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困ったなら、頼ればいい

 鍛冶屋を出ると、空は少し赤くなり始めていた。


「アキラ」


「ん?」


 隣を歩いていたメルが、こっちを見る。


 耳がぴんっと立っている。


「今日はアキラにご飯作ってもらったから、今度は私がごちそうする!」


「ええの?」


「うん!」


 尻尾まで嬉しそうに揺れている。


「ほんなら遠慮なく」


「何食べたい?」


「んー……」


 聞かれて考える。


 この街に来てから食べたもの。


 大トカゲの串。


 宿の朝飯。


 今日作ったサンドイッチ。


 …………。


「何でもええで」


「何でもって……」


 メルが少し困った顔をする。


「アキラ、好きなものないの?」


「好きなもん言われても、この街の料理よう知らんしな」


「じゃあ、今まで何食べてたの?」


「朝は宿で食ってるで」


「うん。それは知ってる」


 そうだった。


 最初の朝も一緒に食べた。


「じゃあ、仕事終わってからは?」


「大トカゲの串」


「……」


「なんや?」


「昨日は?」


「大トカゲの串」


「その前は?」


「大トカゲの串」


「……毎日?」


「仕事始めてからは毎日やな」


 メルの耳が少しずつ下がっていく。


「何本?」


「五本くらい」


「五本!?」


「安いし、美味いし、腹も膨れるで?」


「そういう問題じゃないよ!」


「何があかんねん」


「ちゃんとしたものも食べないと!」


「串もちゃんとした食いもんやろ」


「そうだけど!」


 メルが何か言おうとして。


 一度止まった。


「……今日も?」


「ん?」


「今日も、私が言わなかったら串食べるつもりだった?」


「たぶん」


「もう!」


 なんで怒られてんねん。


「分かった!」


「何が?」


「今日は私のおすすめのお店に行く!」


「別に串でも――」


「行くの!」


「はい」


 ぺたんとしていた耳が、少しだけ戻った。


 ……飯の話でここまで怒るか?


