09 魔導士、ゲテモノを振舞う
原住民達の乗ってきたラクダから食糧を接収した私達は、老婆――名前はグディトというらしい、彼女の案内で砂漠を東へ向かった。
ちなみにダンが投げ飛ばした原住民は、無傷とまではいかないものの全員生存。自力で集落に帰ってもらうことになった。
やがて私達は、砂漠の彼方に椰子の生えたオアシスを見つけた。
「ひゃ〜! 水だ〜!」
ダンが勢いよく駆け出してオアシスの泉に飛び込む。
こういう時、男は周囲を気にしなくて済むから羨ましい。
「ようやく一息つけるわね」
薄暮の訪れと共にうだるような暑さは去り、冷涼な空気が満ち始める。
夜になれば真冬並の気候になるのが砂漠だ。
焚き火を作って魔法で火を灯すと、それぞれ夜営のための準備に入る。
「なんじゃあ、召喚魔法に興味があるのか。触媒はやれんが術式だけでも伝授してやろうか?」
「いいの? ありがとう、おばあちゃん!」
すっかり打ち解けているレキをよそに、私は夕食の準備を始める。
原住民から頂戴した荷物の中に興味を惹かれる食材があったため、今回は自分で料理当番を買って出たのだ。
下ごしらえをしつつ火の加減を見ていると、寝床を用意していたはずのエリーゼが恐る恐るといった様子で覗き込んでくる。
「……それ、アタクシ達が食べても大丈夫なんですの?」
「ええ。市場じゃ滅多に出回らない絶品よ」
焚き火の近くで炙っているのは、人数分に切り分けて串に刺した砂漠に棲息するオオトカゲ類の肉だ。
トカゲは暑さでも痛みにくく皮まで食べられるのが特徴のため、豪快に切って火を通すのが美味しくいただくコツだった。
「良かったら1つどう?」
どうやらエリーゼは初めて口にするらしい。
火が通ったのを確認してから、せっかくなので個人的に一番美味しいと思われるモモの部分をプレゼントする。
「まあ……食わず嫌いはいけませんわね。では……はむっ。オエッ!? くッせ! 噛むたびにカメやイモリが放つ悪臭が口の中に広がってきますわ!」
「におい抜きしないほうが味落ちしないのよ。どれ……もぐもぐ。うん、相変わらず臭旨いわ。これでワインがあったら最高なのに」
「そんなウマ味初めて聞きましたわよ!? ひいい! 臭いですわぁ!」
始めはにおいが気になってしまうものだが、食べていればそのうち引き締まった風味の虜になるだろう。
続いてパンの代わりとなる主食を用意する。
といってもこちらは調理の必要は無い。
麻でできた袋の中でうごめく生きたそれらをウッドボールに取り出してさっと水洗いすると、皿にたっぷり盛り付ける。
「はい、口直しにどうぞ」
「今度はなんですの……ゲェッ! ウジ虫じゃありませんの!」
惜しい。
爪先ほどの大きさで乳白色のボディを持つそれらはミニワームといって、ウジに似ているが立派な成虫。
死肉があればどこからともなく湧くのは一緒だが、こちらはプルプルした食感とミルクのような甘みを含んだ体液が癖になるれっきとした食物である。
「美容にも良いらしいし、栄養価も高くて鮮度も長持ちするから保存食としても優秀よ」
「生きてるんだから新鮮に決まってますわ! ひいい、近付けないでください!」
「そんなに毛嫌いしなくても。ほら……んー、フルーティだわ」
「手づかみで……! イカれてますわ!」
危険が無いことをアピールするためワームの生食を実践するものの、どうにもエリーゼの反応がいまいちだ。
だが考えてみれば、食べ慣れないものを口に含むのは抵抗があるもの。
少し考えた後、私はワームをカップに移してすり潰し、ペースト上にした。
それらを焚き火の上に設置した鍋で煮詰め、程なくして特製ワーム粥が完成する。
実際には粥ではないが、これなら蟲の原型は留めていないからすんなり口に入ると思う。
「おや、いい匂いがしますね」
その時、テントの設営を終えたレスティが通りかかる。
「これは、おかゆですか。砂漠で米が作れるとは、なかなか興味があります」
「せっかくだし味見してみる?」
「ではお言葉に甘えて、もぐもぐ……」
「ひ、ひぃぃっ……!」
私が鍋からよそったお粥をレスティは躊躇なく口にした。
「おお、甘みがあって美味しいですね。故郷を思い出します」
「あら、似たような郷土料理があるの?」
すると彼女は昔を懐かしむ眼差しと共に口を開く。
「はい。主食ではなくお米とミルクを使ったスイーツです。おやつや食後のデザートにぴったりですよ」
「へえ、白米のスイーツなんて初めて聞いたわ」
「西側の料理ですから。今ではレシピを伝えられる人間もわずかでしょうね」
「……あなた西の出身なの」
「正確には生まれが東、育ちが西、ですね」
そして今は東にいる。
10年前の魔王軍侵攻により、わずか2年足らずで中央高地を境界とした大陸の西側半分は魔族の支配下に置かれた。
当然、西側諸国は崩壊。
住人の多くは東への逃亡を余儀なくされ、逃げ遅れたものは殺害されるか魔族の奴隷となった。
