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01 師匠

レキ視点です!

「……あれ、ここは」


 気が付くと、ボクは真っ白な空間の中にいた。

 上と下の区別があるだけで、どこまでも真っ直ぐな地平線が広がっている。


「ローザ。みんな、どこ?」


 呼びかけるものの、声は反響もせずに辺りへ散っていった。


 誰もいない。

 ボクひとりだけ。

 ひとりは嫌だ。ひとりは怖い。


「あいつの名前を、呼んでくれるんだな」


 声がして振り向くと、少し離れた場所に男の人が立っていた。

 年齢はたぶん40歳くらいだと思う。

 ボロボロのローブをまとった黒髪のおじさんだ。


「あ……」

「警戒しなくていい。ここは君の夢の中だ。目が覚めれば元の世界に戻る」


 そう言っておじさんは、どこからか椅子を取り出して腰を下ろした。


「えと、おじさんは誰?」

「俺はローザの師匠だ」

「えっ。お、お師匠さま?」

「ああ。まだ子どもだったあいつに魔法を教えて、ついでに教養も叩き込んだ。今は肉体を捨て、あいつの杖に住み着いている」


 当たり前だけどローザにも師匠がいたんだ。

 杖に住んでいるなんて、まるで幽霊みたいだ。

 でもどうしてボクの夢なんかに現れたんだろう。

 どうしていいかわからずにいると、おじさんが先に口を開く。


「君も災難だな、意味もわからず命を狙われて。いや、それ以前か。……ローザに酷い仕打ちを受けた」

「あ…………はい……」

「あいつを恨んでいるか?」


 ボクは、すぐに返事ができなかった。

 ローザにいじめられたのは、ただ悲しかった。

 何もできない、わからないボクにローザはいつも厳しかった。

 今でも思い出すだけで体が振るえてくる。

 でも協力関係になってから、ローザはずっとボクを守ってくれた。

 今のローザはまるで別人みたいだった。


「わからないです……仲良くしたいとは思ってますけど」

「……そうか。優しいな、君は」


 そう言っておじさんは目を細めた。

 少し戸惑ったものの、ボクは思い切って尋ねてみる。


「あの、ローザって、何が目的なんですか?」

「何、とは?」

「宮廷魔導師になりたいとか名声が欲しいとか言ってるけど、本気で考えてるとは思えなくて。ローザならもっとうまくできると思うのに、わざと悪目立ちしているみたいで。もしかして、他に考えがあるんじゃないかと思って」


 Sランクへの昇級をずっと見送られていたことも、自分達に悪評が立っているせいだと知らなかったわけではないと思う。

 酷いことをされた一方で、教会では身を挺してボクをかばってくれた。ただの口約束だけでそこまでできるはずがない。

 クラウディアさん達のことも本気で後悔していた。

 自分しか見えていない人じゃなかった。だからこそ、何か理由があったんじゃないかと思ってしまう。


 ボクを傷つけてもいい理由。

 そんなものどこにも無いって、ボク自身が1番わかってるのに。


「悪いが、それは答えられない。何を言ったところであいつの行動が肯定されることはない。君を傷つけたことは許されないし、本人も許される気は無い」

「……ボクを助けるのはつぐないってことですか?」

「違う。あいつが君を守るのは罪悪感や義務感じゃない、助けたいという本心だ。それは信じてやってくれ」

「だったら……」


 どうしてボクをいじめたの。

 いっぱい役立たずって言われた。

 殴られても助けてもらえなかった。

 ずっとずっと、息が詰まりそうだった。


「あいつの信念は2つある。自分のための信念と、誰かのための信念だ」


 信念?

 それがローザの戦う理由なの?


「取り持ってやりたいが、現実世界に長時間干渉できなくてな。いつか、あいつの口から打ち明ける日が来るかもしれない。その時は君の言葉で答えを出してやってくれないか」

「そんなこと言われても……自分のことで手一杯です」

「……無理もないな。不出来な弟子が悲しい思いをさせてすまなかった」


 自分のことでもないのに、立ち上がって頭を下げるおじさんに、ボクはどんな顔をしていいかわからなかった。


「……今は、悪意だけじゃないってわかっただけでいいです」

「それで十分だ。ありがとう」


 信じていることのためなら何をやってもいいなんて思えない。

 だからいつか本当のことを知る時まで、答えは保留にしておこうと思った。


「あの、おじさんは霊器って言葉に心当たりありませんか? 教会で襲ってきた人にそう呼ばれたんですけど」

「ふむ。霊は精霊、あるいは魂。名前のまま受け取るならば、さしずめ魂を抱えておく容器といったところか」


 容器。

 そんな風に言われるってことは。


「……やっぱりボク、人間じゃないのかな」

「そう落ち込むな。君は――俺が今まで関わってきた連中より、よほど人間らしい」


 そう言われても、人間らしさってなんだろう。

 もしも誰かがボクをそういう風に造ったのだとしたら。それはボクと呼べるのだろうか。


「心配しなくても君は君だ。他の誰でもない、君自身の意思で生きているんだ」

「ボクの……意思」

「直接助けてやれることは少ないが魔導の智識はあるつもりだ。俺も力になる、一緒に頑張ろう」

「……ありがとうございます。……こんなに親切な師匠がいるのに、なんでローザはあんなに捻くれちゃったんですか」

「ん? ふふ、そうだな。俺の教育が悪過ぎたのかもなぁ」


 おじさんは、苦笑いしながらも嬉しそうだった。

 それを見たボクは、少しだけ心が軽くなった気がした。


「そろそろ目が覚めるようだ。機嫌を悪くするから俺と話したことは内緒にしてくれないか。ああそれと、()()()()()()()()

「え、海?」

「次に会うときまでに調べをつけておく。気を付けてな」


 彼が席を立つと、返答を聞く前にボクの目の前が暗転する。

 それからすぐに気怠さが全身を襲って。




『――――ッ』


 遠くのほうから喧騒が聞こえてまぶたを開けると、どこまでも澄み渡る青空が広がっていた。


 ボクは、現実に戻ってきていた。

 顔を傾けると、もう見慣れた横顔が目に映る。


「だから、事情も全部把握している私しかありえないでしょう!?」


 眉間に皺を作りながら叫ぶ赤い髪の女の人。


 彼女がローザ。


 少し前まで、ボクのことを散々いじめていた魔導士。

 最近また衣服に穴が開いてしまったため、肌着を改良したおへそ丸出しの衣装に着替えている。


「ですが、あなたは直情的なところがあります! ここは冷静に状況を把握できるわたしが相応しいかと!」


 ローザと相対する2人の女性のうち、金色の髪を揺らす女の人が反論する。

 水色の鎧と腰に剣を差したその人はレスティさん。

 修行中の“勇者見習い”だそうだ。


「やれやれ、後ろで命令を下せるアタクシが適任に決まってますわ」


 そしてもう1人。

 太もも丸出しの修道服に身を包んでいる青い髪の女性がエリーゼさん。

 聖マレア教会のシスターだけど、たまに霊媒師にもなる。


 新たに加わった2人と共に、ボク達はパーティーを組んでいる。


「ふぁ……どうしたの、みんな」


 馬車の荷台から顔を起こすと、3人が真っ先にこちらを見た。


「おはようございます、レキ」

「ごきげんよう。可愛い寝顔でしたわよ」

「! 丁度いい、レキに決めてもらいましょう」


 みんなは、1度顔を見合わせてから火花を散らすと。


「「「レキ(ちゃん)、この中で誰が1番リーダーに相応しいと思う(います)!?」」」


「え……え!?」


 こうして、4人で新天地を目指すボク達の新しい1日が始まった。



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