05 魔導士たちは、召喚士と戦う
「《ライトニングスピア》」
杖を構えた族長に向け、先手必勝とばかりに私は魔法を撃ち出した。
避けることも適わず小柄な体目掛けて稲妻の槍が直撃すると、拡散した雷が砂煙を巻き上げる。
「おばあさんでも容赦ないね……」
「臨戦態勢とったら敵よ、敵」
会敵したら相手が子どもだろうが病人だろうが関係ない。
後はどちらかが倒れるまで決着あるのみ。
「フェフェッ。若いもんは血気盛んじゃのう」
だが案の定、砂塵の奥から直方体の形を為した虹色の光が現れる。
「《エレメンタルガード》。魔法抵抗に特化した防御魔法ですわ」
私が魔法を放つまで見越して術式を構築、高速で障壁を展開する腕前。
どうやらこのババア、性根は曲がっていても加減ができる相手ではないらしい。
「今度はこちらの番じゃ。《召喚・砂漠精霊》」
障壁の効力が切れる前に、老婆を中心として、私達の足元まで届く規模の魔法陣が砂一面に描かれる。
次に、懐から取り出した袋から琥珀色の鉱物を陣の中央に埋め込む老婆。
直後、黄砂が水面のように波打ったかと思えば、地割れのような震動が足元から響き渡る。
『召喚魔法』――精霊や魔族から“触媒”として体の一部を受け取り、魔法陣を通して対象を喚び出し使役する幻想魔法の一種。
召喚中は魔力を消費する代わりに『敵を倒せ』『自分達の身を守れ』といった単純な命令を下すことができ、使役者の魔力が切れるか召喚を解除することで元の世界へ還すことができる。
召喚士を名乗っていた通り、老婆が披露したのはデザート・エレメントとやらを召喚する魔法だった。
「な、なにこの音……!」
「下です!」
やがて砂の下から巨大な腕が生えたかと思うと、私達の身長を遥かに超えるゴーレムのような姿の精霊が這い出してきた。
太い四肢をもち、全身が砂を固めたような淡黃色。
頭部と思われる部分には瞳の代わりに宝石が2つ嵌め込まれ、先ほど老婆が手にしていた鉱物と同じ色の輝きを放っている。
生物よりも魔素に近い性質を持つ存在――精霊。
目の前のそいつは、老婆の手によって喚び出されたデザート・エレメントの1体に相違なかった。
「これが精霊か。デカいな〜」
恐れた様子もなく間延びした声をあげるダン。
反対に私は内心で舌を打つ。
「さあ、とっとと若造どもを蹴散らすんじゃ!」
『ボォォォォ……!』
族長の命令を受諾した精霊が、管楽器のような鳴き声と共に拳を振り上げる。
上級精霊以外の精霊は基本的に知性も高くないため、魔物と遜色ないとされているから攻撃も単調。
それでも岩の巨体から繰り出される攻撃は、まともに喰らったら人体など一撃で吹き飛んでしまうだろう。1つの隙でも命取りであることに変わりはない。
それに――
「精霊は属性攻撃も乗せてきますわ。本体の攻撃はガードできないと思ってくださいましね」
「わかってる!」
ウルカヌスとかいう上級精霊が繰り出した拳が『聖炎』の追加効果を持っていたように、精霊の攻撃は基本魔法効果とセットになっている。
物理と魔法の双方に対処しなければならないため、魔法障壁では一時凌ぎにはなっても完全に防ぐまでは至らない。
最上位クラスの障壁を展開できれば話も違ってくるが、仮にエリーゼが使えても術式の構築に時間がかかるし、近接戦で有用かは別だ。
ここは私とレスティでなんとかするしかない。
『ボォォッ!』
精霊の拳が叩きつけられると砂が流動し、津波となってこちらへと押し寄せる。
衝撃の余波ではないだろう、おそらく土属性魔法の『サンドウェーブ』に近い効果が同時に発動している。
「はあっ!」
前衛のレスティが襲い来る砂の波に、上段に構えた【剣】を振り下ろす。
魔法を断つ効果により力を失った砂が中央から両断されると、開けた視界の先、碧空の下に佇む精霊へ向け、今度は後衛の私が魔法を放った。
「《ベルベットスパーク》!」
高圧縮した雷の光球がデザートエレメントの肩口に炸裂、岩と砂でできた体を粉砕する。
だが元々痛覚が無いのか、微動だにしない精霊。
そればかりか弾け飛んだ表面に砂が積もり、修復が始まっている。
(だからコイツらは苦手なのよ……!)
