終わったなら、終わりでいい
翌朝。
「……十一コム」
朝飯を食べ、今日の宿代を払ったあと。
革袋の中に残った硬貨を数えて、思わず呟いた。
昨日メルから借りた五十コムを合わせて五十四コム。
朝飯に三コム。
宿代に四十コム。
残り、十一コム。
「ほんま綱渡りやな……」
昨日メルに金を借りていなかったら。
今頃、宿に泊まることすらできていない。
「……メル様々やな」
本人の前で言ったら、また怒られそうやけど。
まあ。
とりあえず今日の寝床は確保できた。
あとは仕事だ。
親方の依頼は、今日と明日の二日。
昨日メルと話した通り、仕事が早く終わるなら、そのあとに別の依頼を受けてもいい。
もちろん。
親方の仕事に迷惑をかけないのが前提だけど。
「今日聞いてみるか」
俺は革袋をしまい、鍛冶屋へ向かった。
◇
「おはようございます」
「……来たか」
鍛冶屋へ入ると、親方はもう炉の前に立っていた。
「今日ももう始めてたんか」
「いつも通りだ」
「朝から元気やなぁ」
「仕事しろ」
「はいはい」
「返事は一回」
「はい」
四日目。
このやり取りにも、もう慣れた。
壁に立てかけてある箒を取る。
初日なら、まず親方にどこを掃けばいいのか聞いていた。
でも今は違う。
どこを掃いていいのか。
どこは触らない方がいいのか。
親方がよく使う材料。
炭を足すタイミング。
道具の置き場所。
まだ全部分かるわけじゃない。
鍛冶そのものなんて、ほとんど分からない。
それでも。
この作業場で、俺が何をすればいいのか。
それはかなり分かるようになっていた。
「アキラ」
「細いやつ二本?」
「……ああ」
壁際から材料を取って、親方の手が届くところへ置く。
少しして、炉を見る。
炭が減ってきている。
まだ急ぐほどじゃない。
けど。
親方が必要とする頃には、足しておいた方がいい。
籠から炭を運び、邪魔にならない場所へ置いておく。
親方が炉へ手を伸ばす。
「炭――」
「ここ」
「……」
「なんや?」
「いや」
最近、この「いや」が多い。
まあええけど。
使い終わった道具を見る。
場所が分かる物は戻す。
分からない物には触らない。
通り道に物があれば避ける。
水が減っていれば補う。
必要になる物が分かるなら、先に用意する。
初日は。
親方に言われてから動いていた。
二日目は。
少しだけ、言われる前に動けるようになった。
三日目には。
親方の仕事の流れが、なんとなく見えるようになった。
そして今日。
また昨日より少しだけ分かる。
親方の視線。
足の向き。
手の動き。
次に使おうとしている物。
それぞれが、少しずつ繋がって見える。
俺が親方の仕事を理解するほど。
何が適切なのかも、分かりやすくなる。
多い。
少ない。
早い。
まだ待つ。
ここに置く。
こっちは触らない。
別に。
頭の中に答えが浮かんでくるわけじゃない。
知らないことは分からない。
鍛冶のやり方そのものを、急に理解できるわけでもない。
ただ。
分かっていることなら。
それに合う動きも分かる。
「……ほんま便利やな」
「何がだ」
「こっちの話」
「手を動かせ」
「動かしとるわ」
親方が小さく息を吐く。
それでも。
槌を振るう手は止まらない。
材料を取りに行くことも。
道具を探すことも。
炭を運ぶこともない。
必要になる前に。
必要な物が。
そこにある。
◇
「……終わった」
「また?」
「ああ」
親方が手を止めた。
俺も持っていた箒を壁へ戻す。
「昨日より早ない?」
「ああ」
「また予定狂った?」
「ああ」
「もう慣れたやろ」
「慣れるか」
「なんでやねん」
親方は作業場を見回した。
相変わらず無愛想な顔だ。
怒ってるようにも見える。
でも。
多分、怒ってはいない。
たぶん。
「親方」
「なんだ」
「ちょっと相談あんねんけど」
「言え」
「俺、別の依頼も受けようと思ってんねん」
