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21 けじめ

「無事ですか、2人とも」


 女剣士は私とレキに振り向くことなくキリーと対峙する。


「あなた、どうして……」

「これ以上同じ屋根の下で暮らした者に死なれてなりますか! 今は貴女達の味方です!」

「ジャスティさん、ありがとう!」

「……レスティです。今のわたしに、その名は相応しくありません」


 レキの言葉に、女剣士は少しだけ肩を落として答えた。


「まダ仲間がイたのね。拷問ノ楽シミが増えテ何ヨリだワ」

「見た目で善悪の判断はしないと肝に命じたばかりですが……貴女は言動が完全にアウトですね」

「あァ? 世界ヲ救う邪魔をしてイるのはどっチよ。善悪の区別も付かない人間は引っ込んでロ! ウ……ヴォエアアアアッ!」


 キリーから再度、大量の吐瀉物が虚空へ吐き出される。

 レスティは一瞬だけこちらへ振り返って頷くと、汚濁の雨を掻い潜ってキリーへ肉迫した。


「人とモノの区別もつかない者に救えるほど世界は甘くありません!」


 巨顔に向けて剣を振るうレスティ。

 飛び出した舌に止められるものの、一歩も引かずに次々と攻撃を打ち込む。


「ローザ、大丈夫? ポーション使うね」


 近寄ってきたレキに、あらかじめ携行していたポーションを傷口へとかけてもらう。

 完全な治療には至らないが、消毒代わりには十分だ。


「……っ。助かったわ。今のうちに離れていて」


 今は先にあの化物を倒す。

 レスティが前で気を引いている隙に、最上位魔法でカタを付ける。


「――サせなイ、《ゲイルブラスター》!」


 だが私の術式が完成する前に、キリーの正面に魔法陣が現れ、渦を巻いた爆風が射出される。


「ちっ……! 《バリアウォール》!」


 術式を解除し、代わりに壁を作って被害を抑えつつ柱の陰に退避する。

 雑な狙いだが範囲が広い。しかも風の影響で吐瀉物が撒き上がり飛んでくるのが厄介この上ない。


「よそ見っ!」


 すかさず放ったレスティの一撃をキリーは巨大化した腕で受け止める。

 魔法剣であっても決定的なダメージを与えるのは難しいのか、変容した外皮の表面を削った程度。

 もしくは、まだ本来の力を発揮できていないのか。


「仲が良いのネ、ギルドパーティーの連中ハあっサリ見捨テタのに」

「……何?」

「ガルムとかイウ奴と他2名。最後まデ苦しンでたわよオ。どいつモピーピー泣いてタワ」

「おまえ、まさか……」


 臆面もなくキリーは言う。


「ええ。あたシが殺した。徹底的に痛メつケてやっタ」

「……」

「あんタの名前を何度も叫んでタわ。最後はおしっコまデ漏らして、情けないッたラありゃしなかっタ」


 レスティの剣戟を受け流しながら、何が楽しいのかケタケタ嗤う。


 ……別にどうでもいい。

 ガルムもゴードンも、実力以外なんの取り柄もない奴らだった。

 結局ケンカ別れしてしまったし、お互いソリが合わなかったのは確かだ。


 だけど。



 ――おめーも今日から冒険者なのか。

 ――丁度いい、俺らとパーティー組まねえか。



 あんな連中だから気が楽だった。



 ――ローザがいると前以外見る必要が無ぇから楽だよな。

 ――こりゃ本当にSランクまでいけるんじゃねえか。



 そうね。


 元パーティーメンバーとして、けじめはつけてやらないとね。


()()()()! 《ダークミスト》!」

「!」


 柱の陰から出た私は、レスティごと闇の霧でキリーを包む。


「こザカしい真似……っ!」


 視界を奪われ、キリーは四方八方に吐瀉を繰り出した。

 だがレスティはすでに動いている。

 キリーには見えなくても、彼女の剣は魔力を斬り開ける。


 漆黒が2つに割れ、怪物の正面には剣を振りかぶり跳躍したレスティの姿。

 狙うは、巨大化したキリーの右目。


「はあああっ!」

「!? アギャアアアアッ!」


 見開かれたままの眼球の中心が剣閃によって穿たれる。さすがに無事では済まなかったか、片目を潰されキリーは悶絶した。


「っ……このクソあまァッ!」


 腕や舌を振り回すものの、器用にかわしながらレスティは魔法剣を引き抜いて離脱する。

 間髪入れず、私は術式を構築。

 とどめを刺すべく――


「ごほっ……! っ……!?」


 違和感を覚えた喉奥から咳が漏れ、口内にどろりとした粘性の液体が込み上げる。

 口の端から漏れたそれを手でぬぐうと、どす黒い液体がべったりとこびりついていた。


(これは毒……!?)


