。聞くまでもなかったなと思って」
「なんで!?」
「メルやから」
「どういう意味!?」
どういう意味も何も、そのままの意味や。
店に入って席についた時から、メルの視線はずっと厨房の方へ向いている。
「まだかな……」
「さっき頼んだばっかやろ」
「分かってるよ」
「ほんなら厨房見るな」
「見てないよ?」
「耳までそっち向いとるやん」
「……」
ぴくっ。
厨房へ向いていた耳が、ゆっくり俺の方へ向いた。
「今直したやろ」
「直してないよ!」
「いや、今動いたやん」
「動いてない!」
「めちゃくちゃ動いてたぞ」
「動いてないもん!」
分かりやすいやっちゃな。
しばらくすると、焼いた肉の乗った皿が運ばれてきた。
香ばしい匂いが鼻に入った瞬間。
「いただきます!」
「早っ!」
メルが肉にかぶりつく。
耳がぴんっと立ち、尻尾が左右に揺れ始めた。
ほんま分かりやすい。
俺も一口食べる。
「うん。うまいな」
「おいしい!」
「そらよかった」
今日一日歩き回ったせいか、腹もかなり減っている。
薬草を探して。
街の外を歩き回って。
風呂にも入った。
こうして飯まで食えるなら、悪くない一日やったな。
「そういやメル」
「ん?」
「今日教えてもらった薬草、ちょっと復習してええ?」
「いいよ!」
肉を食べていたメルの耳が、またぴんっと立った。
分かりやすいなぁ。
「じゃあ問題です!」
「急に先生に戻ったな」
「今日最初に教えた薬草は、どうやって見分けるでしょう?」
「んー……」
覚えている。
ちゃんと覚えている。
でも。
せっかくやし。
「……色?」
「違うよ」
「じゃあ大きさ」
「違う!」
「味?」
「食べちゃだめ!」
「ほんなら分からんなぁ」
「……え」
さっきまで元気に立っていた耳が、少しだけ下がった。
「……覚えてないの?」
あ。
思ったより効いた。
ちょっとふざけただけなんやけど。
「嘘や嘘」
「え?」
「葉の裏に白い筋がある。それと、ちょっとスーッとする匂いやろ?」
「……!」
「小さい株はまだ育つから採らん。それに根っこから抜かず、必要な葉だけ採る」
垂れていた耳が、一気に元の位置へ戻った。
「覚えてる!」
「まだあるで」
「え?」
「次のやつは、茎の根元が赤い。湿った場所に多くて、熱が出た時なんかに使う」
「うん!」
「その次は葉っぱの端が少しギザギザしてて、腹が痛い時に使うやつ」
一つ。
また一つ。
今日メルに教えてもらった薬草を思い出していく。
葉の形。
裏側。
茎。
匂い。
生える場所。
何に使うのか。
自分で話しているうちに、少し変な気分になってきた。
……俺。
こんな覚えてたか?
自分で言うのもなんやけど、昔から覚えは悪い方じゃない。
むしろ、興味を持ったことなら割と覚える方だったと思う。
でも。
今日初めて見た薬草を、一度教えてもらっただけでここまで細かく覚えている。
葉の形だけじゃない。
メルがどこを指差したか。
どんな匂いだったか。
生えていた場所まで。
妙にはっきり思い出せる。
普通、一回でここまで覚えられるもんなんか?
……これも《適当》のおかげか?
