マリオンの推理 3
「殺すための……装置?」
彼らの視線は、今度は部屋の中央にある、あの倒れた椅子へと向けられた。椅子自体に仕掛けがあるのか? いや、何の変哲もない椅子のはずだ、と。各々は心中で思いながらも、再びマリオンに説明を求めた。
「あの椅子は吊るされたギルバート君の足元近くで倒れていた。一見すると、遺体の足元にこんなものがあれば、自殺の線を疑うわ。でも実際は、遺体が拘束されていて、またあの椅子を踏み台にするには高さが足りず、すぐに自殺でないとわかる。ではなぜ、遺体の近くで椅子が倒れていたのか……アンジェリーナ」
「えっ? はい! な、何ですかぁ?」
突如、名前を呼ばれたアンジェリーナは、丸めていた背筋をしゃんと伸ばすと、ドレスの裾で足元の何かを隠しながら、マリオンを見つめた。
ビクビクしているアンジェリーナが何をしているのか、とっくに気づいているマリオンは、彼女の行動には触れずに話を進めた。
「あなた、この部屋で燃やされていた図鑑を、踏み台の足しにしたのではないかと言っていたわね」
「え、ええ……そうです、けど……えっ、もしかして、当たっていました!?」
「いいえ。当たっていないわ」
マリオンはピシャリと、弾んだ声を一蹴する。しかし肩を落とすアンジェリーナに、彼女はこう続けた。
「でも、あなたのおかげでその謎が解けたの。ヒントはこの濡れた床……」
と、部屋の中央の床を指差すと、ディルが死体に親指を向けながら言った。
「床が濡れているのは、ギルの体から色んなもんが出たからだろ? 現にお前らがそう言っていたんじゃねえか」
「ええ。でも、これに混じったあるものが、この踏み台の足しになったのよ」
「あるもの……?」
各々が考える仕草を見せる。そんな彼らの様子を見てからなのか、数秒後にオーウェンが口を開いた。
「氷、ですか?」
マリオンはおよそ令嬢には似つかわしくない笑みを浮かべた。
「そう。この部屋の隣には、ギルバート君を殺した麻縄だけでなく、冷蔵庫もあった。そこに使われている氷を、踏み台の足しにしたのよ」
隣室にある冷蔵庫は電気を使わないタイプのものだ。二段の箱形で、上の段に大きな氷塊を入れて下の段のものを冷やす仕組みだ。マリオンは、その氷塊を犯行に使用したと言っているのだ。
「あの冷蔵庫、お菓子やデザートをよく食べるアンジェリーナが今も使っているわよね。さっき冷蔵庫の中を確認したけれど、氷はなかったわ」
「じゃあ、暖炉が使われていた理由は、その氷を溶かすため……ですか? まさか、そのために図鑑が燃やされていたとでも?」
「ええ。その通りよ」
「なんと、惨い」
ウィンターが青ざめた顔で頭を振った。ディルやアンジェリーナも、マリオンが語る犯人の非道な行いに絶句してしまっている。
そんな中、彼だけが声高らかに笑った。
「ふっ……ふふっ。あはははっ」
「エリク君?」
「椅子の上に氷を乗せ、その上にギルバートが立っていたと? 首に縄を巻かれた状態で? 馬鹿も休みやすみ言え」
心底可笑しそうに笑っていたかと思えば、次の瞬間には鬼の形相で唾を吐き、エリクは捲し立てた。
「仮にギルバートが、パーティー開始の六時からその氷の上に立っていたとしよう。溶け切れるのか? その氷が。我々が入室するまでに。溶け切れるわけがないだろう。冷蔵庫を冷やすための氷だぞ。いくらこの部屋が暑かったとはいえ、そんな都合よくすべてが水になって消えているなんて不可能だ」
すべてを言い終える頃には、エリクは肩で息をしていた。それに同調するように、ウィンターが続ける。
「それもそう……ですね。オーウェンが割り出した死亡推定時刻が正しいのであれば、ギルが死んだのは、我々が入室してから一時間ほど前。死んでから半日以上経っているのならまだしも、入室した時点で氷の一つも見当たらなかったのであれば、そのトリックは難しい、かと……」
「そのための鎧よ」
「えっ?」
マリオンは目を丸くさせる彼らに、転がる鎧を指差した。
「ギルバート君は兜だけでなく、足元にも鎧を着けていた。この鎧、材質はおそらく鉄、アルミニウムといった金属でしょう。その金属が氷解に乗っていたとしたら?」
その問いかけにはオーウェンが答えた。
「熱伝導で早くなる、ということですか」
マリオンは「ええ」と頷いた。
「このトリックを使えば、ギルバート君が死ぬまでの間、犯人はここに留まる必要がない。つまり、死亡推定時刻よりも前に、この部屋に入った人間が犯人なのよ」
「それって……」
きっぱりと言い切るマリオンから、全員の視線がある者へ向かおうとした。しかし反射的に、それが躊躇われてしまう。
マリオンは様子を窺いつつ、着々と話を進めた。
「さて、このトリックを使うにあたって、それを実行できる人物だけれど、まず前提としてギルバート君よりも体格が大きく、体重も上回る人間でないと不可能だわ。当然、私には不可能。監視もつけられていたしね」
「その監視を買収し、手懐けたという線があるだろう」
「だとしたら、あなたの人選ミスね」
奥歯を噛み締めるエリクに、マリオンはため息混じりに返した。
「私とオーウェン君の仲を疑うのはいいけれど、私達は生徒会室前であなたと別れてから、ずっとダンスホールにいたのよ。あなたの指示でアンジェリーナを探すまではね。近くで立食していた生徒を覚えているから、アリバイは彼らに聞いてみて」
それですら、アリバイ確保のために生徒を買収したと疑われそうなものだが、マリオンは反論の隙を与えなかった。
「そしてディルやウィンター君も、ギルバート君より力も体重もあるけれど、二人とも確固たるアリバイがあるから犯行は不可能。また、死亡推定時刻頃に生徒会室付近をウロウロしていたアンジェリーナは一人だったけれど、私同様に犯行は不可能。時間的にもね」
ほうっと深い息を吐く三人。そして間もなく、彼らの視線が、今度は躊躇うことなくただ一人へと集中した。
「エリク君。あなたは確か、ギルバート君に呼び出されたと言っていたわね」
「だ、だから何だ」
エリクが一歩、後退する。
「実際、この生徒会室からあなたが出てきたのを、私とオーウェン君は見ているわ」
「何が言いたいっ」
「あなたなら可能なのよ。これらの犯行がね」




