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合うものがないなら、見つければいい

 翌日。


「……終わった」


「もう?」


「ああ」


 親方が炉の火を弱める。


 昨日より、さらに早い。


 俺も昨日より、この作業場のことが分かってきた。


 親方がよく使う道具。


 材料を取りに動くタイミング。


 炭を足すタイミング。


 水が必要になるタイミング。


 もちろん、鉄のことは相変わらず分からない。


 今叩いている鉄が何になるのか。


 なんで今叩くのか。


 なんで火に戻すのか。


 そこまでは、まださっぱりだ。


 でも。


 分かることは、昨日より増えた。


 分かることが増えれば、その分だけ先に動ける。


 それに合わせるように、《適当》の感覚も少しずつはっきりしていた。


「また予定狂った?」


「……ああ」


「昨日より早いやろ?」


「ああ」


「ええことやん」


「俺にとってはな」


「俺にとってもええことやで?」


「……そうか」


「二人とも得しとるやん」


「お前が言うと腹が立つな」


「なんでやねん」


 親方が小さく息を吐いた。


 仕事も終わった。


 昨日より早い。


 今日はこれで――。


「来い」


「……帰らせる気ないやろ」


「昨日の続きだ」


「ああ……」


 忘れてた。


 俺に合う武器探し。


 昨日は片手剣。


 それから斧。


 どっちも散々だった。


「今日は何?」


「これだ」


 親方が壁際から一本の槍を取った。


「……長いな」


「槍だからな」


「それは見たら分かる」


「なら言うな」


「感想や!」


 渡された槍を受け取る。


 思っていたより軽い。


 いや。


 軽いというより――。


 重さが遠い。


 手元だけじゃない。


 握った場所から、ずっと先まで重さが続いているような変な感覚がする。


「構えろ」


「……こう?」


「違う」


「早いな!」


 まだ構えきってすらないぞ。


「右手を後ろへ」


「こう?」


「もっとだ」


「こう?」


「行きすぎだ」


「昨日から注文多いな!」


「お前が下手だからだ」


「言い方!」


 言われた通りに握り直す。


 足の位置。


 腰。


 力を入れすぎない。


 昨日、剣と斧で散々言われたことを思い出しながら、一つずつ合わせていく。


 昨日よりは分かる。


 分かるから、合わせられる。


 《適当》の感覚もある。


 ここ。


 このくらい。


 もう少し。


 昨日まで分からなかったことを教えてもらった分だけ、何が適切なのかも少しずつ分かるようになっていた。


「突いてみろ」


「おう」


 言われた通り、槍を前へ出す。


「ほっ!」


 しゅっ。


「……お?」


 昨日の剣よりはマシ。


 斧よりも、ずっとマシだ。


 少なくとも、身体ごと持っていかれることはない。


「今の結構よかったんちゃう?」


「もう一度」


「褒めてもええんやで?」


「もう一度だ」


「はいはい」


「返事は一回」


「はい!」


 もう一度構える。


 今度は少し足も使う。


 教えてもらった通りに――。


「こんにちはー!」


「うおっ!」


 聞き慣れた声に、槍の先がぶれた。


「危ない」


「急に声かけるからや!」


「ご、ごめん!」


 作業場の入口を見る。


 メルが立っていた。


「アキラ、何してるの?」


「見たら分かるやろ」


「槍?」


「槍」


 メルの耳がぴんっと立つ。


「昨日の続き!?」


「そうみたいやな」


「見てていい?」


「もう見とるやん」


「えへへ」


 どうやら今日も自分の依頼を終わらせて、そのまま来たらしい。


 というか。


 昨日から思ってたけど――。


 こいつ、絶対楽しんどるやろ。


「続けろ」


「はいはい」


「返事は一回」


「はい!」


「ふふっ」


「メル、笑うな!」


「だって……」


 メルが口元を押さえている。


 完全に見物人やないか。


 槍を構え直す。


 今度は足も意識する。


 腰。


 腕。


 力を抜いて――。


「ほっ!」


 槍を突き出す。


 さっきよりいい。


