終2 計画
エノク→少しだけアルディノーラ視点です!
「失礼します、猊下」
執務室のドアを通ると、奥の窓辺に佇んでいた人物がこちらを向く。
背中まで流れる艶やかな黒髪と赤い瞳の目を引く、絵画の中から現れたような容姿を持つ女性だ。
「お帰りなさいエノク。大変でしたね」
涼風のような声音が耳に届く。
彼女こそ、28歳の若さで聖マレアの枢機卿を務め、我々ゼプターの総帥をも兼任するアルディノーラ・ペネトその人だった。
「申し訳ありません猊下。……キリーが倒され霊器まで見失いました。お手を煩わせておきながら、とんだ失態です」
「顔を上げてください。誰にでも予測のつかないことは起こるもの。全ては私が受け止めるべきことでもあります」
「お言葉痛み入ります」
「計画の変更はありません。件の冒険者は後回しとして、今後は霊器の確保を最優先でお願いします。こちらも引き続き内通者の捜索にあたります」
冷涼な声で新たな判断が下される。
猊下は聡明かつ慈悲に溢れ、それでいて常に冷静沈着な御方だ。
平民の家系に生まれながらも醜い権力争いを続ける司教達を抑え、貴族からも高い能力を評価されて今の地位を得た。
ゼプターに齎された『力』も全てアルディノーラ様が用意したものだ。
「頼みましたよ。私は1度フローリアへ出向かなければなりません」
「同盟本部へ?」
「ええ。まだ確定ではありませんが、ダンクレオスが東側に侵入したようです」
「まさか、魔王軍のナンバー2が!?」
『魔軍総督』ダンクレオス。
開戦当初は奴こそが魔王だと考えられていたほどの、絶大な力を持った魔族。
ゼプターの仲間も既に何人もが犠牲になっている。
「単騎で要塞をいくつか破壊した後、姿を消したそうです。手下の魔族などは確認されていませんが、守備隊が捜索を行っています」
「宮廷賢者は何をしているのですか。位置を補足して総力戦をしなければ太刀打ちできる相手ではない」
「それが、どうやら侵入と同時に大陸全土へ魔力を拡散したらしく、お陰で探知したくても反応しっぱなしだとか」
化け物が、相変わらずの規格外だ。
どうして後一歩というこの時期に。
「まさか計画を察知されたのでは」
「その可能性もありますが、現在こちら側に魔族が入り込んでも知る術がありません。あなた達も細心の注意を払ってください」
「心得ました。ところで猊下」
「何か?」
「その、キリーのことですが。彼女は、最後まで世界を救うべく健闘しました。どうかお慈悲を」
「…………ああ」
それからアルディノーラ様は瞑目した後で席を立ち、オレの肩に手をあてた。
「彼女は、あなたが隊長になる以前からの部下でしたね。惜しい人物を亡くしました。いずれ遺灰を然るべき場所に埋葬しましょう。その際は、微力ながら私が介添えをいたします」
彼女の言葉が胸に染み入る。
聖務に忙殺される中で、この御方は時間を割いてくれるというのだ。
「感謝いたします。彼女も浮かばれるでしょう」
「根を詰めてはいけませんよエノク。彼女の意志を無駄にしないためにも、常世に残された我々がしっかりしなければ」
「は……必ずや霊器を確保し、世界に光を取り戻します!」
オレは敬礼して執務室を出た。
アルディノーラ様は尊き御方だ。それだけで十分、オレは戦える。
司教座の長い廊下を歩く途中で、誰かのすすり泣く声を耳にした。
「おお~ん……キリー……っ」
使われていない部屋の奥でうずくまっていた偉丈夫は、パウンドメーカーだった。
どれだけ涙を流したのか、床の上には失禁したように雫が溜まっていた。
「優しい子だった……夜遅くまで孤児達の世話をしていた……死んだ虫にすら心を痛めるような女性だった……!」
わかっている。
本当は誰も傷つけたくなんかないよな。
オレ達は同じ神の元に集った家族なんだ。
「ほら、涙をふいてくれ」
「……エノク隊長……!」
「気持ちは同じだ。猊下は霊器を優先しろとおっしゃったが、必ずキリーを殺した冒険者の女にも報いを受けさせよう」
「……うう、うわあああああっ!」
どうしてオレ達ばかり、こんな目に。
冒険者の女も、シスターも許さねえ。
心優しい仲間を手に掛けたお前達、どこまでも追い詰めて地獄を見せてやる。
◇◆◇◆
「いい部下を持っているじゃないか、ノーラ」
エノクが去った後。
部屋の影から男の声が響く。
「そうでしょうか」
いい部下。
そうなのだろうか。
私からすれば、人類は全部変わりがないように思える。
「忠実な人間は好きだな。人を介した実験は、イレギュラー要素がつきまとうからさ」
「そのようですね。彼らがAランク冒険者ごときに後れを取るとは予想を超えていました」
「おや、もしかして怒ってる?」
「どうでしょう。端的な感情には迂遠なものですから」
「いくら“偽神化”しても、生身を斬られたらちゃんと痛いし、魔法が直撃したらダメージも受けるさ」
それも理解していますよ。
本来なら魔族の足元にも及ばない人間が抗うための力とはいえ、結局は補強の延長線上でしかない。
実際に我が部隊の生存率は――6割ですから。
ですから彼らが手こずっているのも頷けはするのです。
「そりゃ手段だけなら用意はあるよ。でも支持を得られないやり方は駄目なんだろう?」
「贅沢なものですからね、民は」
何しろ、望むように手を差し伸べなければ、差し伸べたことにも気付かないのだ。
ただ救うだけでは民の要望に応えられない。
だからこれが、皆が求める最良の形なのだと私は信じている。
「邪魔はさせない。霊器は必ず回収する。そして、“人造神計画”は必ず完遂する」
――そして私は。
「うわわ、小っさくなって潜入してたらイヤな話聞いちゃったっすねえ。昔から“神”って付く話にはロクなことないんだよなぁ〜」
「魔王様には報告しとくとして、ボスはどこで迷子になってるんすかねぇ。まぁ、とにかく霊器ってのを見つけるのが大事みたいっすね。がんばるっすよ〜」
次回から第2章になります!
仲間も増えたローザとレキの旅を応援してね♪
遅くても5日に1回は更新するのでよろしくお願いします!




