断罪ゲーム 4
これならば、アンジェリーナがダンスホールを出てからオーウェン達と出会うまでの短時間で、事は済むだろう。そう思う一方で、オーウェンには気になる点があった。
「しかし、そんなにスムーズに事が運ぶものでしょうか。この自死が衝動的なものならばともかく、計画的なものとなると、当人の決心が僅かでも鈍るのでは?」
「私もそう思っていた。基本的に生物は、本能的に死を避けたがるものだからな。実際、ギルバートも首に麻縄を巻きつけて椅子に立ったところで、それを躊躇った」
人形や機械ならばともかく、人間には感情がある。たとえ覚悟して臨んだとしても、実際に死を前にして心が揺れ動いてしまうのは、必然ともいえた。
「だが、あの男の決心は、強固なものだったよ」
アンジェリーナはギルバートの死の直前の記憶を掘り起こし、触れている手からオーウェンに聞かせた。
『腹の方からじわじわと込み上げてくるだろう? それが恐怖だ。じっくりと味わえ。この裏切り者』
アンジェリーナはギルバートを見上げながら、悪魔のような台詞を口にした。アンジェリーナからすれば、ギルバートは裏切り者でもなんでもないが、これは愛する人を守れず、権力に屈してしまった自分自身に向けた言葉だった。
ギルバートは恐怖に震え、失禁した。その様子を、アンジェリーナは眉一つ動かすことなく、見つめていた。そして、やんわりとした口調でギルバートに語りかける。
『まあ、今の君が私のことをどう見ているのか、わからないでもない。この地獄のような状況を考え、作り上げたのは間違いなく私なのだから、悪女と思われても仕方ないさ。しかし私は、サディストでもなければ、殺人狂でもない。人の死を嬉々として待ち望む趣味は毛ほどもないんだ。それがたとえ、己の敵だとしてもね。だから、決心がつかないというのなら、いくらでも待ってやるし、心変わりしてまだ生きたいと望むのなら、すぐにでも解放してやる。このまま時間が過ぎて、この状況を他者に見られたとしても、私は何も困らないよ』
アンジェリーナが言い終えると、短く荒い呼吸を繰り返していたギルバートが、それまで強く噛みしめていた猿轡から僅かに歯を浮かせた。この猿轡は、元々彼が舌を噛まないように配慮され当てられたものだが、今はこの叫び出したくなる衝動を抑えてくれるアイテムとして、役に立っていた。
死は恐ろしい。しかし、それよりも恐ろしいのは、愛しい人のいない世界で、この先も自身を偽り続けて生きていくことだった。
『ぁ……ぁい……ぁと……』
ギルバートはそう言うと、次の瞬間には両脚を宙に浮かせていた。
「愛する女性を失い、薬物に溺れてしまうほど精神が底に落ちていた男だが……ただでは死ななかったということだ」
アンジェリーナはそう締め括った。他者の記憶からギルバートの最期を知ったオーウェンは、真剣な面持ちで彼女を見つめた。
「いったいいつから、あなたはギルバート先輩と繋がり、今回の計画を立てたのですか?」
「さて。いつからだろうな?」
アンジェリーナが試すような口ぶりで言うと、オーウェンもそれ以上は追及しなかった。代わりに、
「とはいえ、この結末をエミリアが望んでいたとは思えない。誰にも話さず、何も残さず、静かに自死を選んだんだ。気は強かったが、あれで貞淑な女性だったからな。体は汚されても、心までは汚されたくなかったのだろう。だから今回のことで、彼女の死の動機を世間に晒してしまったことは、恨まれるだろうな」
と、彼女はエミリアについて語った。
「やけに詳しいのですね」
「同じ孤児院で育ったんだ」
かつてエミリアが、マリオンに話した自身の家族とは、アンジェリーナのことだった。経緯は違えど、エミリアが言った通り、アンジェリーナは王族に見初められ、クィード学園への入学を果たしたのだ。
「では、あなたがこの学園へ入学した目的は、ギルバート先輩と同じく復讐を……」
「いいや」
オーウェンの言葉を遮り、アンジェリーナは首を振った。
「私は私怨では動かない。前世の記憶が戻ってしまったからな」
「どういうことです?」
オーウェンが眉を顰めると、アンジェリーナは己の身に起きたことを説明し始めた。
「私がアンジェリーナのまま、この生を歩んでいたなら、エミリアの死を憂いて、復讐に身を投じたかもしれない。だが、私は幼い頃に前世の記憶が蘇り、その頃の自我が元のアンジェリーナを食ってしまったんだ」
オーウェンは、やはりか、と納得した。
「前世の記憶が蘇ったのは、一年前ではなかったのですね。言えば早々に、孤児院から抜け出せていたでしょうに」
「食うものに困らず、暖かいベッドで眠る毎日は素晴らしいが、飼われるのは性に合わないんだ。それに私は、異世界の知識や文化をこの世界に持ち込むべきではないと思っている。学園内では平等に振る舞えという、馬鹿らしいルールのせいで、エミリアはエリクの怒りを買い、狙われた。生態系を壊すようなことはしたくない」




