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捜査開始 5


(そうだ。この部屋の前で私がギルバート君について尋ねた時も、この人はこんな風に怒っていたんだったわ)


 当時はなぜ、エリクの機嫌が悪かったのかわからなかったが、マリオンはようやく腑に落ちた。エリクの言うように、相手から呼び出されていて待ちぼうけを食らったとあっては、それがたとえ彼でなくとも機嫌を損ねてしまうだろう。


 エリクの額に、じんわりと汗が滲む。


「三十分以上も待ってやったというのに、ギルバートは姿を現さなかった。だから私は部屋を出て、アンジェリーナのもとに戻ったのだ。お前と会ったのはその時だ」


「そうだったの。大変だったわね……」


 ではなぜ、ギルバートは姿を現さなかったのか。どうにも怪しい話だが、マリオンは共感するように相槌を打った。


「それで、その手紙は?」


「もう捨てた」


「捨てた? どこへ?」


「さぁな。この部屋の外のどこかの屑入れだ」


 ますます怪しく感じられるが、マリオンは質問を続ける。


「なら、その時にあなたが使った鍵は本鍵ね。ウィンター君から借りたのね?」


「合鍵がなかったからな」


 ジロリと見られるも、マリオンは素知らぬ顔で質問を続ける。


「本鍵をウィンター君に返したのは何時ごろかしら?」


「ウィンターも忙しかったからな。返したのは、私のもとを離れたアンジェリーナが無事に見つかってからだ」


「ということは、二時間近くもあなたが鍵を持っていたのね」


 含みを持たせたマリオンのこの発言に、すかさず返したのはウィンターだった。


「殿下はお戻りになられてから、ずっとホールの観覧席にいらっしゃいましたよ。それは同じくホールにいた私が証明します」


「ということは……」


「ええ。オーウェンが出した死亡推定時刻が正確であれば、殿下に犯行は不可能です」


 当然だと言わんばかりに、ウィンターはマリオンを冷ややかに見下ろした。ディルと違い、特段、仲が悪いわけではないが、好き好んで次期国王を敵に回す貴族はいない。ウィンターのマリオンに対する態度は、この場合当然ともいえた。


「ギルバート先輩はエリク様に、どんな用があったんでしょうねぇ」


「さてな。気になるところだが、死んでしまった今となっては、知る由もない」


 首をコテンと傾けるアンジェリーナを、エリクは愛おしそうに抱き寄せた。口ではそう言いつつも、生前のギルバートの用件など、もうどうでもよいのだろう。エリクの目には、婚約者アンジェリーナしか映っていないようだ。


(死亡推定時刻があっているなら、当時生徒会室前の廊下にいたアンジェリーナはとても怪しいけれど、こんなに小柄な子が短時間で男性を殺して吊るすなんて大掛かりな作業を行えるとは思えない。エリクはウィンター君の証言が本当なら、犯行が不可能。でも、何らかのトリックを使えばあるいは……)


「エリク様ぁ。私、怖いですぅ。今夜はエリク様のお部屋で一緒に寝てもいいですかぁ?」


「それは……もう、仕方ないな。アンジェは」


 もう勝手にやっていてくれと、ハートが飛び交う二人を放って、マリオンはウィンターに体を向けた。


「次、ウィンター君。あなたはずっと、ダンスホールから離れていないということだけど……」


「それ以上、言いようがない。あなたもよく知っているとおり、私は手が空かなかった」


 ウィンターの言う通り、手が空かなかったのは本当だろうと、マリオンは「ええ、わかっているわ」と頷いた。エリクとアンジェリーナは使えない、オーウェンは自分の監視、ギルバートは不在となれば、彼がパーティー中、事実上の指揮官として、てんてこ舞いだったのは想像に難くない。


 その上、共に動くはずだったもう一人が持ち場を離れたとあっては、食事すらろくに摂れなかっただろうと、マリオンは死体を下ろす作業が終わったらしいそのもう一人に、目を細めながら近づいた。


「な、何だよ。俺だって生徒会の仕事で忙しかっ……」


「あなた、いつから恋人とあの部屋にいたの?」


「なっ」


 あからさまに目線を逸らしたディルに、マリオンはすかさず遮った。事実とはいえ、業務を放り出していたことを口外され、ディルはマリオンに向かってその大きな背を丸めた。


「言うなよっ。殿下が聞いたら……」


「言うわよ。緊急事態だもの。それに今、嘘を吐いていたら、後で警吏が入った時に疑われるわよ」


「うぐっ」


 警吏という単語を出され、ディルの額から大量の汗が滲み出る。警吏が怖いというより、後に知られるであろう父親が怖いのだ。イーバー伯爵は家名を汚されることを何よりも嫌う男だ。その厳格な性格からディルは行き過ぎた教育を施されるも、今になってその反動が現れ、素行不良になっているというなんとも皮肉な話だ。


 ともあれ、これ以上に事を大きくしては後が怖いと、ディルはぼそぼそとエリクの耳に入らないよう、小声で自身のアリバイを語り始めた。


「お、俺が席を外したのは、七時半より少し前だ。それからお前たちが入室するまで、ベアトリーチェと一緒だった。だから……犯人じゃねえよ」


「そうね。彼女が共犯者じゃなければね」


「おいっ」


 そう言ったものの、共犯者がいたところで、最奥の生徒会室へ入室するためには鍵がないと入れない。犯行に及ぶための時間がこの中で最も確保できているディルだが、同時に犯人になり得るには最も遠い存在だった。


「ちなみに、二人で何をしていたの?」


「そ、そこまで聞くのかよっ」


「冗談よ。乳繰り合う以上の何かがあったのか、確かめたかっただけ」


「お前……ほんっと性格悪いな」


「ええ。悪女ですもの」


 憎まれ口を叩くディルに不敵な笑みを浮かべるマリオンは、それから死体の傍にいるオーウェンのもとに向かった。


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