捜査開始 1
婚約破棄をされた上に、殺人の容疑までかけられ、まさに四面楚歌という危機的状況の中、マリオン自身の他にもう一人、異議を唱える者がいた。
「私も、マリオン先輩は犯人ではないと思いますよ。殿下」
全員がその声のする方へ視線を向けた。同時にぎょっとする。いち早く口を開いたのはディルだった。
「オーウェン? お前、そんなところで何をしてるんだ!?」
そう聞きたくなるのは、何もディルだけではなかった。なぜなら、オーウェンは誰もが避けていたある行動を取っていたからだ。彼はディルに平然と答えた。
「検死です」
そう。オーウェンは椅子を使って再び死体の傍に立ち、その身に触れていたのだ。マリオンが啖呵を切っている最中、移動したらしい。服が汚れないようにするためか、テイルコートを脱いで、腕捲くりまでしている。
「まあ、書物で得た素人知識での検死なので、死亡推定時刻も絶対と言い切れませんが、それでもだいぶ絞れたように思います」
そう言って臆することなく死体に触れるオーウェンに、誰もが口をあんぐりと開けて、目を離せないでいる。手袋をしているからといって、それが躊躇わない理由にはならない。
マリオンもまた、その光景に面食らう一方で、微かだが一筋の光が見えた気がした。
オーウェンは死体を見ながら、口だけを動かした。
「マリオン先輩がギルバート先輩と二人きりでいた、という時間はこの中から証明が得られないので、ここはひとまず一人でいたと仮定しましょう。しかしその後、私は殿下の命令でマリオン先輩と一緒にいました。それがおよそ、パーティー開始から一時間後のことです。つまり、彼女が一人でいた時間は今より三時間も前のことになります」
「そ、それがどうした。一人でいたことは間違いないのだろう?」
口元を押さえるエリクに、オーウェンは死体の腕に触れ、揺らしながら言った。
「遺体がまだ、柔らかいのですよ」
「は?」
「この死体、まだ柔らかいです。おそらく死後硬直が始まっていないのでしょう」
「し、しごこうちょく? ……って、何だ?」
聞き慣れない単語にディルが首を傾げると、マリオンが答えた。
「人は死ぬと、体の筋肉が一旦弛緩して、それから一~二時間後くらいにだんだんと硬くなっていくの。石のようにね。それを死後硬直って言うのよ」
オーウェンが頷いた。
「そうです。また、その後に再び弛緩していくのですが、これは死後から一日以上経たないと始まらないそうなので、今この状態においては硬直後の柔らかさとも異なります。また、室内が暖かいこともあるかもしれませんが、体もそこそこ温かいんです。目元の穴から覗ける眼球にも、濁りがないようですし……」
と言って、兜の目元部分にある開口部に、どこから出したのかペン型のライトを当てて中を覗き込んでいる。マリオン達の位置からは見えないが、ギルバートは瞼を開いた状態で亡くなっているらしい。
「ギルバート先輩が亡くなったのは、今からおよそ一時間前。よくいっても、二時間以内といったところじゃないでしょうか?」
「一時間前……というと、八時半頃でしょうか」
ウィンターが胸元のポケットから取り出した、愛用の懐中時計を見て言った。
「であれば、やっぱり私には不可能よ。その時間はオーウェン君と一緒だったし、誰かさんの命令でアンジェリーナを探していたのだから」
そう言って、マリオンは皮肉をたっぷり込めてエリクを見遣る。すると相手は、苦虫を噛み潰したような顔を浮かべ、オーウェンを睨んだ。
「オーウェン。お前の言う死亡推定時刻は、確かなのだろうな?」
しかしそれには、オーウェンは首を横に振った。
「より正確な死亡推定時刻を測定するなら、他にも胃の中の消化具合や死斑の有無を確認した方がいいと思います。しかしどれも、この状態では調べることができません。それに、私は医者ではないので、そうしたところで絶対だという確証もありません。あくまで、素人が専門書を読み漁った限りでの推定だと思ってください」
そう言うなり、ようやく椅子から下りるオーウェンを、マリオンは刮目した。
(これで学年下位? 嘘でしょう? こんなに博識なのに、学園での勉強ができないなんてあり得ない。だってそんなの、毎回テストで手を抜くくらいじゃないと成績なんて……あ)
ここで、マリオンはエミリアとの過去の会話を思い返した。それは、マリオンが生徒会に入り、憧れのエミリアと徐々に打ち解けてきた頃の記憶だった。




