第三十三話 父からの手紙
本作は全70話で完結予定です。
本日から毎日5話ずつ、7:10/12:10/17:10/20:10/22:10に更新予定です。
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八週間目、父から手紙が届いた。
定期的に来る手紙だった。いつも短い。体は元気か、季節の話、ローウェン家の近況。それだけだった。父は手紙に感情的な言葉を入れない。しかし定期的に来ることで「気にしている」ということは伝わっていた。
今回も最初は同じような内容だった。「体は元気です。こちらは変わりなく静かです。先日の手紙で楽しいと書いてくれたのが安心でした」——父が感情的な言葉に近い何かを書いた。珍しかった。「安心でした」という言葉が、父が心配していたことを示していた。
最後の段落に、少し違う話が出てきた。
「王都でクロウリー家のことが少し話題になっているようです。財務の管理が変わってから、家臣への給与支払いが遅れることがあると聞きました。気になるかもしれないと思って書きました」
アイリーンは、その一文を読んで、もう一度読み直した。
それだけだった。父はそれ以上書かなかった。感情的なコメントも、「どう思うか」という問いもなかった。事実として伝えて、「気になるかもしれない」という一行だけつけた。父の細やかさだった。
手紙を机に置いた。
窓の外を見た。辺境の春は、都より少し遅い。木々の緑がまだ薄かった。
(始まった。)
静かにそう思った。
怒りは来なかった。喜びも来なかった。ただ「予測していた範囲の話が、現実になり始めた」という静かな確認だけがあった。
引継書の第一項目に書いた。「月次の集計を二週間以内に締めること。遅れると翌月の家臣給与の計算に食い込む」という注意書きを。春の確定申告が終わったら夏の予備費を見直すタイミングで月次集計が遅れると、翌月に影響が出る。
それが、起きた。
(警告は書いた。)
引継書に書いたことが理解されなかったか、担当者が実行しなかったか。どちらかだろう。アイリーンには確認する手段がない。確認する必要もない。「私の仕事は引継書を書いて渡すことだった。その仕事は終わっている」という区切りは、もうついていた。
「何か届きましたか」
廊下からリンデの声がした。
「父からです」
リンデが扉の前で少し止まった。「何かありましたか」という聞き方ではなく、「どうぞ、続けてください」という雰囲気で立っていた。
「いいえ。少し考えていました」
「……そうですか」
リンデが静かに立ち去った。余計なことを言わなかった。
アイリーンは手紙をもう一度手に取った。
「安心でした」という父の言葉が目に入った。アイリーンが「楽しい」と書いたことへの父の反応だった。父は心配していた。しかし「楽しい」という言葉が来たから「安心した」と書いた。それだけだった。感傷的な言葉ではない。でもその「安心でした」の一言に、父の気持ちが入っていた。
(父は、ずっと心配していた。)
侯爵家にいた八年間も、たぶん心配していた。しかし口にしなかった。アイリーンが「仕事があれば大丈夫」という人間だと知っているから、余計なことは言わなかった。
今は「楽しい」と書いた。父が「安心した」と書いた。
それだけで、八年間と今の差異が静かに見えた気がした。
手紙を書類入れにしまった。
財務棟の帳簿に向き直した。今日の仕事があった。「ここが私の場所だ」という確認が、今日も静かにあった。
*
午後、越境商人の試験運用の報告書を仕上げた。
一ヶ月の試験期間が終わった。ベルク商会を含む三名の商人が、新しい記録方式で申告した。問題は一件のみ——様式の誤記で、確認後に修正済みだった。新しい記録方式は機能していた。
報告書に数字を並べた。試験期間中に把握できた越境取引の額。旧方式で「その他」に入っていた分と比較した差額。新しい方式では、確認できる取引の量が三十パーセント増えていた。
三十パーセント。これが毎年続いていた「見えていなかった数字」の一部だった。
報告書を閉じた。
「給与遅延が起きている」という話が頭の隅に来た。侯爵家のことだった。しかしアイリーンが今持っている報告書は、辺境の数字だった。辺境の改革が確実に進んでいる。
(こちらが、今の仕事だ。)
侯爵家の財務が崩れていくとしても、それはアイリーンの仕事ではない。引継書に書けることは全部書いた。誠実に仕事を終わらせた。その先は、アイリーンの責任範囲ではない。
今の仕事は辺境にある。
そちらに向き直した。報告書を書類入れに入れた。明日の朝、アルドリックに提出する。
窓の外が夕暮れになっていた。春の夕暮れが、辺境では少しだけ長い。都より日没が遅かった。それが今は少し好きだった。明るい時間に仕事ができる時間が長い。
父の「安心でした」という言葉を、もう一度思い出した。
こちらも安心してほしいと思った。そのために、今日も仕事をした。




