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07 魔導士たちは、察してしまう

 日差しと砂の容赦ない暑さに思考を灼かれながら、私は考えを巡らせていた。


 砂漠に特化した原住民と精霊。

 正直、ここまで苦戦を強いられる相手とは思わなかった。


 もう《スピードシフト》を使うしかないだろう。


 もちろん優先すべきはレキ達の救出だ。

 《パワーシフト》でババアを屠り去る手も無くはないが、この俊敏なババアを捉えられる確証がない。

 ババアも積極的には踏み込んできていない。もしかわされて勝負が長引いたらレキ達まで救出できなくなる。


(こんな序盤で使うことになるなんて、失態だわ)


 ひとまず反省は後回しだと覚悟を決めて【アルスノヴァ】に魔力を込めようとしたその時。


「お〜い。レキ、エリ! 待たせたな、受け取ってくれ〜!」


 緊張感の無い声が聞こえた後、ロープの端が2人の近くに投げられる。

 現れたのはダンだ。

 原住民達に襲われていたはずだが、振り切ったのだろうか。


「ありがとうダンさん……!」

「2人ともつかまったな? よおし、いっくぞ〜!」

「えっ――ひえええっ!?」


 軽く腕を引いただけに見えたが、そのまま砂に埋もれていた2人を一本釣りでもするかのように天高く引き上げる。

 とんでもない馬鹿力だった。


「なんじゃとォっ!? 戦士どもは何をやっとるんじゃァ!?」

「襲ってきた奴らか~? あいつらなら邪魔だから空の彼方にブッ飛ばしてやったぜ!」


 そう言って親指を立てつつ、レキ達を無事に流砂の範囲外へ打ち上げる。

 いくら何でもあっさりし過ぎている気がしたが、ともあれダンのお陰で2人の安全は確保された。


「ぬぬぬ……! かくなる上は早々にお前をぶち殺し、あの3人も葬ってくれる!」

「残念だけど、形成はこちらへ傾いたわ」

「何を調子こいてスカしておるか! 熱砂へ沈め小娘! ワシャーッ!」


 あくまでもやる気か、奇声をあげて飛びかかってくる。

 だが正面からの攻撃なら後れをとることはない。


 それに……いい加減そろそろだ。


 私の読みが的中したように精霊の周囲で異変が起こる。

 流砂の合間から――正確には精霊の真下付近から、目も眩むような光が溢れ始めたのだ。

 そして“道”が開放される。



『《ロードオブ……ブレイブウィル》!!』



 それは砂の海に落ちていったはずの、彼女の声。

 ()()()()()()()()()()()()()レスティの、力の叫び。

 やがて轟音と共に砂の世界に穴が開く。

 地の底から噴き上がった光の大刃が流砂を吹き飛ばし、さらには精霊の巨体までも天高く撃ち出す。


『ボ……オオオーー!?』


 見るのは今回で2度目だが、魔法でも無いのにこの威力。さらには砂の中からだというのに。

 心配はしていなかったが、やはり彼女は侮れない。


「連携なら、さっき私達もしたわ」


 老婆と戦っている最中、レスティのほうからこちらに目配せをしてきたのだ。


 “精霊は任せろ”と。


 それから鎧をそれらしくパージして自分から潜っていったというわけだ。


「あ……ありえん! まさかあの小娘、ワシらと同じく“砂泳”を会得していたというのか!」


 私も驚いた。

正義の剣(アレクサンドリア)】による身体強化で見た目以上に力があるとはいえ、砂の奥底まで潜ってさらには必殺技まで繰り出したのだから凄まじいフィジカルだ。

 だがレスティの実力は戦った私がよく知るところだし、何よりできると踏んだのだから、彼女はやる。

 降り注ぐ砂の雨と共に天高く飛ばされたデザートエレメントがようやく砂上に叩きつけられ、昏倒するのを確認。

 それからすぐ、老婆を挟んで反対側の砂地から白の肌着を纏ったレスティが姿を現し、剣を手に息を吐いた。


「ふう……初めてサウナに入った時のことを思い出しました」

「お疲れさま。きれいに決まったわね」

「いえ、対処が遅れたせいで2人を危険に晒しました。まだまだ未熟です。……彼が助けてくれたのですか、感謝せねばいけませんね」


 額に汗を浮かせながら申し訳なさそうにレキ達を見やるものの、完璧な動きができなかったのは私も同じ。

 ひとまずさっさと終わりにして涼みたい。


「それで、まだやるの? さっきも言ったけどこっちは食糧が欲しいだけ。大人しく差し出せば大目に見てあげるわ」


 こちらは命を狙われたこと以外、今のところ損害らしい損害は無い。

 遺恨は作りたくないので慈悲を与えようとしたのだが。


「やかましいわ! こうなっては仕方がない。ワシも奥の手を使うとしよう!」


 そう言って再び砂に潜行した老婆だが、再び姿を現したのは自身が脱ぎ捨てたローブの間近。

 そのまま服を纏うと、仕込み刀を収めた杖の先に魔力を集中させる。


(まだ何かあるの……っ!?)


