違うなら、慣れればいい
※第3話の一部を改稿しました。
まだ名前を知らないのに「メル」と書いていた箇所を「少女」に修正しています。
内容に変更はありません。
「……こういう日は風呂入りたいなぁ」
ギルドを出て、宿へ戻る途中。
そんなことを呟いた俺を、メルが不思議そうに見た。
「お風呂?」
「ん?」
「入りたいの?」
「そら入りたいやろ」
「じゃあ行く?」
「……え?」
思わず足が止まった。
「あるん?」
「あるよ?」
「風呂が?」
「うん」
「この街に?」
「うん」
あるんかい。
「なんで今まで教えてくれへんかったん?」
「聞かれなかったから」
「……そらそうやな」
メルに言われてみればその通りだ。
俺が勝手に、宿に風呂がないから、この世界にはそういう文化がないんやと思っていただけ。
「どこにあるん?」
「近くだよ」
「行こう」
「今から?」
「今すぐ」
「そんなに?」
「そんなにや」
一日中歩き回って、土を触って、汗もかいた。
今の俺が求めているのは、飯より先に風呂だ。
「じゃあ案内するね」
「頼む、先生」
「まだ先生なの?」
「今日は一日先生や」
「えへへ」
尻尾を揺らしながら歩き出すメルの後を追った。
しばらくして着いたのは、大きな木造の建物だった。
「ここ?」
「うん」
「へぇ……」
なんというか。
妙に懐かしい。
前世で写真や映像で見た、昔の銭湯みたいな雰囲気だ。
メルに聞いてみると、この街ではこういう大衆浴場を使うのが普通らしい。
一般の家には、そもそも大きな浴槽なんてない。
宿も同じ。
普段は桶のお湯で身体を拭いたり、井戸の水で洗ったりする。
しっかり湯に浸かりたい時は、こういう場所へ来るそうだ。
「家に風呂ある人もおるん?」
「いるよ。でも、お金持ちとか貴族とか」
「あー……」
なるほど。
風呂そのものが珍しいわけじゃない。
庶民の家に置けるようなもんじゃないだけか。
「まあええわ。入れるなら何でもええ」
入口で料金を払い、中へ入る。
奥で道が二つに分かれていた。
男と女。
脱衣所は別。
まあ、当たり前や。
「じゃあ中でね」
「おう」
普通に返事をして――。
ん?
今、メル。
中でねって言った?
「……」
まあええか。
今は風呂や。
とにかく湯に浸かりたい。
脱衣所で服を脱ぐ。
端には手拭いが積まれていた。
その横には――。
「……パンツ?」
やたら布面積の少ない、パンツみたいなものが何枚も置いてある。
なんやこれ。
「なんで風呂場にパンツ置いてんねん」
よく分からん。
俺はそれには触れず、手拭いだけを一枚取った。
久しぶりの風呂やと思うと、それだけでテンションが上がる。
浴場へ続く扉を開けた。
「おお……」
白い。
とにかく湯気がすごい。
木造の浴場は明かりもそれほど強くなく、少し先にいる人間ですら輪郭しか分からない。
ぼんやりと人影が動いている。
声もする。
でも細かいところまでは見えない。
「ええやん」
こういうのでええねん。
軽く身体を流しながら、湯船の方へ向かう。
「あー……早よ入りたい」
「アキラ?」
「ん?」
聞き覚えのある声がした。
湯気の向こうを見る。
細い人影が一つ。
「……メル?」
「うん」
「なんでおるん?」
「なんで?」
「なんでって……」
そこまで言って、ようやく理解した。
「ここ、混浴なん?」
「こんよく?」
「男も女も一緒に入るん?」
「うん」
メルは本当に何を聞いているのか分からないような顔をしている。
「普通だよ?」
「……マジか」
脱衣所だけ別。
中は一緒。
こっちでは、これが普通らしい。
また一つ、俺の常識とは違った。
まあ――。
これだけ湯気があれば、ほとんど見えんけど。
そう思っていると、メルがこっちへ近づいてきた。
ぼんやりしていた輪郭が、少しずつはっきりしてくる。
「……」
思わず目が止まった。
細い。
普段から小柄なのは分かっていたけど、こうして見ると改めて線が細い。
