侯爵令嬢マリオンの殺意 3
魔法とはいっても、体から謎の光線を出したり、怪我や病気を何の触媒もなく治癒したりするようなものではない。少なくとも、彼らの場合はだ。
ディルは百キロ近い大木を軽々と持ち上げるほどの怪力があり、ウィンターは人が気絶するほどの強い電流を触れた相手に流すことができるという。そういった特異体質を、この世界では魔法と呼んでいた。その力を持つ人間が、国内では十人にも満たないため、極めて稀有な存在とされていた。
(でも、この二人が魔法を使っているところなんて見たことがないから、いまいち信じられないのよね……)
そう。マリオンは彼らの魔法を実際に目にしたことがない。彼らの魔法を知っているのは、国王やエリクといった王族のみだ。魔法は上手く扱えば役に立つが、下手に扱えば命にかかわる。学生の彼らには、学園内での使用が禁じられていた。
戦争もかれこれ百年以上ない平和な国だ。貴族のお坊ちゃんとして育てられてきた二人に人は殺せないだろうが、それでも抑止力には充分効果がある。
「そうね。ごめんなさい」
マリオンは、ふうと吐く息とともに謝った。
「けれど、安心なさって。このパーティーが終わるまで、あなたたちの邪魔をしないよう、ここから極力動かないつもりよ。大人しくしているわ」
神妙な面持ちで言うと、ウィンターが当然といった様子で「ご協力に感謝します」と短く返した。
だが、
「でも困ったわ。今からまだ二時間以上もあるのよね。その間、飲まず食わずというのは些か寂しいわ」
空のグラスを見つめながら、マリオンはわざとらしく眉をハの字にさせた。
「我慢しろよ。んなもん」
「ええ、そうね。ディル。我慢するわ。腕利きのシェフに用意させたご馳走に、彼らが舌鼓を打つ姿を見ながらね」
そう言って、至極残念そうに、生徒達が立食する姿を見つめた。
その後もディルが何かを言おうと口を開いたところを、やれやれと首を振ったウィンターが制止した。
「では、代わりの者をつけましょう。そろそろ来るはずです」
「あら、誰かしら?」
「ギル」
ウィンターが名前を呼ぶと、「はぁい」と奥の方から間延びした返事が聞こえた。視線を向けると、酔っぱらいのように揺れる人影が飛び込んだ。嫌な予感がしつつも、次いで姿を現した人間に、マリオンは眉を顰めた。
「おや、マリオン嬢じゃないですかぁ。どうしてこちらに? 今は殿下とダンスをしているはずでしょ?」
「ギルバート君……」
マリオンの婚約が破棄された件を、まるで知らないといった様子で、伯爵家の次男・ギルバート=バードンはヘラヘラと笑った。
(パーティーの挨拶時に姿を見かけないと思っていたら……遅刻したのね)
以前からどうにも苦手だった。今年からマリオンとクラスが同じになり、生徒会でも会計の仕事を任されているギルバートだが、一言でいえばだらしない。普段着ている制服のジャケットもだが、今夜のパーティーで着用を求められる正装のテイルコートを、腕に引っかけた状態で羽織っている。着ているのか着ていないのか、この中途半端さがマリオンの眉間に皺を寄せる要因だ。貴族の人間なのだから、正装くらい正しく着こなせなくて今後どうするのかと、とくと説教をしたい気持ちを彼女は堪えた。
その間に、ウィンターがコソコソと事情を説明し、ギルバートが「あらら」と口元に手を添えた。
「婚約がおじゃんになっちゃったんですね。可哀想に。そのドレスだって、今夜のために仕立てたんでしょ? よくお似合いなのに、本当……可哀想に」
心底憐れんでいるのか、ギルバートが今にも泣きそうな顔でマリオンに言った。
ギルバートの言うように、着ているドレスは今夜のために仕立てたものだ。エリクの瞳の色と同じ、エメラルド色が鮮やかで上品なそれは、髪色が映え、かつ色白のマリオンによく似合っていた。だからこそ、わざとでないそれが、落ち着きつつあったマリオンの心を逆撫でた。
今の今までやり込んでいた相手がやり込められている。それが可笑しかったのか、ディルとウィンターが後方を向いて肩を震わせた。
いたたまれなくなったマリオンは、ギルバートに向かって眉を吊り上げた。
「では、あなたがこの可哀想な私の相手になってくれるのかしら? ギルバート君」
大抵の生徒は、この気迫と美しさに圧倒され、それ以上は何も言えなくなってしまう。さらには嫌味ったらしく「可哀想」を強調し、相手を睨むのだ。臆さない方がどうかしている。このやり取りを見ていた周りは、そう思っただろう。ただ、相手が悪かった。
「ええ、僕でよければエスコートさせていただきますよぉ。マリオン嬢」
ギルバートは躊躇うことなく左腕を差し出したのだ。
睨みも嫌味も効かない彼に、すっかり調子を崩されたマリオンは、何度目かしれないため息を吐きながら、そっと右手を添えてその場を離れた。




