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できることから、やればいい


 冒険者ギルドの扉を開ける。


 中は、初めて来た時と変わらず人が多かった。


 依頼書が貼られた掲示板。


 受付に並ぶ冒険者。


 酒を飲みながら話している連中。


「まず報告だよ」


 隣でメルが言う。


「はいはい」


「『はい』は一回!」


「まだギルド入ったばっかやぞ」


「関係ないよ!」


「親方おらんのに厳しいなぁ」


「親方じゃなくても同じ!」


 どうやら完全に引き継がれたらしい。


 俺はメルに連れられるように受付へ向かった。


「こんにちは」


「こんにちは。今日はどうされました?」


 受付の女性が笑顔を向けてくる。


「依頼終わったんで、報告に来ました」


「はい。どちらの依頼でしょうか?」


「鍛冶屋の手伝いです」


「鍛冶屋……」


 女性が手元の書類を確認する。


「バルドさんの依頼ですね」


「バルドさんっていうんだ」


 メルが少し意外そうに言う。


「なんやメル、親方の名前知らんかったんか?」


 俺は少し得意げに言った。


「アキラは知ってたの?」


「もちろん」


「へぇ……」


「まあ、俺もさっき親方に聞いたんやけどな」


「……さっきなの?」


「知ってることには変わらんやろ」


「なんでそんな得意そうなの……?」


 メルが呆れたように俺を見る。


 なんや。


 ちょっとくらいええやろ。


「予定では明日までだったと思いますが……」


 受付の女性が依頼書を確認しながら言った。


「ああ。それなんですけど、今日で終わりました」


「今日で?」


「頼まれてた仕事、全部終わったみたいで」


「なるほど」


 女性は少し驚いた顔をしたあと、手元の書類に何かを書き込んだ。


「では、依頼主さんから完了の確認が取れ次第、正式に完了扱いになります」


「確認?」


「はい。受けた方からの報告だけでは、完了にはできませんので」


「ああ……」


 そらそうか。


 俺が勝手に、


 終わりました!


