第二十六話 最初の提案
本作は全70話で完結予定です。
本日から毎日5話ずつ、7:10/12:10/17:10/20:10/22:10に更新予定です。
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二週間目に、改革案第一段階の提案書が完成した。
財務の基礎整備と並行して、越境商人への課税方式の設計案を書き上げた。覚書の内容を辺境の実情に合わせて修正した。単純な複合型ではなく、段階的に実装できる形にした。
執務室にアルドリックを訪ねた。
「改革案の第一段階をご提案したいのですが、お時間をいただけますか」
「今か」
「今でも」
「入れ」
執務室に入ると、リンデが隅に控えていた。アイリーンが来ることを知らせてあったのか、座って待っていた。
机の前に立って、提案書を差し出した。アルドリックが受け取って開いた。最初のページを読み始めた。
沈黙があった。
アルドリックはページをめくりながら、窓の外に視線をやった。聞いていないように見えた。しかし手の動きが止まらない。読みながら別の何かを考えている、という動き方だった。
「説明してもいいでしょうか」
「続けろ」
アイリーンは説明を始めた。現状の課題から入った。越境商人の取引記録が十年以上「その他」扱いになっていること。それが課税の抜け漏れに直結していること。課税できていない推計額——ここで数字を一つ出した。
アルドリックが目を上げた。
「その数字の根拠は」
「過去五年分の越境商人の取引記録と、課税された記録を照合した差額です。推計の計算はこちらに」
別紙を出した。アルドリックが受け取った。数字を確認した。
「……この差額が毎年続いていたのか」
「はい。少なくとも確認できた五年間はそうです。それ以前は記録の欠落があって確認できません」
「わかった。続けろ」
第二部に入った。解決策の提案だった。複合型課税方式の概要と、三段階に分けた実装計画。最初の段階は記録方式の変更だけで対応できる。商人への負担は最小限にしながら記録の精度を上げる。
「商人への説明が必要になりますが、先方の理解を得るためにはどういう手順が必要ですか」
「商人に直接話すつもりか」
「帳簿の数字だけでは見えないことがあります。実際に話して確認したい部分があります」
アルドリックが少しの間、アイリーンを見た。「答えられないことは正直に言う」という態度を、この二週間で何度か見ていた。今回も「データが不足している部分は確認が必要」という正直な申告があった。
「商人との接触はリンデを通じて設定できる。必要であれば話す機会を作る」
「お願いします」
第三部は、実装後の期待効果だった。税収の改善見通しと、記録の精度が上がることによる将来の管理効率化。数字を根拠にした試算を添えた。
「この試算は」
「現状の課税率と、改善後の課税率の差分から出した概算です。ここは確認が必要な部分があります——商人との実地確認後に修正します」
アルドリックが「それが正直だな」と短く言った。
(正直だ、とはどういう意味か。)
評価の言葉なのか、ただの確認なのか、判断できなかった。しかし悪い意味ではないと思った。
「提案は以上です」
アルドリックが書類を閉じた。少しの間、机の上を見ていた。
「わかった」
それだけだった。承認なのか、持ち帰りなのか、断りなのか——わからなかった。
「よろしければ、翌日以降にご回答をいただけますか」
「明日の朝、来い」
「はい」
執務室を出た。廊下で少しの間だけ立ち止まった。
(明日の朝、ということは——考えてくれる、ということだ。)
即断でも即却下でもなく、一晩置いてから答える。それは「真剣に検討する」という意味だった。仕事への誠実さが、そういう形で出てくる人物だと思った。
財務棟に戻った。明日の朝を、静かに待つことにした。
*
財務棟の自分の机に戻ってから、今日の提案をもう一度頭の中で確認した。
うまく説明できたと思う。質問への答えも、「わからない部分は正直に言う」という方針で通せた。「この試算は確認が必要な部分があります」という申告に対して「それが正直だな」と言われた。批判ではなかった。むしろ「正直に言うことを求めている」という評価に聞こえた。
(この人は、虚飾を好まない。)
それは、仕事の向き合い方の問題だった。数字は正直でなければならない。不確かなことを確かであるように見せれば、後で問題になる。アイリーンはそれを侯爵家での八年間で学んでいた。侯爵家では「難しいことを難しいと言う機会」がなかった。誰も確認しなかったから。
ここでは違う。確認してくる。だから「不確かな部分は不確か」と言える。
窓の外が暗くなっていた。作業を続けようとして、しかし少し手が止まった。
今日の提案を聞いている間のアルドリックの態度を思った。窓の外を見たり書類をめくったりしながら、しかし質問は的確だった。「聞いていないように見える」が「実は全部聞いている」という動き方だった。
(不思議な人物だ。)
八年間の侯爵家の周囲には、ああいう人物はいなかった。ロランは聞いているふりをして聞いていなかった。反対に、アルドリックは聞いていないふりをして全部聞いていた。どちらが誠実かは、一目でわかった。
明日の朝、返事が来る。
「やれ」か「待て」か「別の方法を」か——どれかが来る。アイリーンはどれでも受け取れると思った。承認なら進める。条件があればそれに合わせる。却下なら理由を聞いて修正する。仕事の話なら、どんな返事でも対応できる。
それが今の自分の場所だった、と静かに思った。