     ◇


 メルについて歩くことしばらく。


 連れてこられたのは、大通りから少し外れたところにある店だった。


 一階建ての広い建物。


 中から話し声と、料理の匂いが漏れている。


「ここ!」


「酒場?」


「料理もあるよ」


「なるほど」


 中へ入る。


 いくつもの木のテーブル。


 食事をしている人。


 酒を飲んでいる人。


 人族もいれば、獣人もいる。


 思っていたより賑やかだ。


 メルは慣れた様子で空いている席へ向かった。


「よく来るん?」


「たまに」


「おすすめある?」


「あるよ!」


 そう聞いた瞬間。


 耳がまたぴんっと立った。


 さっきまで俺の食生活に怒ってた奴とは思えん。


「肉と野菜の煮込みがおいしいの!」


「ええな」


「あとパンと――」


 メルが少し考える。


「焼いたお肉!」


「肉多ない?」


「おいしいよ?」


「ならええか」


「でしょ!」


 結局。


 肉と野菜の煮込み。


 パン。


 それから焼いた肉。


 メルのおすすめをそのまま頼むことになった。


 しばらく待つと。


 大きな器に入った煮込みが運ばれてきた。


 湯気が立っている。


 じゃがいもみたいな芋。


 にんじんみたいな根菜。


 葉物。


 それに、柔らかそうな肉。


「うまそうやな」


「でしょ!」


 横には焼きたてらしいパン。


 さらに香ばしく焼かれた肉。


 串とは違って、ちゃんと皿に乗っている。


「いただきます!」


 メルがすぐに匙を取る。


 煮込みをすくって――。


「熱いから気ぃつけ――」


「んっ!」


 止まった。


「……」


「……」


 メルが口を押さえる。


 耳がぴくぴく動いている。


「熱かった?」


「……あつい」


「言わんこっちゃない」


 メルが慌てて息を吹きかける。


「ふー……ふー……」


「……」


「なに?」


「いや」


「なに?」


 犬の耳。


 犬の尻尾。


 それなのに。


「犬族やのに猫舌なんやな」


「……ねこじた?」


「あ」


 通じるわけないか。


「何それ?」


「熱いもん苦手な人のこと」


「なんで猫なの?」


「……」


 なんでやろ。


「こっちの話」


「またそれ?」


「俺も知らん」


「変なの」


 メルがもう一度。


 ふー。


 ふー。


 と煮込みを冷ます。


 その様子を見ながら、俺も一口。


「……うまっ」


「熱くないの!?」


「熱いけど、食えるで?」


「熱いよ!」


「メルが弱いだけちゃう?」


「違うもん!」


「何が違うねん」


「……ふー」


 また冷ましてる。


 やっぱ猫舌やん。


「どう?」


 少し冷めたところで、メルが改めて一口食べる。


 耳がぴんっと立った。


「おいしい!」


「自分のおすすめやろ」


「アキラがどう思うか気になったの!」


「うまいで」


「ほんと!?」


「ああ」


 肉も柔らかい。


 野菜にも味が染みている。


 パンを少し煮込みにつけても美味い。


 焼いた肉も、串とはまた違う。


「確かに」


「なに?」


「串以外も食った方がええかもしれんな」


「でしょ!」


「でも串も美味い」


「それは分かったから!」


 メルが笑う。


 尻尾も嬉しそうに揺れていた。


 しばらくは。


 ただ飯を食った。


 何か特別な話をするでもなく。


 料理が美味いとか。


 あれも今度食べてみろとか。


 今日の短剣の話とか。


「でも良かったね」


「何が?」


「アキラに合う武器、見つかって」


「ああ。包丁な」


「短剣だよ?」


「お前までそれ言うんか」


「だって短剣だもん」


「ほぼ包丁やろ」


「短剣」


「……親方に似てきたな」


「ええっ!?」


「そこまで嫌がらんでもええやろ」


「嫌じゃないけど!」


 そんなことを話しているうちに。


 皿の上の料理も、ほとんどなくなっていた。


     ◇


「ごちそうさまでした!」


「ごちそうさん」


 腹いっぱいだ。


 串五本でも腹は膨れるけど。


 やっぱり温かい飯をちゃんと食うのも悪くない。


「アキラ」


「ん?」


「明日も鍛冶屋さん行くんだよね?」


「ああ」


「あと二日だね」


「……何が?」


 メルの動きが止まった。


「鍛冶屋さんの依頼」


「あと二日なん?」


「……」


「なんや?」


「アキラ」


「はい」


「依頼書、ちゃんと読んでないでしょ」


「読んだで?」


「何日って書いてあった?」


「……」


「報酬は?」


「……」


 メルがじっと俺を見る。


「掃除とか荷物運びって書いてあった」


「それしか読んでないよね!?」


「大事なところは読んだ」


「一番大事なところ読んでないよ!」


「そう?」


「そう!」


 怒られた。


「五日間のお手伝いで、報酬は二百五十コム」


「二百五十?」


「そう」


「結構あるやん」


「五日分だよ?」


「一日五十くらいか」


「うん」


「なるほど」


 宿が一泊四十コム。


 それだけで大半が消える。


 さらに飯。


 滞在税。


「……あれ?」


「どうしたの?」


「思ったより残らんくない?」


「今気づいたの!?」


 メルの耳がぴんっと立った。


 驚きの方で。


「アキラ、今いくら持ってるの?」


「今?」


「うん」


「ちょい待ち」


 腰の革袋を開く。


 硬貨を出す。


 一枚。


 二枚。


 三枚。


 四枚。


「……」


「……」


「四コム」


「え?」


「四コム」


「……四?」


「ああ」


 メルが固まった。


「なんで!?」


「なんでって言われてもなぁ」


 思い返す。


 街へ入る時に金を払った。


 宿を三日分。