親方が俺を見る。
「ここの仕事が嫌とかちゃうで?」
「……」
「最近、結構早く終わるやろ?」
「ああ」
「それなら、終わったあとに別の仕事入れてもええかなと思って」
昨日、メルに教えてもらった。
一つの依頼を受けているからといって、他の依頼を受けてはいけないわけじゃない。
両方ちゃんとできるなら。
短い仕事を組み合わせてもいいらしい。
「ただ」
俺は作業場を見る。
「勝手に別の仕事入れて、こっちに迷惑かけるんは嫌やから。一応、先に聞いとこうと思って」
「その必要はない」
「……え?」
「別の依頼を受けることだ」
「いや、せやから時間が――」
「今日で終わりだ」
「……何が?」
「依頼だ」
「……」
一瞬。
何を言われたのか分からなかった。
「この仕事?」
「ああ」
「今日で?」
「ああ」
「……あと一日あるやろ?」
「ない」
「いや、あるやろ」
昨日。
メルに教えてもらったばかりだ。
五日間の手伝い。
報酬は二百五十コム。
今日は四日目。
「明日も来る予定やったやろ?」
「その予定だった」
「ほら」
「だが、終わった」
「……何が?」
「頼んだ仕事がだ」
親方が作業場へ視線を向ける。
「掃除」
「うん」
「片付け」
「うん」
「炭と材料運び」
「うん」
「この依頼で片付ける予定だった分は、全部終わった」
「……」
「だから終わりだ」
「そんなもんなん?」
「ああ」
「でも依頼書には五日って書いてあったんやろ?」
「五日見ていた」
「ほな明日もあるやん」
「必要ない」
「なんで?」
「普通なら、それくらいかかる」
「……普通なら?」
親方が俺を見る。
「手伝いを入れれば、最初はこっちの手も止まる」
「ああ。教えなあかんもんな」
「分からんことを聞かれる」
「それはしゃあないやろ」
「同じことを何度も教える」
「……それは人によるやろ」
「勝手に物を動かされる」
「ああ。それは嫌やな」
「重い物を無理に持とうとする」
「初日にちょっとやったな」
「だから止めた」
「はい」
親方が小さく息を吐く。
「普通は、手伝いを入れたからといって、すぐ仕事が早くなるわけじゃない」
「まあ、そうか」
「最初はむしろ遅くなる」
確かに。
教えながら自分の仕事をするなら。
その分、手も止まる。
「だがお前は」
「うん」
「一度言えば大体覚えた」
「大体な」
「分からん物には触らなかった」
「怒られそうやったからな」
「次に必要な物まで持ってきた」
「親方見てたら、少しずつ分かるようになったからな」
「そのせいで」
親方が一拍置く。
「俺の仕事まで予定より進んだ」
「……」
「初日から予定より早かった」
「うん」
「次の日はもっと早かった」
「うん」
「今日はさらに早い」
「うん」
「だから終わった」
「……なるほど」
ようやく意味が分かった。
俺が頼まれた仕事を終わらせただけじゃない。
俺が動いた分。
親方自身の仕事まで、予定より先に進んだ。
「つまり」
「なんだ」
「俺、結構仕事できたってこと?」
「……」
「親方?」
「自分で言うな」
「ええやん。親方全然褒めてくれへんし」
「仕事はできた」
「おっ」
「調子に乗るな」
「一回上げてすぐ落とすなや」
親方が奥へ歩いていく。
「待ってろ」
「はいはい」
「返事は一回」
「はい!」
しばらくすると。
小さな革袋を持って戻ってきた。
「ほら」
「ん?」
受け取る。
ずしっと重い。
「報酬だ」
「ああ!」
そうだった。
一番大事なやつ。
「二百五十コム?」
「ああ」
革袋を見る。
ついさっきまで十一コムしかなかった俺の手に。
いきなり二百五十コム。
なんか急に金持ちになった気がする。
「……待てよ」
「なんだ」
「一日早く終わったんやろ?」
「ああ」
「その分、減るんちゃうん?」
「減らん」
「なんで?」
親方の眉が少し動く。
