第18話 玄鳥去る ─交流会その二─
交流会とは宴会の延長のようなものらしく、演舞や見世物がいくつか終えると、入り口に近い妃嬪らが会話を交わし始めた。食事も運ばれてきて、次第に会話は捗るようになる。交流とはなるほどこうやるものなのか。
妃嬪の対称の位置に座る、おそらく外朝の官吏らも女官によって注がれた茶器を片手に何やら話をしているようだ。
アオは運ばれてきた食事には手をつけず、静かに隣に居る貴妃へ視線をやった。
彼女もまた食事には見向きもせず、アオの対称に座る官吏をじっと見つめていた。たしか貴妃や以下の妃嬪らは上級官吏の嫁候補だった。貴妃の見つめる相手は座る位置からしておそらく外朝の頂点に鎮座する方なのだろう。
もう一度、貴妃へ目を向けると、彼女はその強い眼力でアオを見ていた。
「え……えっと」
アオは怯みながらなんとか言葉を紡ごうとする。
「素敵な耳飾りですわね」
会話を始めたのは向こうの方だった。
「あ、ありがとうございま──」
「ですが、貴女には見合いませんわ」
アオは言葉を切る。
なぜか喧嘩腰で彼女は言う。
「耳環でらっしゃらないのは、やはりそういうことかしら」
「耳環……耳に穴をあける飾りのことですか?」
アオが聞き返すと、貴妃は眉根を寄せてため息をついたような気がした。
「そうね。御覧なさいな、巫さまは貴方と同じように、耳に掛ける飾りをつけていらっしゃいます」
言われた通りミコトの方へ視線を向けると、彼女はアオと同じ形の金に赤い石が光る耳飾りをつけている。
「気づきませんでした。確かにそうですね……」
「だから、《《そうなのか》》と尋ねたのです」
遠い言い回しはアオを混乱させた。返答に困るうちに、それがどういうことかを悟る。
巫の座に腰を据える人物は身体に穴をあけてはいけないのだろう。つまるところ、彼女はアオに「貴女は次の巫になるおつもりですか」と聞いていたのだ。
アオは首を振りかけたが、ふと思いとどまった。これはアオ一人で決断していい行動ではない。
「あ……開けるのが怖くて」
「そう。耳に穴を開けては手入れが面倒でしょうし、宦官一人しか付けていない貴女は世話事を増やしたくないでしょうね」
アオはその指摘にえっ、と驚いて背後に立ち並ぶ妃嬪らの世話係を見やった。貴妃の侍女である六人は立ち替わり何かしらを手に持っていて、先ほどから甲斐甲斐しく貴妃に手を貸していた。しかしそれはアオにとってユイ一人で事足りたので気にしていなかったが、他の妃嬪らにも最低二人がついている。
「……いえ、うちのお付きは優秀で」
「知っています。わずか十で巫さまのお付き見習いに選ばれたのですから。しかし能力しか御覧になられない巫さまも巫さまですわね。立場を利用し、外で身籠った女官の子供など、どう育つかわからないわ」
「それはミコト様の決定ですから、あまり悪く言わないでください」
アオは頭に来ていた。少しばかり強い口調で言い返す。
後宮に来たばかりで右も左も前も後ろすらもわからないアオに、全てを教えてくれた──そしてこれからも教えてくれるのはユイだ。ミコトもユイの能力を認めているのだから、そう貶されて黙ってもいられない。
しかしアオは言い終えてから彼女の目を見据え直すと、失礼なことを言ってしまったと我に返った。慌てて手を振り、弁明をしようとする。けれどそれは不要と言ったのは貴妃だった。
「十五、でしたか? まだまだ子供の貴女にその座は重いでしょう。それに……」
貴妃はアオの肌に目を向けると、袖口で口元を隠して肩を揺らす。
「たかだか斑点で、決められましても」
「……」
「わたくしなら、完璧にやれましてよ」
「それはどういう、ことですか?」
「お譲りください、《《アオさま》》。先日まで空席だった、その場所を」
アオは絶句した。こうも正直に言うのか。
アオを貶めたいのはおそらくこの人だ。アオが来るまで、彼女は巫の座を狙っていたのだろう。おそらくはミコトを暗殺でもして、できた空席に座ろうとでも考えていた。
あるいは。
アオの対象に座し、かつ官吏の一番お偉い方とはおそらく外朝の宰相だ。彼を見つめていたのは何かしら二人に関係があると考えてもおかしくない。独裁を行いたい宰相にとって邪魔なアオを排除しに来た。
全身に鳥肌が立ち、アオは腕をさすった。
目の前の演舞が随分遠くで聞こえる。歓声や音楽は人の声に負けないはずなのに、やけにしんとしているように感じた。
「それは──」
けれどアオは言葉を絞り出した。
「申し訳ありませんが、それはわたしが決めることではないんです」
貴妃は黙ってアオの言葉を聞いている。
「わたしは与えらえた場所で、与えられたことをするだけで」
「では」
「……?」
「御与えいたしましょう」
貴妃は豪華な笑みを浮かべて言った。
何を与えるつもりだろうか。今度こそ毒か、小刀か。アオは離れて控えているはずのユイを振り返ろうとした。
「……」
しかし貴妃は笑みのまま最後に一度目を細めて、演舞へ目を向ける。それから彼女は何もしてこなかった。その後も彼女は他の妃嬪らと一切言葉を交わさず、交流会は終演を迎えた。




