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Log.4 IPMタイムズ、イートンファイルズ

 午後の暑さを冷房の効いた電車内でやり過ごし、ホテルに戻ってからダーシャお姉さんがロシアから持ってきたアルバムをロビーのテーブルでみんなで見る。

 アイリスの両親は東京観光に行っているので、まだ戻ってきていない。追いかけて行ってみてはと提案したけど、アイリスは人の多いところは苦手だからと私達と一緒にいるそうだ。


「それにしても、ばあさんが元パイロットとかSNSで語ったら大バズリ間違いなしじゃねえか」


「いやIl-2は陸上機だし。それに昔は自動車より飛行機の免許取る方が簡単な時代もあったんだぜ、あの頃はどこの国も同じような感じだったはずだぞ」


 当時のソ連空軍で編成されていた女性航空部隊のメンバーと思われるパイロットと一緒に映っている写真もあり、操縦席に座っている様子は機体の外板に隠れてしまうほどの体格の小ささが見て取れる。


「ほんとうに……、わたしたちより小さい頃から戦ってたんだ、ダーニャのおばあちゃん以外にも、たくさんの若い人たちが」


 自身も小柄なアイリスは、年齢制限が絡むような場面では苦労することが多かっただろう。


「たしか、最年少記録は8歳で士官学校入学だったか。独ソ戦の頃に」


「8……ええっ!? 18歳じゃなくて!?」


 レオンの発言にアイリスが思わず聞き返す。


「いやそいつの場合はどっちかっていうと戦災孤児の保護も兼ねての特例みたいな措置だから、一概にはなんともだが」


 私もその話は初めて聞いたが、ダーニャはさすがに知ってるのか。

 オンライン百科事典サイトに載っている写真をスマホで検索して見せてくれたが、本当に、赤軍の制服を着た少年、いやもはや少年どころか幼児と言っていいほどの小柄な男児が、大人の軍人たちに交じって敬礼をしている。


「でも、それがある種の目くらましになっていた、結果としてそうなったことは否定できないわ。ツングースカの頃のシベリアはそういう場所だったのよ」


 現代でこそ、ヤクーツク冬季オリンピックが開催されるなどシベリアにもいくつもの大都市ができているが、昔は地球上で最も過酷な土地といわれていた。


「今の価値観では、これから新たな情報公開があるとも期待はできないしね。ともかく、当時は航空機自体がまだできたばかりの乗り物だったから、若者が乗ってはいけないという忌避感も少なかったの。民間の航空クラブもさかんに活動していたし、パイロットの育成もずっと若い年代から行なわれていたわ」


 確かに、日本でも増産した空母機動部隊の艦載機にはかなりの若者が乗り組んでいたと聞く。特にツングースカ惨禍の直後の極東では、建設中のシベリア鉄道が隕石通過時の衝撃波で破壊され、工事も思うように進まない中で航空機による輸送は重要な役目を果たした。

 現代のような免許制度や法整備が進む前だったし、そもそも中央の目が届きにくい辺境の地では、子供だろうと航空機は身近な存在だったというわけだ。


「それに、ソ連は当時としては最も女性軍人が多かった国でもあるのよ。前線で貢献するために、年齢を偽って入隊した者も少なくなかったの」


 す、すごい話だな。

 ってことは非公式の存在としては、少女パイロットが活躍するのはラノベの中だけの話とは言い切れないってわけなのか。


「確かにゲームで一緒に見ててもダーニャの操艦スキルはアレ、ばあさん直伝って言われても頷けるな。そういや、うちんとこのミリオタのフォーラムで色々聞いて回ってみたんだよ」


 レオンやダーシャお姉さんの話は、ネットの書き込みみたいな伝聞ではない生の声として課題研究には最適な資料になるだろう。

 検索サイトは基本的にその国の言語のページしか表示しないから、なかなか国外の情報は普通にネットを使っているだけでは見つけにくい。

 日本語と英語だけではなく、ロシア語やドイツ語ではそれぞれ別々の情報が載っていて、それらを結びつけて考えるには前提となる知識が必要になる、ということは特にこのような多角的な情報を扱う上ではままあることだ。


「有名な夜の魔女(ナハトヘクセン)だけじゃなく、当時のソ連軍は今で言う統合任務部隊の原型みたいなものをいち早く導入してたんだ。その中に、公式記録に残ってない航空連隊があるんじゃないかって、アメリカの新聞社が発行してる軍事雑誌で連載記事が組まれてたことがあったんだよ。英語圏のフォーラムでそいつが紹介されてて、オレも見に行ってみたんだ」


 KVFには参加してないけれど、もちろん当時有力な海軍を持っていたイギリスやフランス、イタリアでもCFは人気でプレー人口も多い。


「それだったら翻訳されたのをまとめたのが日本でも出版されたから、実家で読んだことがあるよ。〝黒鉄(くろがね)の妖精〟だよね」


「ソ連といったら赤だろってイメージで、気づかれにくかったらしいな」


 カタカナに転記するなら、ドイツ語ではシュヴァルツアイゼン・ガイスト。

 本来のロシア語ではフィエーヤ・チェールナイ・スターリなんだけど、ヨーロッパの言語ではよくある対象の性別によって語形が変化することで、当時の記者たちはギリギリで調査の手を届かせることができなかった。