「日数で頼んだんじゃない」
「……」
「仕事を頼んだ」
親方が俺を見る。
「終わらせたなら、約束した分は払う」
「……」
なんというか。
このおっさん。
「親方……」
「なんだ」
「意外とかっこええこと言うな」
「意外は余計だ」
「そこ気にするんやな」
親方が無言で俺を見る。
「すみません」
怖い怖い。
革袋をしまおうとすると。
「待て」
「ん?」
親方が手を出した。
その手には硬貨がある。
「……五十コム?」
「ああ」
「なんで?」
「別だ」
「何が?」
親方が作業場を見る。
「お前がいた分、俺の仕事も予定より進んだ」
「さっき言うてたやつ?」
「ああ」
「でも、それ親方の仕事やろ?」
「そうだ」
「俺が頼まれた仕事とは別ちゃうん?」
「だから別だ」
「……ああ」
そういうことか。
依頼の報酬とは別。
親方自身の仕事まで進んだ分。
「働いた分だ。持っていけ」
「ええの?」
「ああ」
「後から返せ言うても返さんで?」
「いらん」
「ほんまに?」
「しつこい」
「はい」
二百五十コム。
さらに五十コム。
合計三百コム。
「……親方」
「なんだ」
「金持ちやな」
「返せ」
「嘘です!」
慌てて革袋にしまう。
危ない。
余計なことは言うもんじゃない。
「しばらく、この街にはいるんだろ」
「ん?」
親方が不意に聞いてきた。
「今のところ、出る予定はないけど」
「そうか」
「なんで?」
「また依頼を出す」
「……また掃除?」
「その時になれば分かる」
「そこは教えてくれへんの?」
「暇なら来い」
「……」
親方を見る。
「もしかして俺のこと気に入った?」
「使えるから呼ぶだけだ」
「言い方!」
まあ。
親方なら、そう言うやろな。
「それと」
「まだあるん?」
「短剣」
「ああ……」
昨日。
俺の手に一番馴染んだ。
どう見ても包丁にしか見えない短剣。
「使い方を教える」
「……」
「なんだ、その顔は」
「いや……」
「嫌なのか?」
「嫌っていうか……」
仕事ならいい。
掃除でも。
荷物運びでも。
やることが分かっていれば、それなりに面白い。
でも。
武器の練習となると――。
「正直、ちょっとめんどい」
「覚えろ」
「即答やな」
「冒険者なんだろ」
「一応」
「なら覚えろ」
「……はいはい」
「返事は一回」
「はい」
やっぱり。
めんどくさいおっさんやな。
でも。
悪い気はしなかった。
「そういや親方」
「なんだ」
「一個聞いてええ?」
「言え」
「名前、なんていうん?」
「……」
親方が黙った。
「なんや?」
「今さらか」
「俺も今気づいた」
「四日ここに来てて、名前知らんかったわ」
「聞かなかっただろ」
「普通、最初に名乗らん?」
「必要なかった」
「親方で通じてたもんな……」
確かに。
俺も困ってなかった。
親方も困ってなかった。
「バルドだ」
「ん?」
「俺の名前だ」
「……今さら!?」
「お前が聞いたんだろ」
「そうやけど!」
「好きに呼べ」
「ほな親方で」
「……そうか」
「結局変わらんな」
「何か問題あるか」
「ない」
名前を知った意味。
今のところ、特になし。
それでも。
四日間世話になった相手の名前くらいは。
知っておいた方がいい気はする。
「親方」
「なんだ」
「四日間、ありがとうございました」
親方が少しだけ目を細める。
「……ああ」
「また依頼出たら来るわ」
「そうしろ」
「短剣は……気が向いたら」
「来い」
「はい」
「返事は一回」
「今一回やろ!」
最後までそれかい。
俺は笑いながら鍛冶屋を出た。
◇
「さて」
通りへ出て、革袋を軽く叩く。
十一コムしかなかった手持ちは、一気に三百コムを超えた。
昨日借りた五十コムをメルに返しても。
しばらくは宿に困らない。
けど。
金があるからって、何もしない理由もない。
「次の仕事探すか」
せっかく冒険者になったんだ。
