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天使はマリオンを悩ませる 1


【午後八時三十分 クィード学園 一階 渡り廊下】



 再び、マリオンに監視がつけられてから一時間ほどが経過した頃、彼女達はダンスホールから校舎へと続く渡り廊下に出ていた。


「もう、どこへ行ったのかしら。あの方向音痴は」


 ふう、と呆れ顔でマリオンが小言を漏らした。エリクが耳にしたら、「私の婚約者を侮辱するな」と、顔を真っ赤にしたことだろう。しかしながら、マリオンにしてみれば、これは侮辱ではない。純然たる事実だ。


 アンジェリーナが「お手洗いに行ってきます」と言って席を外したきり、戻ってこない。ウィンターからそう言われたのは、今から十分ほど前のことだ。正確には、マリオンにではなく、傍で山ほど盛り付けたご馳走をペロリと平らげたオーウェンにだ。それまで一緒だったエリクが痺れを切らして、アンジェリーナ探しをウィンターに命じたが、当のウィンターはパーティーの進行で持ち場を離れることができない。なので、代わりに探して欲しいと、オーウェンに頼んだのだ。


 アンジェリーナのマナーの悪さに呆れつつも、「女性なのだから、身支度に時間がかかることもあるのでは?」と言うと、「あのアンジェリーナ嬢ですので……」と、困り果てた様子で返された。


 なら、ディルはどこへ行ったのかと辺りを見渡すも、彼の姿が見当たらない。再度、ウィンターを見ると何かを知っているのか、きまりが悪そうに視線を逸らされた。


 きっと仕事をウィンターに押し付けて、恋人と逢引きでもしているのだろうと、マリオンは目を細めた。ディルを苦手とする理由は、こういったところにもあった。


 そもそも、女性の手洗い場に異性は入れない。オーウェンがマリオンの監視についているならちょうどいい。ともにアンジェリーナを探してくれと、そう言ってウィンターはそそくさと二人から離れていった。


 結果的に、お鉢が回ってきたマリオンは、オーウェンとともに憎き略奪者のアンジェリーナを探す羽目になったのだ。


 女性の手洗い場は、ダンスホール周辺にはなく、別棟の校舎側に行かなければならない。なので、マリオン達は方向音痴のアンジェリーナが校舎へと続く渡り廊下を抜けたことを信じて歩いていた。


 生徒、教師を含めて総勢千人を超える人間を収容する校舎なので、方向音痴でなくとも迷ってしまう広さがあるが、半年も身を置けば普通は慣れるものだろうとマリオンは思っている。


(なのに、いまだ覚えないのよね、あの子。いや、覚える気がないんだわ、絶対)


 同じ人間とは思えないほど物覚えの悪いアンジェリーナに、マリオンは散々振り回されてきた。彼女が生徒会に入ってからは、マリオンはマンツーマンで所作やマナーを教えてきたが、やれ言葉遣いが厳しいだの、宿題が多いだのと文句を言ってはエリクに泣きつき、あげく彼からは悪女と罵倒される始末。数少ない同性の役員だったというのに、まったく仲良くはなれなかった。


(まったく。あの子を探すくらいなら、ギルバート君を探したいわ)


 あれから、ギルバートは姿を消した。オーウェンにも尋ねたが、マリオンの監視についてからは一度も姿を見ていないという。


『ここ一週間はさらに薬の使用回数が増えたようなので、体への負担が大きいのかもしれません』


 そう言ったオーウェンも、心なしか身を案じているように見えた。


(校舎にもいないのだとしたら、寄宿舎の方よね。大丈夫かしら……)


 気がすっかりそちらにいってしまい、マリオンは前を見ていなかった。ちょうど渡り廊下を抜けきったところでドン、と硬い何かに顔をぶつけてしまい、鼻を押さえながら視線を上げた。オーウェンの背中だった。


「ごめんなさい、オーウェン君。でも、いきなり立ち止まって、どうしたの?」


 意外と逞しいな、と思いながら尋ねると、彼は「あそこを……」と、手洗い場の方向ではなく、反対側の廊下を指さした。つい一時間前にも歩いた、生徒会室へと続く長い廊下だ。角を曲がると、最奥に生徒会室がある。


 指さす先には何もない。だが、きっと見えたのだろう。マリオンはオーウェンが指し示す方向を歩き始めた。そうして角を曲がる直前、薔薇のような真紅のドレスがマリオンの目に飛び込んだ。


「アンジェリーナ。あなた、ここで何をしているの?」


「あらら? マリオン先輩? どうしてここにいるんですかぁ?」


「それはこちらの台詞よ」


 毎回、どこをどう歩いたらそこに辿り着くのか、という場所で見つかる少女。アンジェリーナだった。顎に指を添えながら、不思議そうにキョロキョロと辺りを見渡している。


 幸いにも、普段より早く見つかったことにマリオンは胸を撫で下ろした。


「私はお手洗いからダンスホールへ戻る途中だったんですけど~……ここ、どこです?」


「あなた、仮にも生徒会役員でしょ」


 呆れ過ぎたのか、釘でも刺されたかのような鋭い痛みが頭に走った。


「殿下がお探しよ。さあ、戻りましょう」


 用件を短く伝えると、アンジェリーナが「あれれ?」と小首を傾げながら、マリオンとオーウェンを交互に見た。そのあざとさのある仕草が、マリオンの癪に障った。


「何かしら?」


 平然を装いつつ尋ねると、アンジェリーナは頬を赤く染めながら、


「マリオン先輩とオーウェン君って意外な組み合わせだな~って思っててぇ。もうそんな仲になられたんですねぇ。おめでとうございますぅ!」


 と、小鳥の囀りのようにはしゃぎ立てた。飾り気のない両手でパチパチと叩く姿が、まるで子どものように無邪気に映った。


(低俗にもほどがあるわ。この子、脳みそにいったい何が詰まっているのかしら)


 まるで花畑のような思考回路に、今度は吐き気まで催しそうになる。


 その時、マリオンはふと、あることに気がついた。



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