でも、ただ華奢ってわけでもない。
腰はすっきりしているのに、出るところはちゃんと出ている。
普段は服や防具で隠れているから、余計に目に入る。
……いや。
普通に可愛いな、メル。
胸元には、肩紐のない布。
下も、さっき脱衣所で見たものと似た、布面積の少ない入浴着を身につけている。
ほぼ裸みたいな格好やん。
「……アキラ」
「ん?」
「……見すぎだよぉ」
「あっ」
メルが頬を赤くして、少しだけ身体を隠すように腕を寄せた。
耳まで赤くなっている。
「す、すまん!」
慌てて目を逸らす。
俺まで急に恥ずかしくなってきた。
いや。
そらそうやろ。
普通に可愛い女の子が、ほぼ裸みたいな格好で目の前におるんやぞ。
「……」
「……」
なんやこの空気。
普段は普通に喋ってるのに、意識した瞬間に急に恥ずかしくなる。
「……アキラ」
「なんや?」
「もしかして……」
「ん?」
「何も着てないの?」
「え?」
今度は俺が固まった。
「風呂やぞ?」
「うん」
「そら裸やろ」
「男の人も着るよ?」
「……何を?」
「お風呂の服」
「男も?」
「うん」
知らんがな。
「どんなやつ?」
「えっと……」
メルが自分の腰元を指す。
「これの男の人用」
「……」
さっきのパンツ。
あれか。
「まあええわ」
「いいの?」
「こんだけ湯気あったら見えへんやろ」
「でも……近くに来たら分かるよ?」
「近づかんかったらええ」
「そういう問題なの?」
「たぶん」
「たぶん……」
メルが困ったように笑う。
「いや、でも裸の方が普通やろ……」
「普通じゃないよ?」
「俺の中では普通なんや」
「変なの」
「そっちからしたらそうやろな」
こういうのも文化の違いなんやろ。
分かってはいる。
分かってはいるんやけど――。
妙なところで引けん。
その時だった。
「お前は風呂の入り方も知らんのか」
「うおっ!?」
湯船の奥から低い声が聞こえた。
湯気の向こう。
でかい人影が一つ。
どっかで聞いた声やな。
気になって、その影に近づいてみる。
怖い顔。
でかい身体。
「あ」
メルと一緒に護衛依頼を受けてた、あの剣使いのおっさんや。
名前は……確か。
「ガイアス……やったっけ?」
「やったっけ、じゃない」
「あってたやん」
「覚えているなら普通に呼べ」
「細かいなぁ」
「お前が適当すぎるんだ」
そう言いながら、ガイアスが湯気の中から姿を現す。
改めて見ると――。
でかい。
服を着ている時から分かっていたけど、脱ぐとさらに分かる。
肩。
腕。
胸板。
どこも分厚い。
そして身体のあちこちには、無数の傷が残っていた。
細い傷。
深く抉られたような傷。
斜めに長く走る傷。
一つや二つじゃない。
この身体を見ると、ガイアスが歴戦の猛者なのがなんとなく分かる。
「何を見ている」
「あ、いや」
「人の身体をじろじろ見るな」
「すんません」
今日これで二回目や。
「それより」
ガイアスが俺を見る。
「お前、本当に何も着てないのか?」
「ガイアスまで言うん?」
「当然だ」
「いや、俺のいたところでは風呂は裸で入るもんやったんや」
「変なところだな」
「そっちが変なんかもしれんやろ」
「ここではお前が変だ」
「多数決やめろ」
横でメルがくすくす笑っている。
「笑わんといてや」
「だって、アキラ変なんだもん」
「メルまで!」
「本当のことだ」
「二対一やんけ」
ガイアスが呆れたように首を振った。
「入口に入浴着が置いてあっただろう」
「……あれそういうやつやったん?」
「何だと思った」
「知らん布」
「本当に変なやつだな」
また言われた。
「これだ!」
そう言って、ガイアスが湯船から立ち上がり、自分の腰元を指差した。
「……」
なるほど。
男用ってこれか。
ブーメランパンツみたいな、妙に布面積の少ない入浴着。
「……いや待て」
「なんだ」
「これ履く方が恥ずかしくない?」
「何がだ」
「いや……だって」
