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18 後悔

ディオス→ローザ視点です。

 谷に足を踏み入れると、月光を反射した壁一面の水晶群がオレ達を歓迎した。


「ヒュー、まさに宝の山じゃねえか!」

「もたもたしてんな、夜明けまでには根こそぎ掘って町を出るぞ」


 ザグザの手下共に、なるべく大きくすぐ取り出せそうなものから採掘するよう命じる。夜明けまでにできるだけ多くの水晶を国外へ持ち出すためだ。

 3人も殺した以上、もうオレが領主になるのは不可能。

 もはや金になるものをかき集めて隣国へ高跳びするしか生きる道は無い。

 普通の人間なら悲嘆するところだが、オレにはこの水晶鉱がある。

 荷馬車1台分でも水晶を確保できればどこの国でも豪遊できる。領主になって小難しい職務に追われるよりも、ある意味では遥かに賢い選択だった。


「借金完済どころか、これならボロ儲けだ。恐れ入ったぜ」

「お前はオレをナメてたんじゃねえのか」

「あァ、舐めてた。だが気に入った。勢い任せで親と息子まで殺っちまうたァ、とんだ鬼畜だな。てめえみたいのが好きなんだよ、俺は」


 共犯者としてお尋ね者になることをぐちぐち言ってくるかと思ったが、意外にもザグザはオレを認めてきた。

 だから今後もこいつとは手を組むことにした。

 王都から借金の取り立てに来るしつこさには辟易させらたが、オレを肯定してくれる人間は数えるほどしかいないし、他国で成り上がるためにもこいつらはいい手駒になると思ったからだ。


「お前らだって娘で楽しんだくせに。……ババアが悪いんだ。親父がオレに仕打ちを続けたのも全部あいつのせいだ。情なんか湧くと思うか」


 親父はいつもオレに厳しかった。

 役人の息子であるオレは、それより下っ端の庶民のガキを好きに使える権利があるはずだった。

 なのに、オレがガキから金を巻き上げたり殴りつけたりすれば、そいつの家まで連れられ頭を下げさせられた。

 同年代の役人の子どもは好きにやっているのに、何でオレだけが駄目なのか、屈辱で頭がどうにかなりそうだった。

 反発から母親を殴って憂さを晴らそうとしたが、反対にオレが殴られた。

 挙句の果てには勘当するとまで宣告され、親の仕打ちから身を守るためにもオレは従順を装って生きるしかなかった。

 唯一好きに出来たのは、結婚相手の冴えない女だけだ。


 やがてお袋は他界。


 親父の顔が曇ったのを見た時は多少なりとも胸がすいたが、それからすぐにあいつは自分の歳も考えず再婚相手を連れてきた。


 それがクラウディアだ。


 話をしてすぐにわかった。

 能力のある親父が出世欲に乏しかったのは、この女のせいだと。

 こいつのせいで親父は下の人間を甘やかすような気色の悪い思想に取り憑かれたのだと。


 オレが抑圧されて生きる羽目になったのは、全部こいつが原因だと。


「ガキ共の態度が悪くなったのも、ババアの洗脳だ。それまではオレの顔を1番に立てる可愛げのある奴らだった。オレは昔から身内に恵まれなかった」

「……ククッ。いいねェ、その腐れっぷり。ますます気に入ったぜ。お前とは楽しくやれそうだ」


 ああ、これからは何者にも煩わされず、楽しくやりたい。

 もうしがらみは無くなった。ようやくオレは生きたいように生きられるんだ。


「おい、台車かなんか無ぇのか。このままじゃ持ち切れねぇよ」

「農作業で使ってたヤツが館にある。一旦戻るぞ」


 手下を従えたオレはそろって谷を後にする。

 そう、これだ。言葉1つで人を意のままに操る優越感。

 不幸な少年時代を送った分、オレにはこんな幸せがどんどん舞い込んでくるに違いない。

 手始めに家族を作り直そう。

 もっと若い女を娶って、オレだけに従順なガキを作らせる。

 こうやって未来を考えるだけでわくわくしてくる。


(ようやく始まったんだ、オレの人生は……!)


