悪女の容疑 4
「ちなみに、本日の本鍵及び合鍵の貸し出し記録はどうなっているのでしょうか」
オーウェンが誰ともなく尋ねると、ウィンターが答えた。
「本鍵は終日、私が所持することになっています。合鍵の方は……」
と、言いかけてマリオンに目を配る。彼女は毅然として答えた。
「私です。今夜のパーティーが始まってから終わるまで終日、私が持っているはずでした。ですが、開始早々、予定外のことがありましたから。先ほどもお伝えしたように、私は鍵を監視役のギルバート君に預けたのです」
そこまで話すと、エリクが厳しい物言いで、
「なぜ、保管庫に片づけなかった」
と尋ねてきた。相変わらずの高圧的な態度に辟易しながらも、マリオンは申し開きを行った。
「ダンスホールから職員室ないしは保管庫まで、最低でも十分以上はかかりますし、往復で二十分の距離をギルバート君に付き合わせてしまうのは気が引けました。だから、彼に合鍵を預けたのです」
つまり、面倒だったと説明すると、エリクがさらに質問した。
「では、それを証明できる者はいるのか?」
「え?」
「ギルバートへ合鍵を預けたことを、他の誰かが知っているのかと聞いている」
「それは……どういう意味でしょう?」
雲行きが怪しくなるのを感じながらも、マリオンは慎重に聞き返した。
すると、エリクがしめたと言わんばかりの邪悪な笑みを、その顔に浮かべた。そして……
「お前が合鍵を持ったまま、ギルバートをこの部屋へと誘い出し、殺したのではないか?」
「なっ」
この一瞬で、マリオンの全身が噴火した火山のように熱くなった。
「えっ? マリオン先輩が犯人!?」
「そんなわけないでしょう!」
「ぴゃっ」
そのままの勢いで、アンジェリーナに怒鳴ってしまう。それを、エリクが厳しく諫めた。
「アンジェに噛みつくなど、みっともないぞ! この悪女が!」
「あ、悪女……? 私が……悪……?」
最後は明白な誹りまで付け足され、マリオンは零すように反芻した。呆然と立ち尽くす彼女に、
「このような悪行を働いたのだぞ。悪女と呼ばずにいられるか」
「お待ちください、殿下! 私は……」
それ以上は聞く耳も持たないとばかりに、エリクはマリオンを冷ややかに見下ろした。
(ああ……この人は本当に、何も信じてくれないんだ……)
エリクが婚約者となってから、愛情など微塵も感じたことはなかった。それでも、いずれこの国を統治し、将来を共にする相手だからこそ、隣に立つにふさわしい相手にならなければと、自身を研鑽し、日々努力を積み重ねていった。
それが突然の婚約破棄に加え、殺人事件の容疑者として扱われる羽目になろうとは、思ってもみなかった。
(あげく、悪女呼ばわり……か)
何を言われても、何を思われても平気なはずだった。それが悪女と呼ばれ、まだ微かでもエリクを慕う気持ちがあったのかと、自分自身に呆れてしまう。
「ですが、殿下」
「なんだ、オーウェン」
項垂れていると、オーウェンが不思議そうな声音でエリクへ質問する。
「マリオン先輩が保管庫から持ち出した合鍵は、この部屋にありました。彼女が犯行に及んだとして、いったいどうやって部屋から出て、この扉を施錠するのですか?」
エリクは考える間もなく答えた。
「この女は元々、私の婚約者という立場にあった。私を通さず、他に合鍵を作ることは可能だ」
「なるほど」
オーウェンはそれ以上、何も言わなかった。味方をしているわけではないのだろう。彼はただ客観的に抱く疑問を、人に尋ねているようだった。
このままでは本当に犯人にされてしまう、と。マリオンは抗議した。
「では、なぜ私がギルバート君を殺さなければならないのです。彼とは生徒会の仲間としての交流はありましたが、それだけです。今夜だって、私に監視をつけたのは殿下でしょう。その役目が途中、ギルバート君になったのも偶然です。最初から恨む理由があるのならまだしも、友人でもない私にいったいどんな理由があると言うのです?」
百歩譲って自身が犯人だとしても、殺すほどの動機がない。動機のない殺人など、ただの異常者だ。ミステリーは好きだが、殺人行為に快楽を求める趣味は、マリオンにはない。
どうだと言わんばかりにエリクに詰め寄ると、今度はディルが口を開いた。
「確か、お前……今日、ギルに対して怒っていたよな? 殿下から婚約破棄されたことを蒸し返された上に、しきりに同情されてよ」
言われて、マリオンは思い出す。ギルバートが何度も「可哀想に」と言って、ディル達が失笑した時のことを。
「それはそうだったけど……でも、すぐに打ち解けたわ。あなたたちと離れた後、彼とともに楽しく食事をしていたもの」
すると、今度はウィンターが疲れ切った顔で発言する。
「そんなの、誰も見ていませんからね。どうとでも言えるでしょう」
「打ち解けたなんて、この場じゃ何の証明にもならねえよ」
まるで援護射撃のように、彼らはマリオンを攻撃した。彼らの方こそ、自分に恨みでもあるのか、そう言いたいほどだ。
「で、でも、だからって……そんなことで、人を殺す、なんて……」
後ろめたいことなどないはずなのに、マリオンは言い淀んだ。
最後はとどめのように、エリクが畳みかけた。
「ギルバート本人に対して恨みはなくとも、お前は私に対して強い恨みを抱いているだろう? 生徒達の前で婚約破棄をした私にな」
「え……?」
図星だった。マリオンは婚約破棄の後、妄想でエリクを殺してしまうほど、酷く憎んだ。とはいえ、だ。それは頭の中だけで終わらせたこと。エリクへの恨みがなぜ、ギルバートを手にかけることに繋がるというのか。
その理由を、エリクは高揚した口ぶりで語った。
「お前がギルバートを殺したのは、このパーティーの主催者である私の顔に、泥を塗ろうとしたからだ」
「…………は?」
腰に手を添え、堂々と言い切る彼の姿に、マリオンは思わず身分を忘れてしまった。何とも間の抜けた声に、自分自身が一番驚いていた。




