死神の呪い 2
エミリア=コルト。当時一年生だったマリオンの一つ上の先輩で、エリクの一つ前の生徒会長だった。元は孤児だったが、愛らしい容姿の上に聡明だった彼女を気に入ったコルト伯爵に、十三歳の時、養女として迎え入れられた。学園でも常に首席で、元が孤児だと知っていても憧れる人間は少なくなかった。エミリア自身も、貴族だらけの学園では珍しく、己の出自に引け目を感じていない豪胆とした性格で、そんな彼女だったからこそマリオンも憧れを抱いていた。
そのエミリアが、一年前に亡くなった。自殺だった。理由はわからない。誰かへの相談も遺書もなく、予兆なくして亡くなった彼女の話は、学園の内外にかかわらずタブーとされた。
それからというもの、生徒会室への人の出入りが厳しくなった。遺体は校舎の外にあったが、生徒会室の窓から飛び降りたとされているからだ。当該の部屋が一階だというのに自死が可能なのは、すぐ外が断崖だからだ。そのため、今後生徒が飛び降りることはないよう、問題の窓は腕一本分しか開けられないよう細工され、また部屋の本鍵はもちろん、合鍵も職員室の保管庫で厳重に管理されるようになった。持ち出しにはわざわざ使用の予定時刻やその事由まで記録する必要があり、忘れ物を取りに行くだけでも手間がかかる。
しかし多少手間でも、それで人の命が守られるのなら安いもので、反対するのは現時点で事情を知らないアンジェリーナのみ。普段は効率化重視のマリオンも、そのやり方を受け入れていた。
(いまだに、自殺の理由がわからないことが、私の体質のせいだという裏付けになっているのよね)
悩みのない人間などいない。言わないだけで、心の内は何を抱えているかわからない。だからといって、自殺しても仕方ないとは思わないが、エミリアの死が自分と関わったことで起きてしまったというなら、悔やんでも悔やみきれない。完全な主観だが、自殺するような人ではなかった。それほど、マリオンにとって彼女は素晴らしかった。
オーウェンが納得したのか、「なるほど」と自身の顎に手を添えた。
「それで、親しい人間を作らないのですね」
「きっと呪いなのよ。前世ではミスオタ……ミステリー好きだったし」
マリオンの前世、山田響子は無類のミステリーオタクだった。小説、漫画、アニメ、ドラマ、映画など、ミステリーとして括られるものなら何でも目を通していた。フィクションとはいえ、連続ドラマを観る際は毎回、人の死を願っていた。そんな人間だったから、今世では自分の周りで人が死んでしまうのだろうか。こじつけとわかっていても、因果関係を探さずにはいられなかった。
それより、何気なく前世と口にしてしまったが、オーウェンはどう思っただろうと、マリオンはやや遅れて口元に手を添えた。対して、彼は何やら合点がいったらしく、
「最近、図書館でミステリー小説ばかり読んでいるなと思っていましたが、前世の影響でしたか」
と言って頷いた。後輩の恐るべき観察力に、これで何度驚いただろうか。いや、それ以上に驚いたことが、
「信じてくれるの? 私が、前世の記憶を持っているってこと……」
自身が聖女であることを、すんなりと聞き入れてくれたことだった。将来を共にするはずだった婚約者は、信じてくれなかったというのに、なぜ隣にいる後輩は信じてくれたのだろうと、マリオンは鼓動が少しだけ早くなるのを感じた。
その直後のことだった。
「煩いぞ。オーウェン」
廊下の角を曲がったところで、その先にいた人物が二人を睨むように見据えていた。エリクだった。放った言葉も、不機嫌をそのまま声に乗せていたようで、不穏な空気が流れ込んだ。
すぐさま、オーウェンは「申し訳ございません。殿下」と頭を下げた。フン、とエリクは顔を逸らすと、閉ざされた扉の前で、踵を地につけたままつま先を上下に鳴らし始めた。
そのすぐ隣で、異なる声域の人間が、ふわふわとした口調とともにマリオンへと声をかけてきた。
「あれれ~? またまたマリオン先輩じゃないですかぁ。もう生徒会のメンバーじゃないのに、どうしてこちらにいらっしゃるんです?」
「アンジェリーナ……」
別に、来たくて来たわけではない。そう言いたいのをぐっと堪えて、マリオンは用件だけを伝えることにした。
「殿下。オーウェン君に言いつけた私の監視ですが、いったいいつまで有効なのでしょうか。アンジェリーナの言うように、もう生徒会役員ではありませんので、このまま寄宿舎へ戻ってもよろしいですか?」
そう言うと、エリクは忘れていたのか、「そういえばそうだったな」と呟くと、手のひらを上に向けてマリオンの前に差し出した。
「何です?」
「とぼけるな。持っているだろう? この部屋の合鍵を。それを置いたら帰っていい」
(ああ、そういうこと)
言葉の端々に苛立ちが乗る理由がわかり、マリオンは首を振った。
「いえ、私は持っておりません」
「なんだと? 記録では終日、お前が合鍵を使う予定だったろう」
目の前の人間は、自分が起こした行動で周りの予定が変わることを知らないのか。今度は胸倉を掴んでそう言ってやりたいのを堪えた。




