悪女の容疑 1
三十人ほどの人間を収容する教室と、さほど変わらない広さの生徒会室。その部屋の中で、人が死んだ。マリオンは胸が締めつけられるような思いで入室する。その他の彼らも、おずおずといった様子で後に続いた。
「これは……その、自ら……でしょうか? それとも……」
「自ら行うにしては、手元が不自由なように見えますね。後ろで縛られていますから」
ウィンターの問いかけに、オーウェンが死体の手元を見て言った。だから胴体の後ろにあるのかと理解したところで、今度はディルが鼻を手の平で覆いつつ言う。
「これって、密室だよな。だって、扉は鍵がないと開かないし、窓は部屋の奥の一つしかない。それですら僅かしか開かないんだから、外からの侵入は不可能だし……いや、そもそも窓の外は崖なんだから、侵入しようがねえけれど。とにかく、隠れようがないこの部屋は、密室だったんだ」
「じゃあ、犯人はこの部屋から消えたってことですか? 馬鹿な。それこそ、ありえない」
「いいえ。まだ、隣の部屋があります」
ディルとウィンターのやり取りにオーウェンが口を挟み、全員が暖炉とは反対の壁側に視線を向けた。そこには一つ扉がある。普段はあまり使われていない、物置と化した小さな放送室だ。この部屋には廊下側から入れる扉がなく、今いる生徒会室としか繋がっていない。
確かめないわけにはいかない。誰かの喉がゴクリと鳴った。
ここで、後輩ばかりを動かしていたエリクが前に出た。放送室のドアノブに手をかけ、「開けるぞ」と小声で言ってから、それを回した。
窓のないそこは常闇で、明かりがなければ、中を視認することができない。電球もなく、生徒会室の明かりだけが頼りとなる。扉がゆっくりと開かれ、一本の線のような光の筋が、徐々に面となっていき、辺りを照らしていった。
「誰も、いない……?」
扉が開き切る前に、誰かが言った。それを、この場にいる全員が心の中で思った。元からあった放送に関する機材に、行事で余った資材、古い冷蔵庫など、それ以外に怪しい何かは見当たらない。何より、人の気配がなかった。三畳ほどの室内だ。隠れられる場所などありはしない。念のため、ディルとオーウェンが中に入るも、やはり自分たち以外の人間の姿はなかった。
二人が出てきて、改めて吊るされた人間に視線が向かう。そして当然の疑問が、アンジェリーナの口から上がった。
「い、いったい、誰なんでしょう……この人……」
「鎧を外さないことには、これが誰なのか……わかりかねますね」
ウィンターが死体から目を逸らしつつ、わかりきっている答えを口にした。
ほぼ全身を鎧に包まれた不可思議な死体。頭部も兜を被っているため、この人間が生徒なのか、教師なのか、はたまた学園には関係のない人間なのかもわからない。
(頭に使われているのは確か、グレートヘルムというタイプの鎧、よね……)
逆さまにしたバケツを頭からすっぽりと被るような形状の兜だ。マリオンは前世の記憶を辿った。実際に目にしたことはなくとも、歴史で習った西洋甲冑にこの鎧と似たタイプのものが使われていた。これはレプリカなので、どこまで本物に近く再現されているのかはわからない。戦場に赴くための用途として使えはしないだろう。
(防御にもならない、身動きもろくに取れないようなものを自分でつける理由がわからないわ。まず間違いなく、犯人が着せたのでしょうね)
ではなぜ、犯人はこの鎧を死体に着せたのだろうか。死体の特定をさせないためなら、すぐに外すことのできる鎧を着せるよりも、もっと他にやりようはあるはずだと、マリオンは考える。
「えっと……これ、その……このまま……?」
アンジェリーナが誰ともなく言った。再び、室内に静寂が訪れる。
死体から鎧を外そう。誰かがそう言ってくれるのを、各々、待ち堪えているようにマリオンには見えた。
(口に出せば、じゃあお前がやれよって言われかねないものね)
大人びているとはいえ、彼らはまだ学生だ。親の庇護下にある。それに、現場を荒らしてしまっては、これから呼ぶ警吏の捜査を攪乱させかねない。この死体に心当たりがなければ、マリオンも口を挟むことはしなかっただろう。
そう、心当たりがなければ。
「ギルバート君……」
「何?」
「ギルバート君がまだ、ここに来ていないわね」
「まさか……」
あまりの異様な状況に、生徒会の面々はすっかり失念していたのだろう。この部屋に集まるはずの人間は、もう一人いたのだ。その上、
「私はギルバート君に、そちらの合鍵を預けたの」
そう言って、ある方向に指をさした。部屋に入ってすぐ右側に暖炉がある。その傍に、ウォード錠型の鍵が落ちていた。遠目からでもわかる。それは間違いなく、マリオンがギルバートに渡したこの部屋の合鍵だった。




