第四十三話 続く会話
農産物欄の組み直しが終わった翌日、アルドリックが午前に財務棟に来た。
いつもより少し早い時間だった。アイリーンが来期予算書の次の欄——越境商人の輸送費——に取り掛かったばかりの頃だった。
「昨日のところはできているか」
「はい。農産物と織物の欄が実績値で組み直せました。今日は輸送費の欄に入ります」
「輸送費に問題があるか」
「旧方式では輸送費と課税が混在していた記録があります。分離して整理すると、実際の輸送コストが明確になります」
「見せろ」
アイリーンは現在の記録と整理案を並べた。アルドリックが両方を確認した。
「……輸送費がここまで大きいのか」
「これまで課税分と混在していたため、見えていませんでした。分離するとこの数字になります」
「改善できるか」
「輸送ルートの最適化が一つです。現在の主要ルートと比べると、近隣の小径を使えば一部の商人は輸送日数が二日短縮できます。ただし小径の整備状況によります」
アルドリックが少し考えた。
「その調査は財務の担当か」
「財務ではなく道路整備の担当になります。ただし輸送費の削減効果の試算は財務でできます」
「試算をしてくれ」
「はい。一週間で出せます」
アルドリックが「わかった」と言った。帳簿を机に戻したが、立ち上がらなかった。
「……この件はどう思う」
少し間を置いて問いが来た。
「輸送費についてですか」
「輸送費の問題の優先順位だ。他の改革案の項目と比べて」
アイリーンは少し考えた。
「税収の精度改善が最優先です。それが安定してから輸送費の最適化に入るのが順序としては自然です。ただ、輸送費の試算をしておくことで、来期の予算書に数字の根拠が生まれます。並行して進められます」
「並行できるか」
「はい。試算は既存のデータから出せます。現場調査は道路担当に依頼することになりますが、依頼の準備は財務でできます」
アルドリックがもう一度帳簿を見た。
「……この改革案全体の完成はいつを見ているか」
それは今まで出たことのない問いだった。「全体の完成」。具体的な時期への問いだった。
「第一段階が今月中に完了します。第二段階——季節変動の比較基準——は来月中旬。第三段階の制度改定は最短で秋になります」
「秋か」
「取引の繁忙期が終わった後、冬に向けての制度改定が現実的です」
アルドリックが頷いた。「わかった」と言った。今日はそこで「続けてくれ」と言わずに、少しの間帳簿を見続けた。
「……よくここまで進んだ」
珍しい言葉だった。感情的な称賛ではなかった。しかし「事実の確認」として言った言葉だった。
「ありがとうございます」
素直に出た言葉だった。
アルドリックが「続けてくれ」と言って立ち上がった。今日は話が少し長かった。「この件はどう思う」という問いが来た。「全体の完成はいつか」という問いが来た。それに答えた。
扉が閉まった。
(今日は続いた。)
昨日の「今日はもういい」とは、まったく違う時間だった。
輸送費の試算に向かった。来週中に出す。「よくここまで進んだ」という言葉が、静かにそこにあった。感傷ではなかった。しかしその言葉が、今日の仕事を少し軽くしていた。
*
午後、リンデが書類を持ってきた。
「ご報告があります。隣領のエーバーハルト男爵家の財務担当から、問い合わせが届いています」
「問い合わせですか?」
「辺境での税収改革の成果の話が届いているようで、「同様の手法を導入したいため情報提供をお願いしたい」という内容です」
アイリーンは少し手を止めた。
「隣領が」
「はい。ここ一、二ヶ月でシュヴァルツ公爵家の改革案が成果を出しているという話が広まっているようです。公爵様にはすでに報告しています。「アイリーン様に確認させる」とのことでした」
「どういった情報提供を求めていますか」
「記録方式の変更の手順と、試算の根拠書類のようです。一般的な方法論を共有するという形であれば問題ないと、公爵様はおっしゃっています」
アイリーンは少し考えた。
「わかりました。手順書を整理します。三日ほどいただけますか」
「承知しました」
リンデが書類を置いて出ていった。
隣領からの問い合わせ。改革案の方法論が外に伝わっている。辺境での試験的な取り組みが、別の領地の関心を引いた。
(仕事が動いている。)
三十パーセントの改善が数字として出た。その数字が外に伝わった。問い合わせという形で戻ってきた。
「よくここまで進んだ」という今朝の言葉と、この午後の報告が重なった。改革が動いている。外に見えるほど動いている。
手順書を整理する。三日で出す。それが次の仕事だった。
帳簿と並行して、手順書の骨格を紙に書き出した。越境商人への最初の説明から始まり、記録様式の変更、申告期限の前倒し、照合キーの設定——それぞれを順序立てて書いた。
集中すると手が進んだ。「数字が合う瞬間」が好きなように、「手順が整う瞬間」も好きだと気づいた。問いへの答えが形を持つ瞬間。今日もそれがあった。仕事が続いていた。それが今日のここの確かなことだった。




