08 魔導士たちは、オアシスへ向かう
「それで、どうする?」
4人で集まった私達は、ひとまず今後の相談を始める。
どうするとは、もちろんダンの処遇だ。
当事者のダンは離れたところで燃えカスとなった老婆を介抱している。
「ダンさんがダンクレオスって魔族なのは間違いないの?」
「絶対とは言えませんが、魔界上位種のカオスドラゴンがしっぽを巻いて逃げましたからね。他人の空似でああなるとは思えません」
「魔物が出現しなかったのも、彼を畏れて隠れてしまっているとしたら納得ですわ。原住民もあっという間に片付けたようですし、やべー奴に違いないですわよ」
人を1人空へ投げ飛ばした程度ならまだ偶然で見過ごすこともできた。
だが「ローザという人間を探している」というのも、魔族側の追手であるのなら全て合点がいく。
残念ながらあらゆる状況が、ダンが人ならざる敵であることを示していた。
「だけど魔族が砂漠でほいほい死にかけるってどうなのかしら」
「おまけに記憶まで失っていますからね。謎だらけです」
「うーん……」
「まあ今考えても詮無きことですわ。で、やっちまいますの?」
「……またストレートな物言いね」
「だって恐ろしいではありませんか。最強と噂の魔族かもしれませんのよ。その気になればアタクシ達なんて瞬殺ですわ」
エリーゼの気持ちもわかる。
連中の侵攻により今や大陸の半分は奴らの領土なのだ。
魔族は人間の天敵。
人なら恐れて当たり前。
「ですが今なら不意をつけます。アナタ達2人が全力で攻撃すれば案外いけるのではなくて?」
倒せるうちに問答無用で倒してしまえというのも、至極まともな反応だ。
だがエリーゼの問いに、私もレスティもすぐには首を振れなかった。
確かにこれは、厄介な追手を討ち取る千載一遇のチャンス。
もしもダンが覚醒して、その時が来た時、後悔しても遅いのだから。
しかし……。
「あの、ボクは……反対、かな」
レキが遠慮がちに口を開く。
「その、ダンさん記憶が無いんだよね。わけもわからないまま攻撃するのは、やっぱり違うと思う」
「相手が何万人も犠牲者を生んでいる怪物だとしてもですの?」
「……わからない。もしボクが殺された人の家族だったらきっと同じようには言えないかもしれない。でも、もしボクがそうだったとしたら、みんなはボクを攻撃するの?」
その言葉に私ははっとする。
「いやいや、さすがにレキちゃんは違いますわよ!」
「でも、正しいことをしてるはずの教会が命を狙ってるんだよ?」
レキも同じように記憶がなく、レキを狙って様々な奴らが動いている。
だがそれは、連中から見れば“正しい行い”なのかもしれない。
レキが生きていたら、世界にとってよくないことが起こる。
だからこそゼプターもレキを殺そうとしてきたのではないか。
眉尻を下げ迷い子のような顔をするレキに、私は。
「私も今は止めたほうがいいと思うわ」
1度ダンに顔を移してから、そうはっきりと口にする。
「まず、これが罠だって可能性も少なからずある。演技は有り得ないとしても、状況がはっきりするまでうかつに踏み込むのは控えるべきだわ」
「ふむ」
「それに本物だとしたら魔王より強いんでしょう? はっきり言って倒す自信が無い。下手に刺激を与えて記憶が戻ってしまったらヤブヘビよ。……あなたはどう?」
隣のレスティに訊くと、彼女もこくりと頷いて同調する。
「わたしも彼と戦うのは反対です。先程レキとエリーゼを助けてくれたのを見ていると、彼が心根からの悪人とは思えません。剣の力を十分に発揮できるかといえば困難でしょうし、個人的にも戦いたくありません」
「ローザ、レスティさん……!」
「不確定要素が散見される以上、ここは刺激を与えないよう様子を見るのが賢明かと思います。どうですか、リーダー」
