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15 これでいい

「では彼女もディオスの仲間だと?」

「ええ。大方、金のにおいを嗅ぎつけたんでしょうね」


 夕飯の席で私は女剣士に今までの経緯を話した。


「まさか教会とまで結託するとは……! アレン、フィーナ! 敵はますます強大になっているようです! 明日からはもっと稽古をつけますので、お祖母様を守るためにも励みましょう!」


「はい! ローザさんも魔法の指導よろしくお願いします!」

「巻き込んでごめんね、レキちゃん」

「ううん、ボクもできる限り力になるよ!」


 卓を囲みながらも奮起するレキ達。

 そんな様子を眺めながら、ふと私が視線を外すと、そこにはいつものように微笑みながらも、ほんの少しだけ困ったような表情のクラウディアがいた。


「ローザ、どうしましたか? こういう時は皆で“えいえいおー”して団結を高めるものですよ」


 話に加わらない私へとジャスティが口を開く。


「しないわよ。騎士団じゃあるまいし」

「むむむ。レキ、冒険者ギルドでもローザはこんな偏屈だったのですか?」

「誰が偏屈よ」

「そうだけど。でも、基本的にゴリ押しで何とかなってたからね」

「いけませんね。今のうちに連携が取れるようにならねば。この先、わたし達が力を合わせねばならないほどの強敵が現れるかもしれませんよ」

「どんな相手よ、それ」


 今だけの付き合いなのに、そんな日が来るわけないでしょう。


 尚も絡んでくるジャスティを終始あしらいながら、夕餉の時間は過ぎていった。

 それから仲良く入浴しに行く女子3人と、その前に剣の稽古をしたいと出て行ったアレンが卓を離れると、私はクラウディアと一緒になって食器の片付けをした。


「手伝ってくれてありがとうね」

「いいわよ、このくらい」


 2人並んで食器を片付けていく。

 水の中に私の腕と皺の寄った細い腕が浮かんでいる。

 彼女の手は野良仕事と水仕事で荒れていたが、きっと歳を重ねれば誰でもこうなるのだろう。

 無言のままの時間が過ぎる。


 やがて、クラウディアがぽつりと。


「あの子達には悪いけど、“谷”はもう手放すことにしたんだよ」


 私は食器を磨く手を留めず、次の言葉を待った。


「あたしがローザちゃん達に会ったのは、王都からの帰り道だったんだ。お伺い立ては済ませてあるから、もうすぐ正式な書簡が届く」


 権利書だけでは王家から与えられた特別な土地を安易に手放すことはできない。

 譲渡を許可する旨の通知が届けられて、初めて他者へ土地を譲り渡すことが可能になる。


「公爵様は魔王軍との戦いで大量の兵と資金を拠出なさっている。コーエンの称号はその恩賞なんだよ」

「……その中には“谷”の資源も入っているわけね」


 これ以上力をつけさせる必要のない公爵家に土地が譲渡されるのだから、その理由は限られてくる。

 おそらくヘイゼル公爵家の貢献は相当なものなのだろう。それこそ王家として褒賞を出さざるを得ない程に。


「あたしの代までは待つとおっしゃってくださったけどね。遅かれ早かれだから」

「でも、思い出の場所なんでしょう?」

「あの子達を危険な目に遭わせられないよ。遠戚が公爵領で暮らしてるから、そっちに移ってのんびり畑でも耕すつもりさ」


 と、クラウディアは続ける。


「書簡が届いたらディオスに渡すよ。谷をあの子から公爵様に献上させれば、領主にはなれなくても家臣として残れるだろう。それが母親としての最後の仕事さ」

「……そんなだから付けあがるのよ」

「かもしれないね。でも昔の思い出より、孫達と過ごす今のほうがずっと幸せだから」


 いいんだよ、これで。


 そう言って彼女は、心から笑った。


「だからあたし達のことは気にしないで、ローザちゃんはレキちゃんの力になってあげてね」

「……言われなくても」


 結局、魔法の授業も取り越し苦労になってしまった。

 ただ借りを返しただけだから、どうでもいいことだが。


「1つだけお願いがあるんだ」

「なに」

「もしいつの日か、アレンとフィーナが自立した時にどこかで顔を合わせたら、気に掛けてやってくれないかい?」


 漠然とした頼みだった。

 いつとか、どこかとか、気に掛けるってどうしろというのか。

 そんな馬鹿な頼みごと、よくできるものだ。


「私が生きていたらよ」


 だから私も曖昧に返事をした。

 クラウディアは「ありがとう」とだけ告げていつもの笑顔を見せた。


 その夜。


「――でね、今日はフィーナに野菜スープの作り方を教わったんだ!」


 私の部屋に来て、レキは今日あった出来事を楽しそうに語る。

 淡白なリアクションしか返って来ないのはわかっているはずなのに、少し前からは考えもしなかった生き生きとした表情で。


「初めて皮むきしたけど、意外と簡単にむけて上手だって褒められちゃった。あ、後ね――」

「……ねえ、聞いて」


 私は1つ息を吐いてレキに顔を向ける。


「な、なに……?」

「明後日には、ここを出るわ」


 途端に、レキの表情は夕立直前の空模様のように一変した。


「え……で、でも」

「私達がここにいたらクラウディア達も危険に晒すのよ」


 その言葉でレキは全てを察したように押し黙った。


 私達は追われている。

 あいつらは、私達に関わった人間を躊躇なく手に掛ける。その危険は、彼女達に関われば関わるほど増す。

 今ならまだ親切心から宿を貸した程度で済まされるはずだった。


「3人のことはジャスティ(あいつ)に任せる。いいわね?」

「……」


 レキは答えない。

 せっかく新しい繋がりができたのだ。手放したくない気持ちはわかる。

 しかし、くどいようだが私達には敵がいる。

 そいつらをどうにかしなければ未来は無い。


「自由になったら、また遊びにくればいいのよ」


 はっとした顔でレキがこちらを見る。

  

「永遠に逃げ回る気は無いわ。妥協なんかあり得ない。早々に問題を片付けて元の日常を手に入れるのは確定事項よ」


 こんな馬鹿げた事態は一時的だ。

 私は必ずもう1度、夢を追いかける。

 それはレキも同じ。


「まだいくらでも教わることがあるわ。これから、いくらでも」

「うん……うんっ!」


 力強くレキが頷く。その眼差しに迷いの色は無かった。


 未来、夢。

 そして“普通”を手にするために。


 今だけは、先へ向かう。

 


 ◇◆◇◆



「クソがっ。案の定、シスターの奴しくじりやがった! これだから女は信用ならないんだよ!」


「落ち着け。俺も調べたがどうにもならねェ相手じゃねェ。まあ、言う通りにしとけ」


「ちっ……だといいが」


「テメェこそ約束を忘れんなよ。土地が手に入ったら、例の谷に眠ってる水晶を俺のシマに流してもらうぜ。なに、ちゃんと公爵への上納分はとっといてやるからよ」


「あ……ああ、程々にな。それで具体的にどうするんだ?」


「つまる問題はその女剣士と魔導士だけだ。奴らさえ封じればどうとでもなる。その後で、一気にカタを付けんだよ」



 ◇◆◇◆



「くぅ~っ! まさかあの女が厄介になってるなんて、とんだ大失敗でしたわ! せっかく甘い汁が吸えるところでしたのに!」


「……まあでも、考えてみたらあんな馬鹿そうなのが次期領主になれるとは思えませんし、今のうちに公爵家へ取り入っていたほうが堅実ですわね。……あら、司教座からの手簡が届いていたみたいね」


「…………んん? これは……」



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