消えたクラスメイトと新たな監視 1
【午後七時十五分 クィード学園 一階 生徒会室前の廊下】
この時間、マリオンは一人、生徒会室に向かっていた。今より三十分以上も前にはギルバートとともに、パーティー内のご馳走に舌鼓を打っていたが、途中、彼が手洗い場へ行くと言ってダンスホールを出て行ったきり、帰ってこない。その時の彼の手が不自然に震えていたため、手洗いと称して薬物の接種に行ったのかもしれないと思い、マリオンは認知行動療法について考えながら気長に待っていた。だが、あまりにも遅いので心配になり、彼を探し始めたのだ。
まずはダンスホールを出てすぐの手洗い場を探した。さすがに異性の手洗い場の中を覗くわけにはいかないので、そこは他の生徒に頼んで中を確認してもらうも、姿が見当たらないという。ではどこへ? と、マリオンはしらみつぶしに探し始めた。他の手洗い場、今夜は誰も使用していない教室、職員室など……。しかし一向に見つからない。
(さすがに外には出ていないようだけれど)
寄宿学校のため、学園外へ出るには常に教師の許可が必要だ。仮にこっそりと外へ出ようにも、学園を守るためにつけられた衛兵達が外で見張っているためそれは叶わない。念のため教師にも衛兵にも確認をとったが、誰も出ていないという。
そうなってくると、残すところがだんだんと絞られてきて、足は最後に回していたある場所へと向かっていた。できればもう関わりたくない、自分が容易に出入りすることができなくなった生徒会室。他の生徒は立ち入ることすら叶わないここなら、誰にも邪魔されず、薬物に浸ることができる。部屋の鍵も、今日は本鍵をウィンターが持ち、合鍵を自分が持っていた。しかし、先ほど生徒会から外されたため、食事の最中、その合鍵をギルバートに預けたのだ。
寄宿舎を除けばここしかないと、マリオンは校舎内一階の東側突き当たりにある生徒会室へ一歩、また一歩と歩を進めた。その足が不思議と、鉛のように重く感じられた。
(何だろう。なんだか、嫌な予感がする……)
妙に胸がざわついた。ただ姿が見当たらないだけなのに、だんだんと不安になっていく。
(まさか……まさか、よね?)
マリオンに魔法は使えない。だが、呪いのような体質のせいで、彼女は友達以上の人間が作れなかった。
『ねえ、私達きっと、いいお友達になれると思うのよ』
頭の中で、懐かしい人間の声がした。離れて暮らす母が、まだ幼かった自分の頭を撫でるような、そんな気さえしてしまうほどの優しい声だ。
(いや、違う。そんなわけない。だってギルバートは、ただ席を外しただけなんだもの。彼女とは違うわ)
頭を振り、いつの間にか止まっていた足を再び動かした。壁付の蝋燭の明かりが、廊下を不気味に照らしているように見えた。
扉まであと五歩。四歩。三歩。そこまで歩いたところで、目的の部屋の扉がよく知る舌打ちとともに解錠され、羽根のようにふんわりとした金色の髪の少年が中から現れた。
「で、殿下……?」
「マリオン?」
エリクだった。意外な人物が現れたことで、マリオンはたじろいでしまった。
同時に、この見目麗しい容姿を目にしていまだときめいてしまう自分に腹が立った。もう顔も見たくない相手、どころか脳内では十回以上も刺し殺した相手だというのに。
しばらく呆けていると、部屋を施錠するエリクが疎ましそうに「何の用だ」とマリオンに言った。どうやら機嫌が悪いらしい。眉間に皺が寄っている。
(いや、特別機嫌が悪いわけではないわね。アンジェリーナが入学してから、私に対してはずっとこうだし……)
久しく、マリオンはエリクの笑顔を見たことがなかった。正確には、自分にそれを向けることがなかった。いつも遠目から、他の異性に優しく微笑む婚約者を、指を咥えて眺めるだけ。
今となってはもうどうでもよいことだが、縁が切れた相手にこうも邪険に見下ろされるのは、そう気持ちのいいものではない。特に、エリクはギルバートよりもさらに十センチほど身長が高く、骨太の体格をしている。大柄なディルほどではないにしろ、その威圧感は凄まじく、他の生徒なら何も言えずに立ち去ってしまうだろう。
そう、他の生徒なら。マリオンは「失礼いたしました」と言って頭を下げると、毅然とした態度でエリクに向き直った。
「人を探しておりましたの」
「人?」
「ええ。ギルバート君です」
「ギル……お前が?」
エリクの表情が、訝しげなものに変わる。
(まあ、そういう顔になるわよね。これまで生徒会の業務以外、さして交流はなかったんだもの)
だからといって、ギルバートを探している理由をエリクに話すつもりはない。婚約者のままであれば、誤解のないよう説明する必要があるだろうが、もう縁は切れたのだ。マリオンはもう一度、エリクに尋ねた。
「そちらにギルバート君はいらっしゃいますか?」
生徒会室に目線を移すと、エリクの表情がみるみるうちに険しいものへと変化した。
「……ない」
「殿下?」
「いない! ここには私一人だ。何度も言わせるな」
「そう、ですか」