目が下へいく。
布が少ない。
少なすぎる。
隠してはいる。
確かに隠してはいるんやけど。
そのせいで逆に、形が分かりやすすぎる。
「……」
そしてガイアスは――。
身体だけじゃなかった。
「……ガイアス」
「なんだ」
「ガイアスのガイアスも、でかいんやな」
「……どういう意味だ?」
「なんでもない」
「?」
分からんでええ。
「アキラ?」
「メルも気にせんでええ」
「?」
二人して同じように首を傾げんでくれ。
「とにかく着ろ」
「いやや」
「なぜだ」
「それ履く方が恥ずかしい」
「意味が分からん」
「俺には分かる」
「誰もお前の感覚は聞いてない」
「冷たいなぁ」
「ルールだ」
「……しゃあないな」
俺は手に持っていた細長い手拭いを見る。
これなら腰に巻ける。
「これでええやろ」
腰にぐるっと巻く。
「……」
ガイアスが俺を見る。
「なんや」
「最初からそうしろ」
「細かいなぁ」
「お前が雑なんだ」
「そこは否定できん」
「ふふっ」
メルが笑った。
「なんや?」
「アキラ、やっぱり変」
「今日めっちゃ言われるやん」
まあええ。
これで文句ないやろ。
俺はようやく湯船に入った。
「……あぁぁぁぁ」
思わず声が漏れる。
熱い。
でも気持ちいい。
肩まで浸かる。
「これや……」
久しぶりすぎる。
身体から一気に力が抜けていく。
朝から歩き回っていた疲れが、湯の中へ溶けていくみたいだ。
「ふふっ」
「なんや?」
「私もお風呂は好きだよ」
「お、メルもか」
「うん。あったかいし、気持ちいいから」
「分かる。結局これなんよ」
「結局?」
「疲れた日に、あったかい湯に浸かる。これだけでだいたいなんとかなる」
「またそれ?」
「大事やぞ?」
「ふふっ」
メルが楽しそうに笑う。
俺も少し笑った。
混浴なのも。
変な入浴着が普通なのも。
俺にはまだよく分からん。
でも、この世界ではこれが普通なんやろ。
だったら、そのうち慣れるんかもしれんな。
……あのパンツだけは、できれば慣れたくないけど。
しばらく三人で湯に浸かっていた。
「俺は先に出る」
ガイアスが立ち上がる。
「もう出るん?」
「十分入った」
湯船から上がり、湯気の向こうへ歩いていく。
その後ろ姿を見る。
分厚い背中。
無数の傷。
そして――。
やっぱり際どいブーメランパンツ。
「……」
いや。
やっぱり裸より恥ずかしいやろ、あれ。
「アキラ」
「ん?」
「また見てる」
「ガイアスをや」
「それも変だよ?」
「ちゃうねん」
説明したらもっと変になる。
やめとこう。
ガイアスが振り返る。
「何か言ったか?」
「何も言ってへん」
「そうか」
そのまま湯気の向こうへ消えていった。
俺はもう一度、肩まで湯に浸かる。
「……はぁ」
風呂。
やっぱりええな。
「メル」
「なに?」
「もうちょい入ってく?」
「うん」
「じゃあ、のんびりしよか」
「うん」
湯気の向こうで、メルの尻尾がゆっくり揺れる。
さっきまで少し恥ずかしそうにしていたメルも、今はいつもの顔に戻っていた。
俺も、入ってきた時ほど周りが気にならなくなっている。
最初は変やと思った。
知らなかった。
俺の常識とは違った。
でも、実際に入ってみれば。
これはこれで、そんなに悪くない。
こうやって少しずつなんやろな。
風呂から出ると、外の空気が気持ちよかった。
「生き返ったわ」
「大げさ」
「いや、ほんまに」
「そんなに?」
「そんなに」
メルが笑う。
「さて」
「?」
「次は飯や」
「あ!」
「約束したやろ?」
「うん!」
尻尾がぴんと立った。
「何食うか決めた?」
「えっとね――」
メルが楽しそうに話し始める。
風呂にも入った。
腹も減った。
今日はちゃんと稼いだ。
あとは飯。
こういう一日も――。
悪くない。
第18話なので、お風呂回でした。
たぶん今までで一番力を入れて書けました。
……何に力を入れたのかは、ご想像にお任せします。