 やがて洞窟の出口が見えてくる。

 その先には宝石のような星空がオレを待っていた。

 まるでオレの未来を祝福するように――


 待て、誰かいる。


「…………?」


 目を凝らすと、道の先に人が立っていた。

 変わった形の杖を持つ赤い髪の女。

 確かクラウディアの雇った用心棒の魔導士だ。

 全然雰囲気が違うから、わからなかった。

 なんだ……ババアの敵討ちにでも来たのか。


「その分じゃ人質は解放されたか。だが残念だったな、てめえの雇い主は死んだぜ」


 せせら笑うザグザ。

 女は何の反応も示さない。

 面白くないので、ならばとオレが挑発する。


「オレのガキに情でも移ったか? そういや、あいつらに魔法を教えたのはお前だろ。勝てるわけねえのに、ばあちゃんばあちゃんって、血の繋がりもねえカスを必死にかばってたぜ。……実の親を大事にしないとどうなるか、たっぷり思い知らせてやったがな」


 今度は眉がぴくりと動いた気がしたが、それだけだ。


「つーか、あんなゴミみたいな魔法で俺らプロを止められるワケねえだろ」

「無駄な努力ご苦労様。良いお人形遊びになったぜぇ」


 仲間の傭兵達が煽ったものの、やはり目立った反応は無い。代わりに遠くの木からカラスの群れが飛び立つのが見えた。

 どうにも反応が鈍い。女ならもっと感情を出せよ、可愛げがねえな。

 となると金ならどうだ。女はこいつに目が無いからな。


「ほら、たった今掘ってきた水晶を恵んでやる。ババアの支払いよりは――」


 刹那。


「《雷神ノ鎚(トールハンマー)》」


 女の杖の先端が輝き、電光を迸らせた牛の頭ほどはある光の渦が現れる。

 やる気か、クソが。


「おい、ザグザ」

「フン。魔導士が相手にいるって時点で魔法抵抗の高い装備は身に付けさせてある。Sランク冒険者だろうが後れは取らねえよ」


 それを聞いて安堵する。

 オレの手を捻っただけあってそこらのチンピラじゃ相手にもならないのだろうが、この数なら――



「《スピードシフト》」



 女がなにか呟いた直後。

 閃光が、オレの真横を瞬いた。


「ん゛あ゛……?」


 気付けば斜め前に、まるで槍を穿つように腰を落とした姿勢の女が立っていた。

 突き出された杖の先に目を向けると、ザグザの頭だけが宙を舞っていた。


 不思議な光景だった。

 大柄なザグザの上半身が消えて、なぜか向こう側が見えるのだ。


 ザグザの首と手がボトボトと落ちる。その後で、どこかへ消えてしまった上半分の代わりに、血の泉を湧かせた腰から下が地べたに倒れた。


「…………へ?」


 まぬけな声が漏れる。

 女と目が合う。紫の眼光に背筋が凍るのを感じたのも束の間、奴の姿が消えて、代わりに稲妻のような光が周囲を駆け巡った。


「――なんだ!? ぃぎっ!」

「見えな……っ! おぼぉッ!」


 まるで空間が抉り取られるように、傭兵達の体を光が走り抜ける。

 異様はそこからだ。

 通過した部分が、装備ごと血煙となって消滅していくのだ。


「高速移動!? ごぇっ!?」

「目で追えねぇっ! どんな魔法を……ッ!? ――っ!?」


 なんだ、何が起こってんだ?


