消えたクラスメイトと新たな監視 2
語気が強く、憤っていることは明白な返答だった。何かあったのか? そう思うも、マリオンはそれ以上尋ねなかった。それ以上に気になることがあったからだ。
「殿下。襟元が歪んでおります。ホールへ戻られる前に、お直しくださいませ」
と、片側だけ内側に折れているエリクの襟元を指摘した。しまった、と後悔したのは、彼の怒りが自分に向けられた後だった。
「煩い。私に指図をするな」
「申し訳ありません。出過ぎたことをいたしました」
「フン。お前の取り柄は顔だけだな」
マリオンは頭を下げた。ついいつもの癖で、身だしなみを正そうとしてしまった。
とはいえ、この余計な世話が不敬罪に当たることはない。そのままホールへ戻って恥をかかせてしまうくらいなら、相手の機嫌を損ねようが、この場で身だしなみを整えてもらう方がよいのだから。
これまでなら。
「しかしお言葉ですが、殿下。今夜は創立記念のパーティーです。身だしなみくらい、もはや他人の私から言われる前に、ご自身で整えなさいませ」
「なんだと……?」
もう黙ったままのマリオンではない。機嫌を晴らすためのサンドバッグにされるくらいなら、不敬罪だろうが侮辱罪だろうが、はっきり物申してやろうと、まっすぐに相手を見据えた。
すると、日に焼けていない蟀谷に青筋が浮き出るほど、エリクの表情は激昂した。
まさに一触即発。張り詰めた空気が、二人の間に流れていった。
そこへ、第三者が現れた。
「こちらにいらっしゃったのですか、殿下。ホールでアンジェリーナ嬢が探しておられましたよ」
「オーウェンか。いいところに……」
オーウェン。生徒会会計補佐。ラシルド子爵家の三男であり、マリオンの一つ下の後輩だ。エリクに負けず劣らずの長身が近づき、マリオンは首の疲れを感じた。同時に、安堵も覚えた。彼はエリクのお気に入りだからだ。
元々、孤児だったオーウェンは、十三歳の時にラシルド子爵の養子として迎え入れられた。そのため、必要な教養は家庭教師をつけて身につけることになり、このクィード学園への入学も高等部からとなった。
そんなオーウェンが生徒会に入ることについて、マリオンはいい顔をしなかった。彼から特別な強みを見出すことができなかったからだ。良いところといえば、成績がクラスメイトのアンジェリーナよりも少し上というだけで、他には特筆すべきところが何もない。また、王族への忠誠心は高いが、長い前髪が目元を隠しているせいもあり、顔立ちがわからない上、表情が読めないところが不気味だった。
とはいえ、悪い人間ではない。一度指示を出せばその通りに動き、与えられた業務も必ず時間内に終わらせる。ギルバートがあの調子なので、その補佐としてつけられるくらいには有能な後輩だ。エリクがオーウェンを気に入った理由は、そこにあるのだろうとマリオンは推測する。
そしてこの時も、
「オーウェン。お前にマリオンの監視を命じる。私の許可が下りるまで、彼女を見張っていろ。いいな。どこへ行こうとも、目を離すな」
エリクは強くオーウェンに命じた。
(この程度で怒って、子どもみたい……)
マリオンが唖然とする中、オーウェンは拝命したことを所作で伝え、彼女の背後についた。
「まったく。ディル達も使えない……」
その場で吐き捨てるように言うと、マリオンには一瞥もくれずに、エリクはその場を去っていった。
嵐が去ったと、マリオンは長く息を吐くも、後輩に余計な仕事を増やしてしまったことへの後ろめたさから、オーウェンに謝罪した。
「ごめんなさい。オーウェン君。まだ、お仕事が残っているでしょう?」
「殿下のご命令ですから。仕方ありません」
口調は丁寧だが、情感のない声音と隠れた表情のせいで、彼の感情がわからない。まるで人形のようだと思いながらも、マリオンは「ちなみに、食事は?」と尋ねた。
「いえ。これからでした」
そう言ってすぐに、彼の腹から空腹を知らせる音色がマリオンの耳に入った。
「本当にごめんなさい」
再度謝罪の言葉を口にすると、マリオンはオーウェンを連れ立ち、ご馳走が並ぶダンスホールへと戻った。