 視界が歪み、私は思わず膝をつく。

 息をするたびにカミソリでも飲み込んだような痛みが走る。

 迂闊だった。さっきの一撃に毒も付与されていたのだろうか。

 ……いや、それにしては手当てを受けた背中の傷に変調らしきものは無い。


「ローザ!? げほっ! これは……!? げほげほっ!」


 異変はレスティにも現れていた。

 何度も咳き込み、口の端から同じ色の液体が漏れ出している。

 攻撃を受けていない彼女でさえも毒の影響が及んでいるようだ。


 一体どうして。

 思い至ったのは、周囲にまき散らされた吐瀉物の悪臭。


「けほっ……ローザ、苦しい……!」


 離れたところにいるレキまでもが喉を押さえているのを見て、私は確信する。


 まずい。

 ()()()()()()()()()()


「……アハハハハ! 効いテきたみタいねっ!」


 答え合わせをするように、持ち直したキリーが嗤う。


「そう。あたシの精製した毒ハ気化して周囲に充満スル。皮膚へノ汚染は遅いけド、肺と喉ハ真っ先にヤラれるワ」


 直接触れさせなくても、吐瀉物を撒き続けるだけで空間は汚染される。

 後は毒にかかって弱体化したところをゆっくりと仕留めればいい。

 狡猾でえげつない戦法に、私はただ目を剥くしかなかった。


「オらぁ、よくもアたしの目をやっテくれたなア!」

「っ……!」


 立つだけでもままならなくなったところに腕の一撃を喰らい、レスティは呆気なく吹き飛ばされた。

 後から駆け付けたはずなのに状態が私達よりも悪い。体を動かした分、毒を吸い過ぎたためか。


「後でたっぷり痛メつけテあげル。ま、只ノ人間にシては保ったんじゃなイ」


 キリーは体勢を変えてこちらを向くと、血走った目線を私に落とした。


「さて、それジャ予定通リに」


 大口を開け、舌が狙いを定める。

 ……毒が回って身動きが取れなくなっているレキに向けて。


「……ああもう」


 杖にもたれながら、私は膝に力を込める。

 息をするたび胸に激痛が走ったが今はどうだっていい。


「……レキに触るな」

「そういウ根性論ウザいんだケど。そうネ、せっかクだカら霊器の使い方を教えてあげる。コレはね、こうやって――」


 触るなって言ってるだろうが。


「《――……!」


 毒に意識をやられながら、どうにか半分まで組み上がった術式を解放。

 奴との距離は10歩と少し。

 ここから最上位魔法を叩き込む。


「……!? あんタ……!」


 魔杖の先に現れた黄金のを目にして、さすがに喰らえばただでは済まないと悟ったのだろう、私へと狙いを変えるキリー。


 さあ、どうするの。

 術式が完成するまであと少し。

 レキを殺してる余裕があるかしら。

 もっとも標的を変えても、私は必ず()()()()()()()()()()()()()()()()