 自分でも分かる。


 親方を見る。


「……どう?」


「昨日よりはマシだ」


「ほら!」


「マシなだけだ」


「一回上げてから落とすなや!」


 親方が俺の手から槍を取った。


「違うな」


「何が?」


「お前には合わん」


「そうなん?」


「ああ」


「今までで一番マシやった気するけど」


「マシと合うは違う」


「……そういうもん?」


「そういうもんだ」


 親方が槍を壁際へ戻す。


 その横顔は相変わらず無愛想だ。


 でも。


 俺が武器を持っている時だけは、目がよく動く。


 手。


 足。


 腰。


 武器。


 それから、また俺。


 ……なんかめちゃくちゃ見られてんな。


「次は?」


「少し待て」


「まだやる気なんや」


「当たり前だ」


「親方、意外と面倒見ええな」


「……」


「なんや?」


「黙ってろ」


「照れた?」


「黙れ」


「はい」


「ふふっ」


「メルも笑うな!」


「だって二人とも仲良くなったね」


「どこがやねん」


「そう見えるよ?」


「見えへんわ」


「……ぐぅ」


「……」


「……」


「……」


 三人とも黙った。


 今のは。


 聞き間違いではない。


 ゆっくりメルを見る。


 メルも俺を見る。


 ぴんっと立っていた耳が、少しずつ下がっていく。


「……今の聞いた?」


「聞いた」


 親方も小さく頷く。


「聞こえた」


「親方まで!」


 メルの耳が完全にぺたんと倒れた。


 顔まで赤い。


「腹減ったん?」


「……ちょっとだけ」


「ちょっとの音ちゃうかったけどな」


「もう!」


 メルが両手で腹を押さえる。


 そんなことしても、さっきの音はなかったことにならんぞ。


「ちゃんと飯食ったん?」


「……」


「メル?」


「……食べてない」


「は?」


「だって……」


 メルが少し目を逸らす。


「昨日の続き、気になったから……」


「……」


「早く依頼終わらせて、見に来ようと思って……」


「飯抜いて?」


「……うん」


「何してんねん」


「だって気になったんだもん!」


 耳をぺたんとさせたまま言われてもなぁ。


 呆れる。


 呆れるんやけど。


 そこまで気になってたんかと思うと、ちょっとだけ悪い気はしない。


 親方が俺たちを見て、作業場の奥を顎で示した。


「腹が減ったなら、裏に調理場がある」


「調理場?」


「ああ。適当に材料もある。使っていい」


「ほんとですか!」


 ぺたんと倒れていたメルの耳が、ぴんっと立つ。


 しかし――。


「……」


 すぐに、またぺたんと倒れた。


「なんや?」


「私……料理できない」


「なんやそれ」


「だって、できないんだもん……」


 さっきまで少し動いていた尻尾まで止まっている。


 忙しい奴やなぁ。


「ほんなら俺が作るわ」


「……え?」


 メルが顔を上げる。


「アキラ、料理できるの!?」


「まあ、それなりにな」


「ほんと!?」


 耳がぴんっと立った。


 忙しい耳やな。


「何か作れる!?」


「材料見てからやな」


「作って!」


「急に元気になったな、お前」


 今度は尻尾までぶんぶん振っている。


 ……ほんま分かりやすいやっちゃな。


     ◇


 裏へ回ると、本当に小さな調理場があった。


 簡単な炉。


 鍋。


 まな板。


 包丁。


 食器も少し。


 置いてある材料を見る。


「……結構あるな」


 パン。


 干し肉。


 葉物。


 チーズ。


 それに、赤い実――トマトみたいな野菜。


 あとは調味料が少し。


 後ろから覗き込んでいたメルが首を傾げる。


「何か作れそう?」


「んー」


 もう一度、材料を見る。


 豪華なものは無理。


 煮込むには時間もかかる。


 わざわざ手間をかける必要もない。


 でも。


 これだけあれば十分やろ。


「まあ、なんとかなるやろ」


「ほんと?」


「任せとけ」


 まずパンを手に取る。


 そのまま挟んでも食える。


 でも、それだと少し厚い。


 包丁を入れ、同じくらいの厚さになるように切り分けていく。


 厚さがバラバラだと、噛んだ時に食べにくい。