 20人近くはいた仲間が、次々と体を失い吹き飛んでいく。

 体のどこかしらを欠いて、躍らされるように蹂躙されて、肉片に変わっていく。


 ぐちゃ、どちゃ、べちゃ、ぶしゃ、ごちゅ


「ば、化物……! ひぃぃっ!」

「た、たすけ――っ!」


 なんだ、これは。


 気付いたら周囲には静寂だけが広がっていた。

 光の奔流が消え、少し離れたところにあの女が立っていた。


「あ…………ぁ……」


 身震いがする。


 なんだ。

 何をどうして、こうなった。


 理解できるのは1つだけ。


 この女が、ザグザ達をぐちゃぐちゃに解体した。


「…………」


 気付けば女は、たった1人になったオレをじっと見ていた。


「ま……待て……っ」


 このままじゃ、オレも同じ目に遭わされる。


 落ち着け。

 まずは話を――


 言葉を絞り出そうとして。


 気付けばオレの腹部に、横薙ぎに打ち払われた杖がめり込んでいた。


「ぶっ!? おぼぇええっ!?」


 体の中で何かがへし折れる音がして、腹から競り上がった異物を撒き散らして、オレは地面の上を何度も転がった。


「おげっ……おえええっ! ゲホゲホッ! ヒ……ひあああああっ!?」


 痛い、痛い、痛い。

 逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ。


 助けて、殺される――


 必死に地面を這う。

 悪魔はすぐそこまで迫っている。


 その時、目の前に誰かの脚が見えた。

 まだ生き残っている仲間がいたのか。そう思って顔を上げると。


「……っ!」


 そこには、金髪の女が佇んでいた。

 ババアが雇っていたもう1人の用心棒。オレが衛兵を買収して拘束させておいた、剣士の女が。



 ◇◆◇◆



 血臭の立ち込める空間。

 最初に会った時と同じ水色の鎧と外套を纏い、女剣士(ジャスティ)は静かにこちらを見据えていた。


「何しに来たの、この役立たず」


 いない間に起きたことは知っているのだろう。

 少しは期待していたのに、こいつには心底失望した。


「助けてくれ! 殺される!」


 代わりに口を開いたのは地面を這う虫ケラだ。


「頼む、ゲホッ……あいつを何とかしてくれ! 水晶を売った分け前はいくらでもやる! オレはまだ死にたくない……っ!」


 視線を落として奴を見る女剣士。

 正確には、奴の肩の傷を見ているようだった。

 やがて女は剣を抜き放ち、その傷口に重ねるように男を斬り伏せた。

 今度はちゃんと刃のほうで。


「あ゛……ゴボッ……な゛んで、オレばっがり…………っ」


 血しぶきを巻き上げ地べたに倒れ伏して、それきり動かなくなる虫。

 女剣士は再度こちらに目を向けると、ようやく口を開いた。


「人を手に掛けるのは、初めてでは無いようですね」

「あなたもね。それがどうかした?」

「これは虐殺です。いくらなんでも見過ごせません。……貴女を倒します」

「ああそう。それじゃ仕方ないわね」


 とっくに《スピードシフト》の効果は切れている。

 変換に消費した魔力が戻らないのと、再使用に時間を要するのが【アルスノヴァ】の固有能力ステータスシフトの欠点だ。


 だがもう、お互いに止められない。


 構えた剣から何の捻りも無い攻撃が繰り出される。

 それを、杖で受け流す。


「……はあっ!」


 息を吐いて、あいつは何度も何度も届きもしない剣を振るってきた。


 だから私は、何度も何度もはじき返した。


悪を(ソング・オブ)断つ剣(・アレクサンドリア)】の斬撃は、まるで木の枝のように軽かった。


 どれだけ打ち込まれたか、うんざりした私は力任せに杖をかち上げる。


「……っ」


 剣は呆気なくあいつの手を放れ、近くの地面に突き刺さる。

 顔の先に魔杖を突きつけると、女剣士は力なく膝をついた。


「……死にたいなら勝手に死ね」


 私が言うと、あいつは肩を落として、口を開く。


「彼の肩に傷がありました。……アレンがつけたものです」

「……」

「わたしが半端に稽古なんて付けたから彼は剣を振るった……無抵抗のままだったら、殺されずに済んだかもしれない」

「……」

「わたしのせいです。ごめんなさい」



「言い訳なんていくらでもできるわ!!!!」



 そんなことはわかっている。

 戦うことよりも命を大事にして欲しかった。

 大切なのは3人で生きる日常だと教えてあげたかった。

 もう誰もいなくなってしまった。


「何もかも取り返しなんてつかないのよ!」


 私が吐き捨てると、あいつは地面に手をついて嗚咽を漏らし始めた。


 結局、無駄な時間を喰らわされただけだった。

 コーエン(ここ)で過ごした日々は、何の意味も無かった。

 虚しさを感じて私が天を仰ぐと、頭の中でアイツの声がする。


 ――俺の言葉を忘れたか、ローザ。


 ……なに、説教なら沢山よ。


 ――教えたはずだ。感情に囚われた時、人はもっとも無防備になると。


 ……これ以上まだ何かあるの。少し疲れたわ。


 ――また失うぞ。


 ……“夢”なら、今はどうでもいい。


 ――失望させるな、自棄になるな。お前は気付いているはずだ。


 …………?


 ――あの子に、危険が迫っている。


 …………!



 ◇◆◇◆



「うう……ぐすっ……フィーナちゃん、アレン君、みんな……」


「――あらあら、そんなに泣き崩れてどうしたんですの。()()()()()


「……エリーゼさん?」


「事情は把握しておりますわ。もう大丈夫。アタクシが責任を持ってアナタを保護しますわね」


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