体の構成要素の大部分を魔素で占めている精霊は生まれつき高い魔力耐性を持ち、ついでに大気中に存在する自然の魔力を吸収して多少のダメージならば再生してしまう。
完全に消滅させるには“核”と呼ばれる体内の中枢機関を破壊するか、周囲の魔力が切れるほどの大ダメージを与えるしかない。
最上位魔法でカタをつけるか。
いや、それよりも老婆だ。
叩きのめして強制解除させるほうが、正面から精霊を相手にするよりも楽――
「隙ありぃっ! ケーッ!」
「ローザ! 後ろ!」
「っ!? なっ!」
レキの声に反応して振り返ると、いつの間に回り込んだのか、杖に仕込んだ刀でこちらへ斬りかかる老婆の姿。
慌てて【アルスノヴァ】で受け止めるものの、枯れ木のような体のどこからそんな力が湧いてくるのか、俊敏な動きで連撃を繰り出してくる。
「フン! フンフンフン! どうした小娘ァ! 最近の若いもんは見た目ばかりで中身を磨いとらんのァ!」
「ぐっ、速い! この……《ライトニングスピア》!」
強引に魔法を撃ち出すものの、老婆は気持ち悪いほど柔軟に体をしならせあっさりと回避する。
隙だらけになった私の前に老婆の皺に歪んだ醜悪な笑みが浮かび、逆手に持った刀が閃く刹那。
「ふっ!」
駆けつけたレスティが老婆の背部へ剣を一閃させる。
完全に虚をついたと思われたが。
「むっ!? フン!」
殺気に反応した老婆が姿勢を砂上すれすれにまで這わせ、その剣を回避する。
そのままトカゲのような動きで精霊の前まで後退すると、軽やかにバック転をして直立し、こちらを見返した。
「おうおう、こんなか弱い老いぼれに2人がかりか。恐ろしや恐ろしや」
「どこが! 妖怪ババアの間違いでしょう!」
「口汚い娘じゃのう。年上を敬えぬ生意気な若造にはお仕置きじゃ……!」
言うが早いか指を鳴らす老婆。
すると今度はほとんど回復を済ませたデザートエレメントが急に背筋を正し、両腕を左右に伸ばす。
「な……なに……?」
すると、その場でくるくると回り始める精霊。
回転は次第に猛スピードになっていき、竜巻のような速度に変わっていく。
それに連れて、精霊の体も徐々に砂の中へ沈んでいった。
やがて。
「!? 砂が……!」
足元が精霊のほうへ流れていく。
いや、それどころか砂漠が明らかに傾斜していた。
危険を感じて離れようとするものの、時間が経つごとに傾斜角度は中心へと下がる。
あの、高速回転するデザートエレメントの元へと。
「ろ……ローザ! 砂が……!」
レキの焦った声が聞こえる。
そこには必死に駆け上がろうとするものの、流砂に足を取られて今にも引きずり込まれそうなレキとエリーゼの姿があった。
「…………ッ! ウオオオッ!?」
離れたところで悲鳴が上がる。
見れば、魔法を喰らって気絶していた原住民の男が今まさに回転する精霊に吞まれようとしていた。
瞬間。
べちゃっ、ずぞぞっ
抗うことも許されず、赤いかたまりをまき散らして男は肉塊に変貌する。
その朱色に染まった砂も、あっという間に中心へ吸い込まれて消え失せた。
「蟻地獄……!」
剣を突き立て、引き込まれるのをどうにか抑えながらレスティが呟く。
まさに、私達の目の前に開いたのは、人間すら引き込む砂漠に生まれた死の渦潮だった。
「さあて、何人原型を留めていられるかのう」
すでに膝下までが熱砂へ沈んだ私の耳に、老婆の揚々とした声が届いた。