今度は何があるのか見てみよう。
そう思ってギルドの方へ歩き始めたところで。
「アキラー!」
聞き慣れた声がした。
振り返る。
通りの向こうから、メルがこっちへ走ってくる。
「お疲れさん」
「アキラもお疲れさま!」
俺の前まで来たところで。
メルが首を傾げた。
「あれ?」
「ん?」
「もう終わったの?」
「ああ」
「今日、早くない?」
「今日の仕事が終わったんちゃうで」
「え?」
「親方の依頼そのものが終わった」
「ええっ!?」
耳がぴんっと立った。
「でも、あと一日あったよね?」
「俺もそう思ってた」
「どういうこと?」
「終わったから終わりらしい」
「……?」
「まあ、親方の仕事まで予定より進んだみたいでな」
簡単に説明する。
頼まれていた仕事が全部終わったこと。
本来五日かかる予定だったものが、四日で済んだこと。
それでも約束通り二百五十コムもらったこと。
「それだけちゃうで」
「え?」
「ほい」
革袋から五十コムを取り出す。
そのままメルの手に乗せた。
「なにこれ?」
「昨日の」
「……昨日?」
「借りた五十コム」
「えっ?」
メルが硬貨と俺を交互に見る。
「もう!?」
「親方から報酬もろたからな」
「でも、二百五十コムでしょ?」
「それがな」
「うん?」
「さらに五十コムくれた」
「ええっ!?」
「俺がいた分、親方の仕事も予定より進んだからやって」
「すごい!」
「親方、実は金持ちなんかもしれん」
「違うと思うよ?」
「俺もそう思う」
「じゃあ言わないでよ!」
メルが笑う。
俺もつられて笑った。
「というわけで」
メルの手の五十コムを指差す。
「昨日は助かりました。ありがとうございました、メル様」
「様はやめて!」
「もう返したからええやろ?」
「返したならもっとやめて!」
「難しいな」
「難しくない!」
耳が少し横へ倒れる。
でも。
尻尾は嬉しそうに揺れていた。
「それで」
「ん?」
「親方、また依頼出すって」
「ほんと?」
「ああ。暇なら来いって」
「よかったね!」
「あと短剣の使い方も教えてくれるらしい」
「それもよかったね!」
「そっちは別に……」
「ちゃんと教わって!」
「なんでメルまで親方側なん?」
「だって危ないでしょ!」
「はいはい」
「『はい』は一回!」
「……ほんま親方に似てきたな」
「アキラ!」
「はい!」
耳まで立った。
分かりやすい。
「で、アキラは今からどこ行くの?」
「ギルド」
「え?」
「次の仕事探そうと思って」
すると。
メルの顔がぱっと明るくなった。
「アキラ、偉いね!」
「……何が?」
「依頼書、全部は読んでなかったみたいだけど、そういうところはちゃんと見てたんだね」
「……なんの話?」
「依頼が終わったらギルドに報告すること」
「知らんで?」
「え?」
「俺、次の仕事探しに行こうと思っただけやけど」
「……」
「メル?」
「やっぱり読んでないじゃん!」
「なんで怒られんねん!」
「依頼が終わったら、ギルドにちゃんと報告するの!」
「そうなん?」
「そう!」
「知らんかった」
「依頼書に書いてあるよ!」
「……そうなん?」
「読んで!」
「次からな」
「ほんとに?」
「多分」
「多分じゃダメ!」
また怒られた。
冒険者って。
思ってたより覚えること多いな。
「まあ、ちょうどええやん」
「何が?」
「報告もできるし、次の仕事も探せる」
「最初から報告しに行くみたいに言わないでよ」
「結果一緒やろ?」
「違うよ!」
「細かいなぁ」
「アキラが適当すぎるの!」
「適当でええやん」
「よくない!」
そんな話をしながら。
二人で通りを歩く。
しばらくすると。
見慣れてきた大きな建物が見えてきた。
冒険者ギルド。
親方の依頼は終わった。
終わったなら。
それでいい。
次は――。
俺にできる仕事を、もう一つ探しに行こう。




