10 魔導士、歓待される
「う…………ああもう」
目覚めてすぐに、私は自分達が面倒事に巻き込まれたことを悟った。
何しろ目に移ったのは石畳の地面。
うつぶせにされていたのではなく、どうやら腕と体を椅子に縛り付けられているようだ。
痛む首を起こして周囲をうかがうと、埃の積もった室内に壁の隙間から陽の光が漏れている。
レキ達の姿は――無い。
強烈な眠気に襲われた時点で唇を嚙んででも覚醒すべきだったと反省しつつ、縄を解くため魔法を使おうとしたその時だ。
「ハァイ、ごきげんよう」
視線を向けると、少し離れた暗がりの中に女が1人。
私が縛り付けられた椅子と同じものにまたがって、素っ気ない表情を浮かべている。
歳は30前後。
ライトブラウンのショートヘアにそばかすの目立つ顔に、上下ともカーキ色で染まったつなぎ服のような衣装を着込んでいる。
言わずとも、この女が私を縛り上げた犯人のひとりだろう。
「私がごきげんそうに見える? 早くこれを外して」
「そんなに刺々しくしないで。ちょ〜っとだけ、お話させて欲しいのよね」
「私の仲間はどうしたの」
「さあ? 全員ばらばらに連れて来たからわからないわ」
会話終了。
さっさとこいつを丸焼きにしてここを出る。
「《ライトニング――》」
私が魔法を放とうとした刹那。
「落ち着きなさいって。ドント・マジカル」
女がベルトから抜いたそれを見て、私は思わず目を剥く。
筒のような形状に模られた鉄の本体に木製の持ち手。
銃だ。
引き金を引くだけで鉛玉を高速で射出し、人体程度ならたやすく穴を開けられる射撃武器の一種。
魔法の才に秀でたものが少ない西側諸国の主力武装であり、反対に東側では製造や所持が禁止されている。
「急いては事を何とかって言うじゃない。お互い曝け出し合って交流を深めましょうよ」
「……チッ」
銃の精度は近距離でもあまり高くはないらしいが、下手に深手を負っても後に障る。
私が術式を解くと女のほうも銃口を下ろしたものの、引き金から手を離すことはしなかった。
「そうそう素直が平和の一歩よ。あ、自己紹介がまだだったわ。あたしはハリス、傭兵よ。あんたは?」
「……ローザ、冒険者よ」
本来なら適当に答えるのが正解なのだろうが、何となくこの女――ハリスに嘘は通じない予感がした。
敵に人間が含まれないだけで冒険者も傭兵も似たようなものだが、わざわざそう名乗っているあたり、魔物より人を相手にする機会のほうが多いのだろう。
銃を所持していることからもまともな身分で無いのは明らか。
何より目つきを含めた雰囲気が、幾度も死線をくぐり抜けた人間のそれに近いものがあった。
「いい名前ね。それでどうしてヴェイロスへ? 観光ならガイドになってあげてもいいけど」
「砂漠はただの通り道よ。東に抜けたいだけで用なんか1つもないわ」
「そう言われても官憲が敵に回ってるようには見えないし。一体何をやらかしたのよ?」
「それが全く心当たりが無いのよ。だから問い詰めに行く途中」
「――フフ、あんた面白いわね。気に入ったわ」
気に入られたところで、私のはらわたは煮えくり返るばかり。
こっちはお前になんか何の興味もない。
「そろそろ我慢の限界が近いわ。どうしたら解放してもらえるの」
「さっきからそればかりね。そんなにお友達が心配?」
「パーティーを組んだ責任があるのよ。あと私に友達はいない」
「あ、ちょっとカワイイとこ発見」
「血管が切れるカウントダウンが始まったわ」
「ごめんなさい怒らないで。お詫びに良いこと教えてあげる」
そう言って椅子から立ち上がったハリスは一言。
「実はそのロープ――チョウチョ結びなの」
(は? ……!?)
言われて、手のところに垂れ下がった縄に気付く。
つかんで引っ張ると縄がするりと落ちて、すぐに両腕の自由が戻った。
「ウフフ、びっくりした? そう、初めから拘束なんてしてないわ。あたしの母国では新顔に悪質なドッキリを仕掛けて友好を深める風習があるのよ。だから怖い顔で魔法を撃とうするのを止めてハリーアップ」
「――っ! ――っ!」
噴き上がる殺意を必死に堪えながら、私は体に巻き付けられた縄を解く。
こっちは真剣だというのに、この茶番は何なんだ一体。
「おばあちゃんによろしく言われたからね。『身内には手を出すな』があたし達のルール。なら友達になっちゃえば誰も手を出せないわ。あ、これあんたの杖ね」
「誰が友達よ。じゃああなたも先住民なの? ずいぶん垢ぬけて見えるけど」
「根を張ったのは最近だけどね。ほら、ついてきて」
それだけ言ってさっさと廃屋の出口へと向かうハリス。
溜め息を吐きながらも大人しく後を追ってドアを抜ける。
すると。
「ここは……町?」
視界の先に現れたのは、もううんざりするほど見慣れた砂の上に居並ぶ建物群。
そしてその間を悠々と闊歩する住人達。
建物の材質は石造からレンガまで様々。
ほとんどが1階建てだが、その外観はお世辞にも本職が造ったとは思えない歪な構造をしている。
増築を繰り返しているのか隣接した建物同士が大布で接合していたり、壁がくり抜かれて放置されていたりと、気の向くままといった様相を隠してもいない。
市場用のテントも設営されており、子どもが遊んでいる姿も散見される。
町だ。
死の世界と思われた砂漠に、文明的な人の営みが広がっている。
だが違和感があった。
それは町を歩いている住人の面構え。
なんというか、その全員の目が座っているのだ。
子どもは除くとしても、ほとんどがハリスと同種の……言ってしまえばある種の線引きを越えた人間の表情をしている。
いや、それ以前に。
銃を持っていた時点で、その可能性もあったではないか。
「もしかして、あなた」
確信を口にしようとしたその前に、ハリスがおどけた表情で振り返る。
「歓迎するわ、ようこそ“楽園”へ」
聞いたことがある。
魔王軍の進撃を受けて滅び去った西側諸国。
全てを奪われ、助けを求めた手を振り払われ、それでも生き残った人々の作った町が、世界のどこかに存在すると。
「ここは見捨てられたもの達の集う場所。あんた達みたいなアウトローは大歓迎」
「…………」
「だって、一緒に世界をぶっ壊してくれる同志になるかもしれないじゃない。憤怒と憎悪こそ、あたし達の原動力だものね」
誰にも理解されぬ思いを抱えて生きるもの。
散っていったもの達の無念を引き継ぐもの。
「さて、あんたの仲間を探しに行きましょうか。理念や思想、ここでは全部が生命への指標よ。ライフイズビューティフル。ウフフ」
誰もが否応なく受け入れている世界の秩序にあだ為すもの。
間違いない。
こいつらは、テロリストだ。