つまり彼女も――魔王の侵略から逃れてきた1人ということだ。
「ダンのこと、よく冷静でいわれたわね」
「魔族は魔王あってこその一枚岩ですから。倒さなければならないのは奴だけです。もっとも、こんな風に割り切れるようになったのも最近です。こちらに来た直後は何に怒りをぶつけていいのかもわかりませんでした」
空しさと哀しさの入り混じった声音。
全ての元凶は魔王軍。
何もかも、悪いのは魔物。
だが……住む場所を奪われ助けを求めた西側の住人に待っていたのは、東側諸国……いや、人間による本当の仕打ちだった。
「じゃあ、勇者の話って」
「はい。魔族を追い払い、皆の生活を取り戻すためです。……誰でもない、わたしの手でやらなければ。今もこちらで苦しんでいる人々のためにも――おや?」
ふとレスティが私の隣に置いてあったワーム袋に目を移し、顔をしかめる。
「大変です! 食糧にウジが湧いていますよ!」
「え? ああそれ、ウジじゃなくてワームよ」
「同じですよ! 食糧が腐っていないか早急に点検しなければ!」
「大丈夫よ。だってそれが食材だもの。現にあなただって美味しそうに食べてくれたじゃない」
「は……? 食べ……?」
私がワーム粥の存在を明かすと。
「ブフォェッッッ!!!???」
虹色の液体を吐き出して、レスティはその場で悶絶した。
少ししてから意識を取り戻したものの、彼女は私の作った料理を頑なに拒否。それ以降、事前に用意した携行食以外口にしてくれることはなかった。
「一体どうして……」
「お労しやですわ」
「レスティさん一生懸命口をゆすいでるけど、どうしたの?」
「お~、旨そ~! ローザは料理も得意なんだな!」
「ほう。外の人間にしてはうまく捌いたものじゃ」
それからレキ達も合流して、皆で焚火を囲む形になる。
「ローザ聞いて! ボク召喚魔法が使えるようになったんだよ!」
「え、もう?」
「うん、見て」
それからレキが地面に手をかざして魔力を集中させると、グディトより規模は劣るものの蒼白い光を湛えた魔法陣が砂の上に展開された。
「この短時間で凄いわね」
「えへへ」
幻想魔法は術式の構成も違っているし、それ以前に私は使えない。
どうやって教えようか考えあぐねていたのだが、まさかこんなわずかな時間で習得してしまうとは予想外だった。
「こやつは呑み込みが早いでなぁ。もっとも触媒が無けりゃ何も喚べぬし、初歩の魔法陣じゃから召喚する精霊や魔物のサイズも限られるがのう」
召喚に用いる触媒は、人間に興味のある精霊が召喚士を通じて魔法雑貨屋や市場に流すことが稀にあるらしい。一方的に使役される彼らも召喚されることで召喚士の魔力を吸収して成長できるため、互助関係であるとか。
魔法だけ使えても召喚できなければ面白くないだろうし、機会があれば購入してあげてもいいかもしれない。
「そういえばレキも記憶喪失なんだろ!? 我たち仲間だな!」
「う、うん!」
「よおし、どっちが先に昔を思い出すか競争だぁっ! そしてこの肉旨いな! 昼間のデカいトカゲも食ってみたかったな〜!」
もしかしたらダンの眷属かもしれないのだが、それは言わないでおこう。
それからは、焚き火のにおいが立ち込める中、私達は酒が入ったわけでもないのに宴席のような雰囲気になった。
「レキちゃんはトカゲ肉オッケーなんですのね……」
「始めは臭くて苦手だったけど、冒険者パーティーでローザに何回も食べさせられたから慣れちゃった」
「何事も気にしないのが長生きのコツじゃからなぁ」
「あなたが言うと説得力しかないわ」
「気にしないでいられますか。おもむろにミミズを食わせてくれた恨みは未来永劫忘れませんよ」
「うめえな~! もっと焼いてくれ~!」
こんな時間はいつ以来だったか。
それから深夜を迎え、私達は誰からともなく寝静まっていった。
そう。
1人の見張りも置くことなく、力尽きるように。
◇◆◇◆
「グッドイブニング、おばあちゃん。珍しく楽しそうだったわね」
「火のにおいに混じって不自然な香が漂っておると思ったが、お前らか。なんじゃ、会議でもやっとったのか」
「緊急事案ってヤツよぉ。最近おかみの動きもきな臭くなってきたし、アホ共を束ねるのも大変なのよね。で、そこに転がってる美男美女軍団はなぁに?」
「お前らと同じ外界の屑共じゃ。生かしてやる義理はないが借りは返さんとな。というわけで、こ奴らを町まで連れてってやってくれんか」
「ふーん? 構わないけど、命の保証はないことをお忘れなく」
「お前らと正面からぶつかるほうが命を縮めるわ。今だってワシがいなけりゃどうなっておったか。まったく、そろいもそろってワシらの砂漠を荒らしおってからに」
「アハハ、悪いわねぇ。全部で5人か。じゃあ仲良く等分しないとね」
あたしはこの赤い髪の子にしようかな。
ようこそ我らが“楽園”へ。




