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死神の呪い 3


「ご存じのように、私は生徒会から外されましたから、もう鍵は必要ないのです」


 マリオンは令嬢として言葉を選びながら、エリクに鍵の行方を伝えようとした。


「なので、私が持っていた合鍵は……」


「殿下。お待たせいたしました」


 だが、肝心なところで別の人間が、背後からマリオンの言葉を遮った。ウィンターだった。


 本鍵を持つ人間が現れたのなら、もう自分がこの場に留まる理由はない。やや遅れてやってきたディルも到着し、エリク達は解錠された生徒会室へ入ろうと前進する。マリオンは挨拶だけ行ってから寄宿舎へ戻ろうとした。


 その時だった。


「うわああああっ」


 ドアノブに手をかけ、重厚な扉を押し開いたウィンターが、腰を抜かしながら叫んだ。そのはずみで、ドアノブが手から離れ、再びバタンと扉が閉じてしまう。まるで化け物でも目にしたかのような、そんな悲鳴混じりの声に、周りの人間が注目した。


「どうした、ウィンター?」


「あっ、ああっ、な、中っ……中にっ……」


「中に……何かあるのか?」


 明らかに尋常でない様子のウィンターに、エリクは閉ざされた扉を凝視した。


 いったい何を見た? と、誰もが思ったことだろう。しかし、誰も扉を開けようとしない。ウィンターの次に扉に近いエリクが背後を振り返り、たまたま視線のあったディルに中を確認するよう目配せをする。だが、ディルは首が千切れんばかりに頭を振ってそれを断った。舌打ちをして視線を動かすと、今度は困惑するアンジェリーナと目が合った。さすがに、愛する婚約者に頼むのは気が引けたのか、すぐに視線をオーウェンへと移した。


 そしてこんな時でも、オーウェンは取り乱さない。状況を静かに把握し、自分の役目を知ったようだ。


「かしこまりました」


 傍で見ていたマリオンは感心しつつも、不穏な空気を醸し出すくだんの扉を見つめた。


(まさか……まさか、よね……?)


 胸の前で拳を作る右手首を、左手で押さえるように握りしめる。まだ何も目にしていないのに、違う、違うと、否定の言葉を心の中で唱えた。


 やがてウィンターより前に進んだオーウェンによって、ドアノブが回された。躊躇うことなく開かれた扉から廊下へむあっとした熱気が流れ込んだ。夏も終わり、冷え込む季節になったとはいえ、暖炉を使用するにはまだ早い。しかし、室内はまるでサウナのように蒸し暑かった。その上、酷く臭う。誰かが「うっ」と声を漏らした。


 直後に、その場にいた全員の口から、大小様々な悲鳴が上がった。


 開かれた扉の先で、騎士が宙を浮いていたのだ。


「あ……あ、あぁ……」


 酷く驚くと、人は思考が停止するらしい。口は大きく開いているのに、まるで金縛りにでもあったかのように、言葉が出てこない。


 人が宙を浮くことなど、できはしない。魔法ならそれは可能だが、目の前のこれは魔法ではない。残念なことに。


「……っ」


 誰もが視線を上げ、立ち尽くしているこの状況で、いち早く動けたのは部外者となったマリオンだった。


「早くっ、下ろしてあげましょうっ」


 誰もがこの発言にはっとした。そう。騎士は自力で浮いているのではない。天井からロープで吊るされているのだ。しかも、ロープは首の後ろから伸びて天井の梁を通り、床に設置された重厚な金庫の脚に固定されていた。


 そう。マリオン達が目にしているのは、頭から鎧を纏った誰かの首吊り現場だった。その人間の、足元近くに背凭れつきの椅子が倒れていて、一見自ら行為に及んだように見える。また、つま先からポタポタと、体液らしきものが伝い落ちている。悪臭の原因はこれだった。


(この鎧、生徒会室にあった観賞用のものだわ……)


 普段は部屋の隅に置いてある、百年以上前の戦争で使用されたという鎧のレプリカ。学園が創立された頃より観賞用として設置されたものなので、実際の防具よりは簡素な造りだが、なぜ、この首を吊った人物はそれを纏っているのか。


 それになぜ、時期的にも使用する必要のない暖炉から、激しく炎が燃え上がっているのか。


 わけがわからない。わからないながらも、やるべきことはただ一つ。この状態から解放することだと、マリオンは自身を奮い立たせた。


「で、で、でも、どうやって、こ、この人を下ろせば、いいんですかっ? そ、それにっ、こんな状態ではもうっ……」


 つっかえながら言ったのは、震える足で立ち上がったウィンターだ。人の死など葬式以外で目にしたことのない人間に、この現場は刺激が過ぎた。まだ生死が定かでないとはいえ、もはやこの状況は絶望でしかない。すぐさま適切に行動したとしても、この人間の命が助かる保証はない。


 しかしそれが何だと、マリオンは声を荒げた。


「いいから、下肢を持ち上げてっ。首の縄を緩めて気道を確保するのよっ。ディル! あなたなら、できるでしょっ」


 続けてディルに動くよう、鎧の人間を指し示すと、彼は、


「で、できねえよ! そんなこと!」


 と、大声で断言した。呆気にとられたマリオンは、ポカンと口を開き、やや遅れて「何で……」と小さく漏らした。


 意識のない人間を担ぐなど、成人した男性でも重労働だ。ましてや、観賞用とはいえ鎧を纏った人間など、学生一人が担えるものではない。しかしディルは別だ。彼は魔法が使える。百キロの大木を持ち上げることですら、造作もないことのはず。その彼が、はっきりと「できない」と言ったのだ。


(ああ、こんな形で知ることになるなんて……)


 だが、今はそれを追及すべき時ではない。動ける者が動くしかないのだ。


 マリオンがディルから視線を外すと、エリクと目が合った。綺麗なエメラルドの双眸が、マリオンをはっきりと捉えたが、それはすぐさま彼女から逃げていく。


(ああ、もうっ。どいつも、こいつもっ)


 ならば自分でやるしかないと、マリオンは両手で重いスカートを持ち上げた。その時だった。


「マリオン先輩はそちらでお待ちを」


 そう言ったオーウェンは、普段よりもやや速い歩調で鎧の下まで近づくと、体の後ろにある相手の手元に触れた。何かを確かめているのか、ややあってからオーウェンは首を横に振った。


「もう、死んでいます」


「そんな……」


 脈を測ったのだろう。扉側からは見えなかったが、どうやらこの死体は手元には鎧をつけていないらしい。


 それ以上は何も言えなかった。


(また、人が死んでしまった……)




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