第二十四話 最初の報告
本作は全70話で完結予定です。
本日から毎日5話ずつ、7:10/12:10/17:10/20:10/22:10に更新予定です。
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提案書が完成したのは六日目の昼だった。
五枚、図も含めると六枚になった。問題の全体像、優先課題三つの説明、それぞれの対策と手順、改善の見通し——必要なことが全部入っていた。最後に「越境商人への課税方式の再設計」という項目を別紙扱いにした。これは長期的な改革案になるため、短期の問題解決とは切り分けて提示した方がいいと判断した。
リンデを通じて、公爵への報告の時間を取ってほしいと伝えた。
「午後三時はいかがか」という返事が来た。
昼食後、報告の準備をした。何を話すかを確認し直した。提案書を声で説明するとき、どこを省いてどこを強調するか。アルドリックの言葉の短さを考えると、こちらも要点だけを話した方がいい。長い説明より、短く正確に伝える。
三時に執務室へ向かった。
アルドリックは机の前に座っていた。アイリーンが提案書を差し出すと、受け取って読み始めた。
沈黙があった。
アイリーンは立ったまま待った。急かさなかった。アルドリックが読んでいる間、窓の外の庭を見ていた。春の木が風に揺れていた。
五分ほどして、アルドリックが顔を上げた。
「三つの課題に分けたのか」
「はい。記録の整備、分類の統一、空白期間の補完です。優先順位をつけて、順番に進めた方が効率的だと判断しました」
「期間は」
「最低三ヶ月です。越境商人の課税方式の再設計は別紙にしました——これは半年以上かかる見込みです」
「それを別にしたのはなぜだ」
アイリーンは少し考えてから答えた。
「課税方式の改革は、財務の整備が終わらないと実施できないからです。先に基礎を直さなければ、改革案を実装しても数字がついてこない」
アルドリックが少しの間、提案書に視線を落とした。また顔を上げた。
「順番が正しい」
それだけだった。
アイリーンは「ありがとうございます」と答えた。
「別紙の越境商人への課税方式——これはあなたが書いた覚書の内容か」
「はい。基本的な考え方は覚書と同じです。辺境の実情を確認してから、修正を加えています」
「どの程度修正した」
「越境商人の取引記録を確認したところ、私が想定していた構造より複雑でした。複合型の課税方式が最も適切だという結論は変わりませんが、段階的に実装する必要があります」
アルドリックが提案書と別紙を交互に見た。
「わかった」
「進めてよいでしょうか」
「進めろ」
短い言葉だった。しかしそれで十分だった。「進めろ」という言葉が出た瞬間、仕事が正式に動き始めたという感触があった。
アイリーンは立ち上がって礼をした。
扉に向かいかけたとき、アルドリックが言った。
「問題が出たら知らせろ」
「はい。一週間ごとに状況を報告します。問題があればその都度」
「それでいい」
執務室を出た。
廊下を歩きながら、「仕事が動いている」という感触を確かめた。提案書を受け取ってもらった。「進めろ」という言葉が来た。一週間ごとの報告という約束ができた。
(これが、正式な仕事の流れだ。)
報告があって、確認があって、次の指示がある。役割が明確だった。侯爵家では、誰かに報告したり確認を取ったりする相手がいなかった。自分一人で全部を判断して、全部を動かしていた。
ここは違う。
報告する相手がいて、確認を取れる相手がいる。孤独ではない仕事だった。それが、少しだけ新鮮だった。
財務棟に戻った。今日の残りの時間で、実施計画の第一歩を書き始めることができる。
窓の光が斜めになっていた。午後が深くなっていた。
*
財務棟に戻って、実施計画を書き始めた。
提案書が承認された。次は具体的な手順だ。まず第一課題——記録の整備。帳簿の年度確認は終わっている。次は費目ごとの補完作業に入る。欠落している記録を、過去データから推計する部分と、確認作業で補える部分に分ける。
作業しながら、リンデが来た。
「報告はうまくいきましたか」
「はい。「進めろ」という言葉をいただきました」
「……そうですか」
リンデが少し表情を動かした。安堵に近い顔だった。
「実は、財務棟が何ヶ月も放置されていたことを申し訳なく思っていました。前任者の件もありましたし」
「リンデ様が謝ることではありません」
「そうは言っても」
リンデが少し困った顔をした。それから「今日の報告書を公爵様が受け取ったということは、改善が始まるということですね」と続けた。
「はい。三ヶ月で基礎を整えます。そこから先は状況を見て」
「……三ヶ月」
リンデが繰り返した。何かを確認するような言い方だった。
「早いと思われましたか」
「いいえ。前任者が一年かけても整理できなかったものを、と思いまして」
アイリーンは少し驚いた。「一年かけても」というのは、前任者への批判ではなかった。「それだけ難しい仕事だったのに、なぜ三ヶ月で」という確認だった。
「侯爵家で八年間、似たような作業をしてきました。手順がわかっています」
「なるほど」
リンデがゆっくり頷いた。「なるほど」という言葉の重みが、最初の日の「様子を見ている」という空気とは少し変わっていた。「理解した」という重みになっていた。
「では引き続き、お力になれることがあれば」
「はい。ありがとうございます」
リンデが扉に向かった。出ていく前に一言言った。
「前任者と、やり方が違いますね」
素直な言葉だった。最初の懐疑が少し和らいでいた。アイリーンはその言葉を受け取った。
「整理の方法が違うだけです。問題は同じでした」
「……そうですか」
リンデが小さく頷いた。「ありがとうございます」と答えた。今日で二度目の「ありがとう」だった。言葉が素直に出るようになっていた。