知らないものは分からない。
でも。
一度知ったもの。
教えてもらって、自分なりに理解したもの。
それが頭の中で、ちゃんと整理されているような感覚がある。
「じゃあこれは?」
「傷を治す薬草」
「正解!」
「これは簡単やな」
「ちゃんと特徴も覚えてる?」
「葉の裏の白い筋と匂いやろ。あと小さいやつは採らん」
「うん!」
メルが嬉しそうに頷く。
「傷を治す薬草は、傷を治す薬草なんだよ?」
「……」
なんや、その説明。
「そらそうやろ」
「?」
メルが不思議そうに首を傾げる。
「……いや、ええわ」
「?」
「次いこ、次」
「う、うん」
なんやったんや今の。
まあ、意味は分かったしええか。
そのまま残りも答えていく。
「……全部正解!」
「おお」
「すごいよアキラ! ほんとに全部覚えてる!」
メルの尻尾がぶんぶん揺れている。
「まあな」
「一回しか教えてないのに!」
「先生がええからな」
「……え?」
「教え方が分かりやすかったんやろ」
メルの動きが止まった。
それから。
耳がゆっくり立っていく。
「……ほんと?」
「ほんまほんま」
「えへへ……」
めちゃくちゃ嬉しそうやん。
褒めたこっちが恥ずかしくなるくらい、顔に出ている。
メルがにこっと笑う。
その顔は、ちょっと得意げだった。
「じゃあ先生から、もう一問出そうか?」
「調子乗ったな」
「まだいっぱい教えられるよ!」
「飯食え飯」
「あっ」
言われて思い出したように、メルが肉へ戻る。
ほんま忙しい奴や。
しばらく二人で飯を食べる。
「そういや」
「ん?」
「メルって、小さい頃から薬草詳しかったん?」
「うん。小さい頃からよく森に入ってたから」
「獣人ってみんな詳しいん?」
「みんなじゃないよ」
メルが首を振る。
「でも、私たち獣人の中でも犬族は特に匂いで探しやすいから」
「ああ、なるほど」
「食べられる草とか、薬になる草とか、小さい頃から教えてもらう子は多いよ」
「へぇ」
そりゃ今日の探し方が妙に慣れてたわけや。
鼻がいいだけじゃない。
ちゃんと昔から覚えてきた知識がある。
「ほんならメル、採取だけでも結構やっていけるんちゃう?」
「ずっとは難しいかな」
「そうなん?」
「うん。薬草って、いつでも同じだけ採れるわけじゃないから」
「ああ……季節か」
「そう」
メルが頷く。
「たくさん採れる時期もあるし、あんまり採れない時期もあるよ」
「なるほどな」
「だから、小さいのまで全部取っちゃうと駄目なの」
「ああ」
今日のことを思い出す。
俺が小さい薬草まで取ろうとした時。
メルはすぐに止めた。
――まだ育つから。
あれも、ただ小さいから取るなって話じゃなかったんやな。
「次に採る分を残しとくんか」
「うん!」
「そら全部取ったら、その時は得でも後で困るな」
「そうなの」
森にあるものを見つけて持って帰る。
採取なんて、それだけだと思っていた。
でも。
ちゃんと続けようと思えば、取らないことも必要になる。
……なんでも同じやな。
使えるからって全部使えばいいわけじゃない。
取れるからって全部取ればいいわけでもない。
適量。
そんな言葉が頭に浮かんだ。
俺は残っていた肉を一口食べる。
「もう一個聞いてええ?」
「うん」
「今日みたいな採取な」
「うん」
「メルなら魔物避けられるやろ?」
「だいたいは」
「全く会わんで行くこともできるん?」
「それは無理かな」
「やっぱり?」
「うん」
メルは少し考えてから答えた。
「絶対に会わないようにはできないよ。でも、この街の周りならそんなに心配しなくて大丈夫」
「なんで?」
「私、魔物より先に気づけることが多いから」
「ああ、耳と鼻か」
「うん!」
メルが自分の耳を指差す。
「それに、もし見つかっても――」
少しだけ胸を張った。
「この辺の魔物なら、逃げ切れると思う!」
「おお」
「速さには自信あるよ!」
「そこは知ってる」
「ほんと?」
「森でもめちゃくちゃ動いてたやろ」
「えへへ」
自信ありげに尻尾まで揺れている。
まあ。