 挟むなら、なるべく揃っていた方がいい。


 次に干し肉。


 一枚つまんで口へ入れる。


「……硬いな」


「そう?」


「ああ。このまま挟んだら、パンだけ先に噛み切れるやろな」


 干し肉をまな板へ置く。


 包丁を少し寝かせる。


 薄く。


 できるだけ薄く。


 すっ。


 すっ。


 すっ。


 切った干し肉を並べ、今度は表面に浅く刃を入れていく。


 縦。


 横。


 細かい格子状になるように。


 ただし、肉そのものは切り離さない。


「アキラ、何してるの?」


「切り込み入れてんねん」


「なんで?」


「この方が噛み切りやすいやろ」


「へぇ……」


 別に、肉そのものが柔らかくなったわけじゃない。


 硬いなら、硬いままでも食べやすくすればいい。


 葉物もパンからはみ出さない大きさに。


 トマトも厚すぎないよう、同じくらいの厚さに切り揃える。


 干し肉は塩気が強い。


 なら、チーズは多すぎない方がいい。


 調味料も少しで十分。


 特別なことはしていない。


 食べた時に、全部が一緒に噛み切れるようにしただけだ。


「……」


「ん?」


 視線を感じて顔を上げる。


 親方が調理場の入口に立っていた。


「親方?」


「……」


「なんや?」


「いや」


「またそれか」


 何やねん。


 最近このおっさん、俺見て黙ること多ない?


「アキラ、早いね」


「そう?」


「うん。なんか……すごい慣れてる」


「まあ、料理はそれなりにな」


 パン。


 葉物。


 干し肉。


 トマト。


 チーズ。


 量を見ながら重ねていく。


 最後にパンを重ねる。


「ほい」


「できたの!?」


「こんなんすぐや」


「早い!」


「挟んだだけやからな」


 三人分を作って皿に置く。


「食ってみ」


「いただきます!」


 メルがすぐに手を伸ばした。


 一口。


「んっ!」


 耳がぴんっと立つ。


 次の瞬間には、尻尾が左右に揺れ始めた。


 分かりやすいなぁ。


「おいしい!」


「そらよかった」


「干し肉、全然食べにくくない!」


「切ったからな」


「親方さんも!」


「……ああ」


 親方も一つ取る。


 一口食べる。


 噛む。


「……」


「なんや?」


「うまいな」


「せやろ?」


「ほんとにおいしい!」


「まあ、適当にある材料で作っただけやけどな」


「適当に作ってこれなの?」


「材料見て挟んだだけや」


「私がやってもこうならない気がする……」


「そんな大層なもんちゃうって」


 俺も一つ食べる。


 うん。


 悪くない。


 干し肉の塩気。


 トマトの水気と酸味。


 葉物。


 チーズ。


 パン。


 特別なものは何もない。


 でも、これで十分。


「……」


 また視線を感じた。


「親方?」


「なんだ」


「さっきからめっちゃ見るやん」


「そうか?」


「そうやろ」


「気のせいだ」


「絶対ちゃうやろ」


 親方はそれ以上何も言わなかった。


 ただ。


 俺の顔ではなく――。


 さっき使った包丁を見ていた。


     ◇


「ごちそうさまでした!」


「満足した?」


「うん!」


 メルの耳も尻尾も元気いっぱいだ。


 さっきまで腹を鳴らして真っ赤になってた奴とは思えん。


「アキラ」


 親方に呼ばれて振り返る。


「ん?」


「来い」


「……また?」


「ああ」


「今度は何?」


「いいから来い」


「はいはい」


「返事は一回」


「はい」


「それ好きやな、ほんま」


 親方の後について作業場へ戻る。


 メルも当然のようについてきた。


 親方が壁際へ向かう。


 並んでいる武器をしばらく見たあと、その中から一本を取った。


「これだ」


「ん?」


 渡されたものを見る。


 短い。


 剣よりずっと短い。


 片手で扱う刃物。


 さっきまで試していた武器に比べれば、かなり小さい。


「短剣?」


「ああ」


「これ使うん?」


「そうだ」


「なんで急に?」


「いいから持て」


「はいはい」


「返事は一回」


「はい!」


 受け取る。


 その瞬間だった。


「……ん?」


 今までと違う。


 軽いから?