 現代の視点から見ればなんてことないタネ明かしとはいえ、まさか年若い少女パイロットだとは思わなかったというわけだ。


 アルバムのページをめくっていると、ふと背後から英語の呼びかけが聞こえた。


「どうも、失礼。私、IPMタイムズのクレア・イートンと申します。誠にぶしつけですが、先程、お話に出されていた〝黒鉄の妖精(アイアン・フェアリー)〟について、少しお聞きしてもよろしいでしょうか」


 いきなりでびっくりしたが、差し出された名刺はこれは、アメリカの有名なクオリティペーパーの……って、さっき言ってた連載記事を書いてた新聞社? いかにも今どきのキャリアウーマンって感じの、かっちりしたスーツを着こなしている。


 私たちの会話は言語がどうしてもごちゃまぜになるから、ちょっと悪目立ちしちゃったとかだろうか。ダーシャお姉さんがあわててこっちに来て、ダーニャになにか変なことを言ってないかと耳打ちする。


「あっえっ、わ、わたしたちはスパイとかではないですっ」


「こいつのばあさんの墓参りでして、僕らはその、ついでというか日本に遊びに来てるだけというか」


「何、ダーニャ取材なんて受けてたの?」


「いやそんなのはねえよ!? えーっと、俺の祖母さんなんですけど、ずっと日本に住んでまして、若い頃はロシ……じゃない、ソ連空軍にいたことがあって」


 四人いっぺんにしゃべってしまって、ダーシャお姉さんが半ば呆れながらダーニャをどかして、クレアさんの前に進み出た。


「この子がうるさくてすみません、ダリア・ゼリョーノワと申します。私とこちらのダニラ、私たちの祖母はかつてソ連から日本へ亡命しておりまして、この度、埋葬地が見つかったとのことで訪れているのです」


「それは、どうも失礼しました。違っていたら大変申し訳ないのですが、先ほど耳にしましたシュヴァルツアイゼン・ガイストという言葉ですが、これがその、ゼリョーノワさん、あなたがたの御祖母君のことで間違いないのでしょうか?」


 ダーニャがこくこくとうなずいて、ダーシャお姉さんは改めて話を続ける。


「ええ、恥ずかしながら愚弟の遊んでいるコンピュータゲームを通じてこちらの方々と知り合いまして、ドイツ軍の古い文書を見る機会をいただきました。なにしろ機密の多い時代でしたので、孫である私たちにも伝わっていることが少なかったのです」


「そうでしたか……。実はその、ドイツ軍関係者への取材を元に記事を書いたのが、私の父なのです。聞き覚えのある言葉でしたのでもしや、と思った次第です」


 なんと、まさかの本人降臨。

 世間は狭いっていうか、むしろ現代だからこそか?


 話を聞いてみると、やはり私たちが予想した通り、当時まだ機密解除されたばかりだった東ドイツや旧ソ連の資料を精査する過程で女性かもしれないというところまでは当たりをつけてはいたそうだが、なかなかこれだという確証を得るには至らなかったそうだ。


 クレアさんのお祖父さんは大戦当時、従軍記者として独ソ戦の前線にいた。

 現代の私たちには想像もつかない世界だが、そこで目にしたいくつかの戦いの中には、戦後になって異常なほどに隠されてしまったものがある、そうお祖父さんは息子に話していた。

 息子、つまりクレアさんの父にあたる人はフリーライターとしてお祖父さんが所属していた新聞社に寄稿し、出版されたのが私たちが目にすることのできるあの連載記事だったというわけだ。


 当時としても相当の労力をかけて取材をしてきたはずだが、それでもやはりわからなかったことは多いという。

 たまたま、私たちだったから情報がつながった。

 報道の現場にいればそういうことはよくあるとクレアさんは言っていた。


 アイリス、目を回しそうになってるけど大丈夫?


「もしよかったらうちの実家に来ます? 古い蔵にしまいっぱなしだったものとか結構あるって言ってたんで」


 お父さんの実家がある秋田県大仙市に墓もあるので、お盆の帰省に合わせて私たちも一緒に行くことになっていたのだ。


「おいルナ、オジキに伝えてた人数は俺達だけだろ」


「その呼び方どこで覚えてきたのよ、でも大丈夫、叔父さんこういう話好きだし」


 実家にはお父さんの弟が住んで管理している。私にとってはパソコンを教えてくれたりゲームを買ってくれた、どっちかというとお兄さんのように親しんでいる。ミリタリー関連の本とかフォーラムを紹介もしてくれたし、レースゲームで遊べば、実際にスポーツカーの横に乗せてくれたりもした。


「ありがとうございます。主筆の許可はきっと取れるでしょうから、そちらへお伺いさせていただきましょう」


 なんだか、ずいぶん賑やかなことになってきた。

 ダーニャもダーシャお姉さんもただの墓参りじゃなくて、自分の先祖が歴史の中で確かな意味を持って生きていたんだと知ることができるんだね、きっと。





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