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侯爵令嬢マリオンの殺意 4

「で、これからどうします? 他の生徒達と一緒に立食? 夜風に当たる? それとも、エリク様達に対抗して僕と踊ります?」


「どれも遠慮するわ」


 特に最後の提案は、懇願されてもご免被りたいものだ。ダンスは得意だが、踊りたい気分ではない。相手のつま先を、うっかり踏みねじりそうだからだ。


(そもそも、一曲分を踊る体力すらないでしょうに)


 と、細身のマリオンが心配するほど、ギルバートは頼りなかった。身長はマリオンより五センチほど高いとはいえ、同じ齢の異性とは思えないほど、げっそりと痩せこけている。これでは、いくら顔が端正であっても、女性は寄り付かないだろう。


(元から痩せぎすだったけれど、さらに痩せたのね。これってやっぱり、違法薬物のせいよね)


 黙っている方がよいのだろう、と思う一方で、前世の性分が前に出るのか、言わずにはいられなかった。


「ギルバート君。余計なこととは思うけれど、それ以上は体に障るわよ」


「んん~? 何、心配してくれるんですかぁ? でも、大丈夫ですよぉ。ちゃんと売人から聞いている用法通りに使ってますから」


「ええ……浸かってるわね。どっぷりと」


 この国で依存性のある薬物の使用は禁止されているが、その罰は驚くほど軽い。犯罪目的で他者に使用するのならともかく、結局のところ、使用の有無は自己責任で終わってしまうからだ。


 だからギルバートのように薬物を使用していることを知ったところで、わざわざ警吏に突き出すことは誰もしない。得られる金も雀の涙ほどだ。とはいえ、体の方はその恐るべき副作用に確実に蝕まれていく。心配というよりは、忠告のつもりでマリオンは言った。


 それをギルバートは、


「優しいなぁ。マリオン嬢は。こんなだらしない男を心配するなんて。なぁんでエリク様は振っちゃったのかなぁ? 王太子といえど、意外と見る目はないんですねぇ。オツムはいいのに……」


 と、エリクが耳にしたら激昂するであろう発言を、相変わらずの調子で口にする。昨日までの自分であれば、王太子を侮辱するなと間髪入れずに注意したことだろう。


 だが、


「そうなの。あの人、勉強だけはできるのよ」


 と、マリオンは同調し、口元を緩ませた。


「首席ですもんね。一度だけ体調不良で成績がガタ落ちでしたけど」


「数学と語学が酷かっただけで、他教科はほぼ満点だったわ」


「そうでしたっけ。でも、あの一件で日頃から次席のマリオン様が替え玉をしていたんじゃないかって噂が立ったんですよね」


「残念だけれど、そういった不正はいくらエリク殿下の頼みであっても聞けないわ。たとえ、目の前で土下座されたとしてもね」


「そりゃいいですね。私は恐ろしくて、なかなか逆らえませんが……マリオン嬢は今後も、ご自身のお心のままに生きてってください」


 気づけば、すっかりギルバートのペースに流されていた。そもそも、ギルバートに苦手意識を抱いていたのも、婚約者だったエリクが彼を遠ざけていたことが大きい。理由をはっきりと聞いたわけではないが、おそらく日頃の素行だろう。薬物の使用が暗黙の了解とはいえ、醜聞には違いない。次期国王になる者の汚点になり得る存在を遠ざけたい気持ちが先行して、自身も苦手だと感じていたのだ。


「少し、踊ろうかしら」


「おや、気が変わられました?」


「ええ。お相手、願える?」


「いやぁ、止めておきます。勢いあまって足を踏みねじられそうですもん」


「先に誘ったのはあなたでしょうに」


 たった数分の間で、マリオンはギルバートと軽口を叩けるまでになっていた。


 これまで、社交的な付き合いはあれど、マリオンには友達と呼べる存在がいなかった。それはエリクの婚約者だったから、というわけではなく、彼女の呪いともいえる体質のせいだった。


(このまま彼と、友達になれるかしら? いや、駄目ね。それだけは、駄目よ。マリオン。だって、私は……)


 婚約破棄をされ、交友関係にしがらみがなくなったとはいえ、クラスメイト以上に親しくなっては駄目だと自分の中で線引きをする。それが自分、ひいては彼のためだと言い聞かせた。


「じゃあ、踊らないから食事をしましょう。お腹が空いちゃったわ」


「それなら、喜んで」


 ここでようやく、ギルバートはテイルコートを着直し、紳士的な振る舞いでマリオンをエスコートした。それができるなら最初からしなさいよ、と思いながら、マリオンはその顔に柔らかな笑みを浮かべた。


 これが、ギルバートと過ごした最後の夜になるとも知らずに。



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