 いや。


 それだけじゃない。


 手の中にある短剣を見る。


 重さが分かる。


 どこに重さがあるのか。


 刃がどちらを向いているのか。


 どのくらい握ればいいのか。


 どこに力を入れて。


 どこで力を抜けばいいのか。


 考えなくても分かる。


 剣の時は、どう握ればいいのかすら分からなかった。


 斧は重さに振り回された。


 槍は教えてもらって、ようやく少し形になった。


 でも。


 これは違う。


 知っている。


 いや。


 短剣なんて使ったことはない。


 それなのに――。


 手が知っている。


 刃物を握る感覚。


 刃の向き。


 手首の角度。


 力の抜き方。


 何度も。


 何度も。


 繰り返してきた感覚。


 その瞬間。


 頭の奥で、何かが繋がった。


 ――《適性》。


 ――《適応》。


 そして。


 ――《適合》。


「……なんや、これ」


「どうした?」


「いや……」


 短剣を軽く握り直す。


 しっくりくる。


 それだけじゃない。


 親方に教えてもらった足の位置。


 腰の向き。


 昨日まで何度やってもぎこちなかった動き。


 そこへ。


 俺が知っている刃物の扱い方が重なっていく。


 包丁とは違う。


 これは料理をするための道具じゃない。


 使い方も違う。


 目的も違う。


 それでも。


 似ている部分はある。


 刃を扱う。


 それだけなら――。


 俺は知っている。


「振ってみろ」


「……おう」


 短剣を構える。


 構えようと考えたわけじゃない。


 身体が自然に動いた。


「……」


 親方の目が細くなる。


 横で見ていたメルも、不思議そうに首を傾げた。


「アキラ?」


「なんや?」


「なんか……さっきと違う」


「そう?」


「うん」


 俺にはよく分からない。


 ただ。


 さっきまでより楽だった。


「振れ」


「おう」


 息を吐く。


 足を少し引く。


 短剣を振る。


 すっ。


「……」


 身体が流れない。


 腕だけでもない。


 刃がどこを通ったのか、自分で分かる。


 今までとは明らかに違った。


「……おお」


 思わず声が出る。


「もう一度だ」


「え?」


「もう一度」


「おう」


 今度は少し踏み込む。


 親方に教えられた足運び。


 そこに、自分が知っている刃物の感覚を合わせる。


 すっ。


 短剣が走る。


 止まる。


 さっきよりも自然だった。


「……」


 メルがぽかんと俺を見ている。


「なんや?」


「アキラ」


「うん」


「それ、本当に初めて?」


「初めてやけど?」


「……嘘」


「なんでやねん!」


「だって昨日も嘘ついた!」


「それとこれとは別や!」


「でも全然違うよ!」


「俺が一番びっくりしとるわ!」


 ほんまに。


 なんやこれ。


 剣を持った時とは全然違う。


 親方を見る。


 親方は俺ではなく、短剣を見ていた。


「……やっぱりな」


「何が?」


「包丁だ」


「……包丁?」


「ああ」


 親方が調理場の方を見る。


「お前が飯を作っていた時だ」


「飯?」


「包丁の扱いだけは別人だった」


「だけってなんやねん」


「剣を持った時とはまるで違った」


「そんな違った?」


「ひどかったからな」


「それもう何回も聞いたわ!」


 親方は俺の言葉を無視して、短剣を指差した。


「だから試した」


「これを?」


「ああ」


 もう一度、手元を見る。


 短い刃。


 握り。


 重さ。


 確かに。


 剣より。


 斧より。


 槍より。


 ずっと馴染む。


「お前には、それが合ってる」


「これが?」


「ああ」


 握り直す。


 やっぱりしっくりくる。


 《適当》の感覚も消えない。


 むしろ握れば握るほど。


 自分の手に馴染んでいくような――。


「……」


 もう一度、短剣を見る。


 見れば見るほど。


 これ。


「……包丁やん」


「短剣だ」


「いや、これほぼ包丁やろ」


「短剣だ」


「形も似てるやん」


「短剣だ」


「なんでそこだけ頑なやねん」


「アキラ」


「ん?」


 メルが俺の手元を見ながら首を傾げる。


「それ、短剣だよ?」


「お前までそっち側なん!?」


 メルが笑う。


 親方は相変わらず無愛想な顔で俺を見ている。


 俺はもう一度、手の中の――。


 短剣を見る。


 ……まあ。


 包丁でも短剣でも。


 使えるなら、どっちでもええか。


 こうして。


 俺が冒険者になって、初めて「これなら使える」と思えた武器は――。


どう見ても包丁にしか見えない、短剣になった。

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