 腕を落とされようが、心臓を貫かれようが、それだけは必ずやるから。


 逡巡した挙句、キリーの長舌による攻撃が私に向けて放たれる。

 上等だ。

 八つ裂きにされようが、術式だけは意地でも完成させると覚悟を決めたその時。


「《セイントシールド》!」


 私の眼前に発光する障壁が展開。

 それは、バリアウォールよりも数段強度のある光属性の防御魔法だった。

 鈍色を宿したキリーの一撃は、私に届くことなくあっさり弾かれる。


「ナっ!?」


 魔法を使ったのは私でも、レキでもレスティでもない。



「このクソゲロ女ああああっ!!!! よくもアタクシに腐った雑炊みたいなゲロをぶっかけてくれましたわねぇ!? 許しませんわよおおおっ!!!!」



 少し離れた長椅子の上で絶叫したのは、黒のきわどい下着姿で堂々と佇む青髪の女。

 吐瀉物をまともに浴びて死んだはずの、エリーゼだった。

 腐り落ちたはずの肌はすっかり元通りになっている。


「ハ!? なんデ生きて!?」

「アタクシのヒール連打は神速! 死にさえしなけりゃ元通り再生が可能なんですのよぉっ!」

「いや、あなた人間!?」

「毒だってほぉれ、この通り! 《アンチポイズン》! ついでに《グレーター・ヒール》!」


 私の体が白と蒼の光に包まれると、喉の痛みが消えて霞んでいた視界が戻っていくと共に、背中に受けた傷の痛みもあっさりと引いていく。


「ほらァ、これで貸し借り無しですわ! 一生恩に着ることねぇっ! ウヒャヒャヒャ、戦場の支配者はアタクシですわぁっ!」


 はっ……まったく。

 土壇場でやってくれるじゃないの、インチキ霊媒師のくせに。


「どウいうつモリよ!? あたシ達は同じ聖職者――!」

「ファァァーキュゥゥゥーッ! お前みたいなデカい同僚知るか!」


 あまりの事態に非難の声をあげるキリーだが、それすらも致命的。

 多少意識を取られたものの、あと一歩で術式は組み上がる。


「! クソがあああッ! ――っ!?」 


 舌による攻撃では光の盾を破れないと踏んだか、自らの体で押しつぶさんとキリーが迫る。

 しかし――後方に生まれた新たなる気配に、その動きは止められた。

 手にした剣から放たれる、天を突くように構えられた光の刃。

 私よりも先に回復魔法を受けていたであろうレスティの剣から放たれたものだ。


「…………!」


 どちらを先に討つべきか。

 その迷いがキリーにとって、私とレスティ両方の技を受けてしまうという最悪の結果を招く。


「これでけじめよ!《雷女神ノ(ブリュンヒルド)鸛閃撃(・ストークブリッツ)》!」


 力ある言葉と共に【アルスノヴァ】から戦乙女の姿を模した霆の集合体が発現。

 翼持つ乙女は蒼き閃光となってキリーの口元目掛けて滑空する。

 巨大な腕を掲げ防御に回るも、超圧縮された荷電の収束は異形を一瞬で呑み込み、顎から背面までを根こそぎ抉り取って教会の壁を破壊。夜の闇へと鳥のように羽ばたいていく。


「……! …………ッ! そん……ナ……っ」


 さらにレスティが動く。

正義(ソング・オブ・)の剣(アレクサンドリア)】の能力が解放され、持ちうる限りの剣気を集中させた一撃が、キリーに向けて振り下ろされる。


「《善ナル王(ロード・オブ・)ノ英雄道(ブレイブウィル)》!」


 威光を放つ刃が落とされ、大穴を開けた異形の体を頭上から瞬く間に両断する。

 目を背けたくなるような体内の構図を見せつけ、キリーの体はゆっくりと左右に分かたれた。


「うそ…………エノク……さま…………」


 さえずりのような言葉が漏れ、ぐるりと裏返った瞳だけを虚空に向けて、キリーは動かなくなった。

 すると魔法の影響なのか、その体は端から灰のような色に変わって、はらはらと崩れ去っていった。

 全てが終わると、彼女の衣服だけが虚しく床に散らばっていた。


「……終わったわね」


 少し離れたところでは、エリーゼがレキの治療にあたっている。

 これ以上もう何も起きないことを確認して、私はようやく息を吐いた。


「終わった、じゃありませんよ。先ほどの魔法、わたしに使おうとしたやつですよね。消し炭にするつもりだったんですか」


 傍までやってきたレスティが、不服そうな顔で言う。


「それを言うなら、あなたこそ私を真っ二つにする気だったじゃないの」

「当時はそのぐらいで丁度良いと思ったのです」

「……ついでだから、続きやる?」

「望むところ」

「……アナタ達、言い争ってる余裕がありますの?」


 覇気の無い睨み合いをする私達を、早くもレキの治療を終えたエリーゼが半眼で見据えていた。


「そうね。他にも敵がやってくるかもしれない。今のうちに町を出ましょう」

「ちゃんと事情を話してくれますね?」

「ええ、わかってる」


 私達は1度館まで戻り荷物をまとめると、深夜の内にコーエンを離れる決意をした。



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