 そのあと二日延長。


 毎朝飯を食う。


 仕事が終わったら串。


 気づけば。


「使ったから?」


「当たり前だよ!」


「でも今日寝るところはあるで?」


「今日だけでしょ!?」


「そうやな」


「明日は!?」


「朝飯が三コムやから――」


 硬貨を見る。


「食ったら一コムやな」


「なんでそんな落ち着いてるの!?」


「まだ一コムあるやん」


「一コムしかないの!」


「串一本食えるで?」


「そういう問題じゃないよ!」


 今日何回目やろ、それ。


「宿は?」


「今日の分までは払ってる」


「明日は?」


「まだ」


「じゃあ泊まれないじゃん!」


「最悪、どっかで寝ればええやろ」


「ダメだよ!」


「まあ、なんとかなるやろ」


「ならない!」


「はいはい」


 メルの目が細くなった。


「……『はい』は一回って、親方に言うよ?」


「メル様、ごめんなさい」


「やめて!」


「何が?」


「様!」


「命の恩人やぞ?」


「まだ何もしてない!」


「飯奢ってもらった」


「それはお礼!」


「メル様……」


「だからやめてって!」


「はい」


 メルが頬を膨らませる。


「もう、アキラったら!」


 怒っている。


 怒っているんやけど。


 耳はそこまで下がっていない。


 たぶん本気では怒ってない。


 ……たぶん。


「でも」


 メルが俺の前に手を出す。


「ん?」


 その手には硬貨が乗っていた。


「はい」


「……何これ」


「五十コム」


「いや、それは分かる」


「貸す」


「え?」


「明日の宿代」


「いやいや」


 さすがにそれは。


「飯まで奢ってもらって、金まで借りるんは――」


「貸すだけ」


「でも」


「鍛冶屋さんの報酬もらったら返して」


「……」


「それならいいでしょ?」


 メルを見る。


 本人は当たり前みたいな顔をしている。


「アキラが困ってる時くらい、私にも何かさせてよ」


「……」


 その言葉に。


 少しだけ、返す言葉が止まった。


 俺は今まで。


 メルの防具をいじった。


 飯を作った。


 でも。


 別に助けてやってるつもりなんてなかった。


 できることをやっただけだ。


 多分。


 メルも同じなんだろう。


「……ほんなら」


「うん」


「借りるわ」


「うん!」


 メルの耳がぴんっと立つ。


「ありがとう、メル様」


「だから様はやめて!」


「はい」


「もう!」


 五十コムを受け取る。


 これで手持ちは五十四コム。


 とりあえず。


 明日いきなり野宿することはなくなった。


「そういや」


「なに?」


「滞在税はどうなってんの?」


「七日分払ったでしょ?」


「……あれ?」


「門で」


「ああ。七十コム払ったやつ?」


「そう!」


「なるほど。あれ七日分やったんか」


「分かってなかったの!?」


「メルに言われたやつ出しただけや」


「……」


「なんや?」


「なんでもない……」


 呆れられた。


「だから、滞在税はあと二日分あるよ」


「今日で何日目やっけ?」


「街に来た日を一日目にしたら、今日で五日目」


「ほんならあと二日あるやん」


「二日しかないの!」


「考え方の違いやな」


「そういう問題じゃないよ!」


「またそれや」


「誰のせい!?」


 メルがテーブルに身を乗り出す。


「七日目の夕方までに、次の分を払えば普通に延長できるよ」


「払わんかったら?」


「あとから払うこともできるけど、追加で取られるし、記録も残る」


「それは嫌やな」


「冒険者ならちゃんとした方がいいよ」


「なるほど」


 ようやく。


 この街で生活するのに何が必要なのか。


 少しずつ見えてきた。


 宿。


 飯。


 滞在税。


 そして。


 それを払うための仕事。


 世界を救う以前に。


 まず生活せなあかん。


「でも」


 メルが言う。


「鍛冶屋さんの依頼だけじゃなくてもいいんだよ?」


「どういうこと?」


「時間が空いてるなら、別の依頼を受けてもいいの」


「二つ同時に?」


「うん。ちゃんと両方できるなら」


「へぇ」


「街の中の配達とか、荷物運びとか、短い依頼もあるし」


「なるほどな」


 確かに。


 親方の仕事は。


 初日より二日目。


 二日目より今日。


 どんどん早く終わっている。


 終わったあとにできる仕事なら、別に問題ない。


「それなら、もう一個くらい入れてもええか」


「うん!」


「……でも」


「なに?」


「親方の依頼、まだあと二日あるんやろ?」


「うん」


「勝手に別の仕事入れて、そっちに迷惑かけるんはちゃうよな」


「それはそうだね」


 別の依頼を受けました。


 時間がないので今日は行けません。


 そんなことをするくらいなら。


 最初から受けなければいい。


「そしたら」


「うん?」


「明日、親方に相談やな」


「そうだね!」


 メルが笑う。


 腹もいっぱい。


 明日の宿代も、とりあえずなんとかなった。


 金は借りたけど。


 まあ。


 返せばいい。


「メル様」


「また!?」


「五十コム、大事に使わせていただきます」


「普通にメルって呼んで!」


「はいはい」


「『はい』は一回!」


「親方に似てきたな」


「アキラ!」


「はい!」


 メルが頬を膨らませる。


 その耳はぴんっと立ったままだった。


 こうして。


 俺はこの世界で初めて。


 人から金を借りた。


 世界を救う方法は、まだ分からない。


 でも。


 その前に。


 明日の宿代くらいは、自分でなんとかせなあかんらしい。


 ……まあ。


 まずは明日、親方に相談やな。

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