「あ……う、うん! ボクもそれがいいと思う!」
一転、顔を綻ばせるレキ。
つまるところは保留だが、今はそれが最善だろう。
願わくばこのままダンの記憶が一生戻らないことに期待しておくとする。
「ウフフ。やっぱり見込んだ通りの方達ですわね。アタクシもそれが1番だと思っておりましたのよ」
「調子いいわね。まぁいざとなったら――」
「お〜い、ちょっといいか〜?」
その時、横から声が聞こえる。
振り向くとそこには泣きべそをかいたダンが立っていた。
「な、なに。どうかした?」
「うわ〜ん、助けてくれ〜。色々やってみたけど、我じゃババアを助けられそうにないんだ〜」
その腕には、断末魔の表情を浮かべたまま丸焦げになった老婆が抱きかかえられていた。
「諦めなさい。もうただの炭よ」
Oランクモンスターのブレスが直撃したのだ。
誰が見ても手遅れだろう。
「でも心臓は動いてるぞ」
「いや、そんなわけ……」
「待って、確かにまだ息がありますわ」
指摘されて目を凝らすと、わずかにだが胸が上下している。
この状態でまだ息があるなど驚嘆に値する生命力だった。
「どうします。今なら回復できますが」
「……お願いできる? この生命力には感服したわ」
意識を取り戻したらまた厄介なことになるかもしれなかったが……丸焼けにされた過去を持つ身としては、ほんの少しだけ老婆に親近感が湧いた。
それからすぐにエリーゼが回復魔法を使うと、ものの数刻で老婆の体は元に戻る。
以前、生きてさえいれば完治できると言っていたが、まさに一流の治療士だ。
(何なのかしらね、こいつも)
その実力なら詐欺など働かなくても出世できるだろうに。
どうして彼女が教会のシスターに甘んじているのか。
他人のプライベートを詮索する気はないが、謎は深まるばかりだ。
「……何。アタクシがどうかしまして?」
「いや、良い腕だと思っただけよ」
「当たり前ですわ。腐ってもプロですのよ」
自覚はあるのか。だがそれを堂々と言ってしまうあたり彼女らしいとは思う。
ともあれ、意識を取り戻した老婆に私は意識を移す。
「う~む……ハッ、ここはどこじゃ! さっきまで死んだジイさんが隣におったんじゃが」
「お~、良かったなババア! ありがとなエリ!」
「礼には及びません。神当ですわ」
それから回復してもらったことを察した老婆は、素直に敗北を認めた。
「うぐぐ……まさかドラゴンに情緒不安定という弱点があったとは。どうやらお前らのお陰で一命を取り留めたようじゃの」
「ええ。だから一生恩に着てちょうだい」
「本当に口が減らんのう。で、要求はなんじゃ」
「さっき言った通り食糧と、追加で寝床に使えそうなオアシスまで案内して。あるはずよね」
こんな砂漠でも人間が生きていけるのは水を供給するオアシスがあるからだ。
そろそろ夜営する場所を確保しなければ、こう一面砂だらけでは方向感覚もおかしくなってダンの二の舞になってしまう。
「それならワシの集落が南へ行ったところにあるぞえ」
「今しがたまで戦ってた連中の懐で眠る気になれると思う?」
「道理じゃのう。……お前ら本気で砂漠を越えるつもりか。安全な道を使わんとはワケ有りじゃな」
老婆は少し考える仕草をしてから。
「食糧は離れたところにワシらの乗ってきたラクダに積んである。半日ほど歩いたところにオアシスがあるからそこまで案内してやろう」
「構わないけど、族長の座は諦めていいのかしら」
「……こうなってはどうしようもあるまい。日が暮れる前に行くぞ」
そう言ってさっさと歩き出す。
少し拍子が抜けた気分だが、私達は素直に彼女の背中を追う。
「オアシスってなんだ~? 楽しみだな~」
半ば当然のようにダンもついてくる。
新たな同行者を加えた砂漠の旅が、1日目の終わりを迎えようとしていた。