 精霊が消え、召喚の魔法陣が展開されるが、その規模が前回と比較にならないほど広い。

 それから老婆がどす黒い鉱石のような物質を中心に投げ入れると、陣が闇色の深淵に変化。

 さらに奥からは、肌を粟立たせる瘴気が砂漠の熱気を蝕むように噴き出してくる。


「《召喚(サモン)混沌竜(カオスドラゴン)》!」


 老婆の叫びに呼応し、巨岩のように太い黒色の2本角が地の底から隆起する。


「っ……!?」


 その名前には聞き覚えがあった。

 人の領域に現れる魔物としてはSランクよりさらに上。

 測定不能の“O(オーバー)ランク”に位置する魔界に棲息する竜の一種。


 それを裏付けるように魔法陣から、先ほどの精霊など比較にならない巨体を揺らして、漆黒の竜が地上に顕現する。


「ほ、本物のドラゴンなの!?」

「ヤバイですわヤバイですわ!」


 暑さで吹き出たものとは違う、嫌な汗が背中をつたう。

 まるで要塞が具現化したかのような威容。天を覆い隠す両翼。

 生きるもの全てへ無差別にぶち撒けられた殺意は紛うこと無く本物だ。


「フゥーヒャヒャヒャ! これがワシの切り札、魔界上位種の一角カオスドラゴンじゃ! 精霊と違って融通は利かんが、ひとたび姿を見せれば敵を殲滅するまで周囲を地獄に豹変させる破壊の権化よ!」

『ホウ、珍シイ。人間ガ俺ヲ呼ブトハナ』


 岩のような牙の生え揃った顎から、地を割るような重低の声音を吐き出す竜。

 竜種には知性があると聞いていたが、実際に言葉を話したところを見るのは初めてだった。


「さあ竜よ、この身の程知らず共を灼き尽くしてやれ!」

『人間風情ガ俺ニ指図スルナ。貴様ガ召喚士デナケレバ喰イ殺シテイルトコロダ。マアイイ、久方ブリノ地上ダ。存分ニ暴レサセテモラウ』


 ドラゴンの紅い眼光がこちらを見下ろす。

 思わず喉を鳴ってしまうが……上等だ。


「ちょうど私だけ見せ場が足りなかったところよ。手頃な相手が見つかって良かったわ」


 魔杖を構え、私は混沌竜を睨み返す。

 巨体に怯むな、気後れるな。

 必ず乗り越えてみせる。


「行くわよ、みんな」

「ええ!」

「う、うん……!」

「はぁ……逃げてーですわ……」

「うお〜、これがドラゴンか〜。これまた大きいな〜」


 覚悟を決め、私達は混沌竜に対峙する。


『フン、ソウデナクテハ潰シ甲斐ガナイ。シカシ、タッタノ()人カ。何トモ張リ合イノナイ…………ン?』


 ふと、竜の目がダンに留まる。


『ギョギョギョ!!!??? ソイツハ!!??』


 その瞬間、頓狂な声が竜の口から吐き出される。


『バ……ダ、ダダダダダンクレオッ……!? 戦ウ相手ッテ、マサカ!?』


 今しがたの超然とした振る舞いはどこへやら。

 彼の姿を見て、明らかに動揺している。


「? おう、その男もブチ殺してやれい。お前なら楽勝じゃろう」

『馬鹿言エ! 勝テルワケネーダロウガアアアア!!』


 老婆はたかをくくるものの、今にも転倒しそうな勢いで目を剥いた竜は自分が出てきた魔法陣に潜り始めた。


『ヒィィィッ逃ゲロ逃ゲロ!! 死ヌ! 玩具ニサレテ殺サレル!!』

「お、おい!? 何をふざけておる!」


 両手を使い奥底へ掘り進む姿からは、もはや威厳も何もあったものではない。

 間違いなく逃げまどっている。


「なんか我を見て逃げ出してね? 傷つくな~」


 …………まさか、こいつ。


「それでも魔界に名立たる混沌竜の一族か! さっさと戦わんか!」

『ヤカマシイ! コンナ化ケ物ガ相手トハ聞イテナイ! 俺ハ雑魚ヲ狩ッテ優越感ニ浸リタイダケデ、戦イ自体ハドウデモイイノダ!』

「はぁ!? 混沌竜が何をぬかすか、恥を知れ恥を!」

『エエイ、サッサト魔法陣ヲ閉ジロ! ドラゴンブレス!』

「!? ホゲェーーーーッ」


 そのまま老婆は竜の吐息を喰らって火だるまになってしまった。

 呆気に取られる私達をよそに竜の姿は消え、陣が閉じて砂漠に静寂が戻る。


「よくわからないけど勝ったの、これ?」

「ええ。だけど、新たな問題が出てきたわ」

「ですね。ドラゴンの慌てようからすると……」


 私達の視線がダンに集中する。


「お~い、バアちゃん大丈夫か? うわ、熱ッチ! 大変だ、すぐに助けてやるからな! 昨日の敵は今日の友って言うしな! あれ、いつ会ったんだっけ」


 丸焦げになった老婆を無邪気に構っている姿を見て、ふと思う。

 

 ダンは……やはりその、“最強魔族”とやらなんじゃないか、と。


 

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