 と言えば終わるなら。


 やってなくても終わったことにできる。


「報酬はどうされましたか?」


「親方から直接もらいました」


「では、こちらでは完了確認だけですね」


「分かりました」


 こういう仕組みになってるのか。


「……アキラ」


「ん?」


「これも依頼書に書いてあったよ」


「……」


「読んでなかったでしょ?」


「全部はな」


「ほとんどでしょ?」


「細かいなぁ」


「細かくないよ!」


 受付の女性が小さく笑っている。


 恥ずかしい。


「では、確認が取れましたら、こちらで実績として記録しておきますね」


「お願いします」


 これで。


 俺がやることは、本当に終わり。


「これで報告は終わりだよ」


「ほな、次の仕事探すか」


「ほんとにそのつもりで来たんだね……」


「最初から言うてたやろ?」


「報告のことは知らなかったけどね」


「今は知ってる」


「そういう問題じゃないよ……」


 メルが小さくため息をついた。


 まあええやん。


 一個覚えたんやから。


 メルと一緒に掲示板へ向かう。


 壁一面に、たくさんの依頼書が貼られていた。


 護衛。


 討伐。


 採取。


 荷運び。


 店の手伝い。


 探し物。


 改めて見ると、本当にいろんな仕事がある。


「何にしようかな」


「ちゃんと読んでね」


「分かってるって」


「ほんとに?」


「多分」


「アキラ!」


「読む読む!」


 俺は依頼書を一枚ずつ眺める。


 ……とはいえ。


 どれが俺に向いているのかは、まだよく分からない。


 鍛冶屋の手伝いは思っていたより上手くいった。


 でも。


 あれが冒険者らしい仕事だったかと言われると。


 多分、違う。


「護衛……討伐……」


 一枚ずつ見ていく。


 その中で。


「ん?」


 一枚の依頼書に目が止まった。


 商隊護衛。


 目的地は――


 魔族領との境に近い街。


「……魔族領」


 思わず声に出す。


 その文字だけが、妙に頭に残った。


 さらに下を見る。


「難易度……A?」


「それは無理だよ」


「まだ受ける言うてへんやん」


「でもアキラ、Gランクでしょ?」


「……俺、Gなん?」


「知らなかったの!?」


「なんか登録した時に聞いた気はする」


「もう!」


 メルの耳がぴんっと立った。


「Gが一番下だよ」


「そうなん?」


「うん。そこからF、Eって上がっていって、今はSが一番上」


「へぇ」


 全然覚えてなかった。


「高い難易度の依頼は、ランクが低いと受けられないんだよ」


「なるほどな」


 確かに。


 つい昨日まで武器すら持ってなかった俺が、いきなり難易度Aの護衛とか受けられたら。


 その方が怖い。


「ちなみにメルは?」


「私はEランク!」


 メルが少し胸を張った。


「……おお」


「なにその反応!」


「いや、もっと上かと思ってた」


「ほんと!?」


 耳がさらにぴんっと立つ。


 尻尾まで嬉しそうに揺れ始めた。


「うん。耳と鼻ええし」


「そこ!?」


「大事やろ」


「大事だけど!」


 なんや。


 褒めたのに。


「じゃあメルって、普段どんな依頼受けてんの?」


「私?」


「うん」


 そういえば。


 あの護衛の時に出会ってから、ずっと一緒にいるのに。


 メルが普段どうやって稼いでいるのか。


 ちゃんと聞いたことがなかった。


「私は採取が多いよ」


「採取?」


「うん。薬草とか、森で取れる物を集める依頼」


「へぇ」


「私、そういうの得意だから!」


 また胸を張る。


 耳も立っている。


 尻尾も揺れている。


 分かりやすいなぁ。


「鼻で分かるん?」


「うん! 一度匂いを覚えれば、近くにあったら他の人より見つけやすいよ」


「便利やな」


「耳もいいから、魔物が近づいてきても早く気づけるし」


「なるほど」


「それに、もし魔物が来ても、先に気づければ逃げられるよ!」


「戦わんの?」


「うん」


 メルは自分の服を見下ろした。


「私、防具もないし、戦うのはそんなに得意じゃないから」


「ああ……」


 そうだった。


 俺と会った時も。


 メルは剣を持っていた。


 戦うこともできた。


 でも。


 防具がないせいで、一歩深く踏み込めなかった。


「採取の依頼なら、魔物を倒す必要ないでしょ?」


「そらそうやな」


「だから、見つかる前に離れるか、見つかっても逃げるの」


「なるほど」


 魔物を倒すことが目的じゃない。


 薬草を持ち帰ることが仕事なら。


 無理に戦う必要なんてない。


 鼻が利く。


 耳もいい。


 足も速い。


「メルには、そっちの方が合ってるんやな」


「うん!」


 尻尾が嬉しそうに揺れた。


「あれ?」


「なに?」


「ほな、俺と会った時の護衛って珍しかったん?」


「うん。護衛はあんまり受けないよ」


「やっぱり」


「獣人は索敵に向いてるからって呼ばれたの。それに、人数も足りなかったみたいで」


「なるほどな」


 あの時も。


 最初に魔物へ気づいたのはメルだった。


 俺を追いかけてきた大トカゲにも。


 戦っている最中に後ろから来た魔物にも。


 先に気づいたのはメルだ。


「ちゃんと役に立ってたやん」


「え?」


「あの護衛」


「……」


 メルの耳が少し動く。


「最初に魔物見つけたん、メルやったやろ?」


「うん」


「ほんなら十分仕事してるやん」


「……うん!」


 尻尾が大きく揺れた。


 やっぱり分かりやすい。


「じゃあ」


 俺は掲示板へ視線を戻した。


「採取やってみよかな」


「えっ?」


「何が向いてるか分からんし」


 鍛冶屋では上手くいった。


 でも。


 他の仕事でも同じようにできるとは限らない。


 だったら。


 まずは一つずつやってみればいい。


「メル、教えてくれる?」


「うん!」


 返事が早い。


「私が教える!」


 耳が立つ。


 尻尾が揺れる。


 なんかめちゃくちゃ嬉しそうやな。


「じゃあ、アキラでも受けられる依頼探そ!」


「はいはい」


「『はい』は一回!」


「はい」


 二人で採取の依頼書を探す。


「あっ、これ!」


 メルが一枚を指差した。


 街の外で採れる薬草の採取。


 難易度G。


「お」


「これならアキラも受けられるよ!」


「Gって書いてあるな」


「ちゃんと見てる!」


「俺をなんやと思ってんねん」


「依頼書を読まない人」


「否定しにくいな」


 内容を見る。


 必要なのは薬草を一定数。


 期限にも余裕がある。


 場所も、街からそれほど遠くないらしい。


「これにする?」


「ええんちゃう?」


「じゃあ明日、一緒に行こ!」


「よろしくお願いします、メル先生」


「せ、先生?」


「教えてくれるんやろ?」


「うん!」


 メルが嬉しそうに笑う。


「任せて!」


 なんか急に頼もしく見えるな。


 俺たちは依頼書を持って、もう一度受付へ向かった。


     ◇


 その日の夜。


 宿のベッドに横になる。


「……疲れた」


 天井を眺める。


 親方の仕事も終わった。


 メルに借りた金も返した。


 次の依頼も決まった。


 明日は薬草採取。


 今のところ。


 この世界での生活も、それなりになんとかなっている。


「…………」


 目を閉じる。


 すると。


 昼間、ギルドで見た文字がふと頭に浮かんだ。


 ――魔族領。


「魔族……」


 そういえば。


 転生したばかりの頃。


 神様が言っていた。


 ――今、この世界は魔王率いる魔族によって滅亡の危機に瀕しておる。


 そして。


 ――勇者よ! この世界を救ってくれ!


「……世界を救う、か」


 すっかり忘れてたわけじゃない。


 多分。


 ただ。


 この世界へ来てから。


 森を抜けて。


 メルと会って。


 街へ来て。


 飯を食って。


 宿を取って。


 冒険者になって。


 鍛冶屋で働いて。


 金がなくなって。


 メルに借りて。


 また働いて。


 目の前のことをやっていたら。


 世界を救うなんて話は、ずいぶん遠く感じるようになっていた。


「魔王かぁ……」


 魔族領がどこにあるのかも知らない。


 魔王がどこにいるのかも知らない。


 そもそも。


 俺に何ができるのかも、まだよく分からない。


 なんとなく。


 魔王をどうにかするのが勇者の仕事なんやろうとは思う。


 けど。


 その方法すら分からない。


「まあ……」


 分からんもんは、しゃあない。


 明日は。


 メルに薬草の見分け方を教えてもらう。


 まずは、それでいい。


 世界を救う方法なんて。


 今の俺には、まだ分からない。


 だったら。


 できることから、やればいい。

ここまでお読みいただきありがとうございます!


ようやく次の依頼が決まりました。


次回は薬草採取――そして、メル先生の出番です。


果たしてアキラは、薬草とただの草を見分けられるのか……。


たぶん、全部草に見えます。


次回もよろしくお願いします!

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