実際、メルの足なら大抵の魔物からは逃げられそうだ。
今日だって危ない気配には、俺よりずっと早く気づいていた。
でも。
絶対じゃない。
もし、逃げられない時が来たら。
メルだけじゃなく。
俺もそこにいる。
俺が少しでも戦えるようになれば。
メルを守れることもある。
それに。
自分自身も守れる。
昨日までなら、戦うなんてなるべく避けたかった。
いや。
今でも避けたい。
でも。
短剣。
あれなら俺にも扱えそうだった。
ちゃんと使えるようになっといた方がいいかもしれない。
「アキラ?」
「ん?」
「どうしたの?」
「いや」
残っていた肉を口へ放り込む。
「ちょっと考え事」
「ふーん」
メルも最後の一切れを食べる。
明日。
親方に聞いてみるか。
短剣の使い方。
ちゃんと戦うための基礎。
必要になるかどうかは分からん。
でも、必要になってから覚えるんじゃ遅い。
備えられるなら、今のうちに備えとけばいい。
……まあ。
逃げられるなら、それが一番やけどな。
◇
店を出る頃には、すっかり日が落ちていた。
「食った食った」
「おいしかったね!」
「満足した?」
「うん!」
メルの尻尾が機嫌よく揺れている。
風呂に入って。
飯も食った。
今日はもう宿に戻って寝るだけや。
「……あ」
そこで。
ふと思い出した。
「どうしたの?」
「メル」
「なに?」
「今日って何日目やったっけ?」
「何日目?」
「この街に来てから」
メルが少し考える。
「今日で七日目だよ」
「……やっぱり?」
「うん」
「…………」
「アキラ?」
思い出した。
最初に街へ入った時。
一週間分の滞在税を払った。
そしてメルは言っていた。
七日目の夕方までに次の分を払えば、普通に延長できる。
「……滞在税」
「え?」
「今日までやったな」
「……」
メルの耳が止まった。
「アキラ」
「はい」
「払った?」
「払ってない」
「……」
「忘れてた」
「アキラ!」
耳がぴんっと立った。
怒られる方で。
「いや、今思い出したからセーフや」
「セーフじゃないよ!」
「まだ今日やろ?」
「もう夜だよ!」
「日付変わってへんやん」
「そういう問題じゃないよ!」
また出た。
「今から払いに行こう!」
「今から?」
「うん! まだ手続きできるかもしれないから!」
「もう閉まっとるんちゃう?」
「行ってみないと分からないでしょ!」
「いやぁ……」
俺は暗くなった通りを見る。
風呂に入った。
腹いっぱい飯も食った。
正直。
もう宿に戻りたい。
「明日の朝でええんちゃう?」
「よくないよ!」
「一晩くらいやろ?」
「追加でお金取られるよ!」
「払えばええやん」
「それだけじゃなくて、記録も残るって言ったでしょ?」
「ああ。ギルドにも良くないんやったっけ」
「そうだよ!」
「……まあ」
俺は少し考えた。
今から慌てて走り回る。
それで窓口が閉まってたら、ただ疲れるだけ。
明日の朝一番で行く。
追加で金がいるなら払う。
記録が残るっちゅうても。
一日遅れただけや。
「なんとかなるやろ」
「ならないかもしれないよ!」
「明日の朝ちゃんと行くって」
「今から行こうよ!」
「大丈夫大丈夫」
「その大丈夫が一番心配なの!」
「信用ないなぁ」
「アキラだからだよ!」
「ひどない?」
「ひどくない!」
メルが呆れたように大きく息を吐いた。
「……本当に朝一番で行ってね?」
「行く行く」
「絶対?」
「絶対」
「ほんとに?」
「ほんまほんま」
「……」
じっと見られる。
「なんや?」
「心配」
「大丈夫やって」
たかが一晩。
ちょっと期限を過ぎるくらい。
追加で金でも払えば、それで済むやろ。
俺は宿の方へ歩き出す。
「ほら、帰ろ」
「……もう」
メルが後ろからついてくる。
その耳は、まだ少し不満そうに横へ倒れていた。
危ないことには。
備えられるなら、備えておけばいい。
そう思ったばかりなのに。
滞在税くらいなら――。
「まあ、なんとかなるやろ」
「今それ言っちゃダメな気がする!」
メルの声が、夜の通りに響いた。




