14 霊媒師がやってくる
次の日、私はフィーナへ教えたのと同じように、アレンに魔法を教えた。
習得にはフィーナよりも少し手間取ったものの、何とか《ファイア》を使えるようになった。
昨日から苦戦していたレキも、どうにか《アクア》を習得した。
これでようやく全員がスタートラインに立てたといったところか。
「やったね、アレン君!」
「あ、ああ。レキちゃんもおめでとう」
レキに手を握られ、露骨にそっぽを向くアレン。
何故か顔が赤いが、もしかしてレキが苦手なのだろうか。今朝は3人仲良く朝食の手伝いをしていたのに。
「次は精度の訓練よ。交代で切り株のレンガを狙って魔法を発動してみて。燃やさないように気をつけてね」
「はい!」
「もし火がついたらボクが魔法で消すね」
ちなみに女剣士とフィーナはクラウディアの代わりに買い出しに行って留守にしている。
今のところはディオス達が押しかけてくる気配もなく、平穏そのものだ。
まだヘレナを離れて1週間も経っていないのに、気が緩んでいくようだった。
こんな時が一番危ないというのに。
(……?)
その時、正門の方から声が聞こえる。
足を運んでみると、クラウディアが誰かと話し込んでいた。
「わざわざお時間を割いていただき恐縮ですわ。どうしてもお伝えしたいことがありましたので」
「はあ。旅の霊媒師様が、一体どういったご用件で?」
「実は……この土地から強大な悪霊の気配を感じますの!」
その声には聞き覚えがあった。
近寄ってみると、やはりあのエリーゼとかいうシスターだった。
今日は修道服の代わりに“悪霊退散”と書かれた白装束を纏っている。
「あ、悪霊かい?」
「ええ。せっかくなので少々霊視させてもらってもよろしいかしら?」
「はあ。お願いできるかねえ」
「では早速。……オンキリキリバサラ・アビランケン・ソワカ! 邪悪な霊よ、姿を現せ〜っ!」
手に持った棒を振り回しながら奇声を放つエリーゼ。
やがて庭の一点に指を向ける。
「! いましたわ! 葉と葉の間から恐ろしい顔でこちらを睨みつけております!」
「……ええ? あたしには何も見えないねえ」
キャベツ畑に何かいるらしいが、クラウディアがいくら目を凝らしても、モンシロチョウがのどかに舞っているのみ。
当然、私にも何も見えない。
「どうやら霊感の強い者にしか感知できないようですわね。最近、お体に変わったことはないかしら」
「うーん……最近、腰痛が悪化したような気がするねえ」
「悪霊の仕業ですわ、それ。このままではご家族まで腰痛に苛まれますわよ」
「それは困ったねえ……」
「とにかくまずは口寄せして解決の手掛かりを探らねば。さすれば悪霊よ、アタクシの体に憑依せよ!」
言うが早いか畑のほうに首を伸ばし、唇をとがらせて空気を吸い込む。
次に肺を抑えながら一通り悶えた途端、糸が切れたようにだらりと体を弛緩させるエリーゼ。
そしてゆっくりと顔を持ち上げると。
「ア゛ア゛ア゛……田ヲ返セ〜」
腐った残飯のような裏声が、その口から吐き出された。
「れ、霊媒師さま? 大丈夫かい?」
「霊媒師デハナイ〜。儂ハ300年前コノ地ヲ治メテイタ豪族ダ〜。百姓共ヲ従エナガラ年貢ヲ貪リ、平和ニ暮ラシテイタノダ〜」
悪霊が無事エリーゼに憑依したらしい。
眉間をよじらせ白目を剥き出しにした表情はどんびきの一言だった。
「ダガアル日、一揆ヲ起コサレ家モ田んぼモ失ッタ〜。オマエハ奴ラノ末裔ダナ。呪ッテヤル〜」
「ええっ、うちは500年前から続いておりますので何かの間違いでは?」
「1桁間違エタ〜。3000年前ダッタ〜。サービスデ今ナラ土地カラ退去スルダケデ勘弁シテヤル〜。サア土地ノ権利書ヲ置イテ去レ〜」
最近発行された公的書面を要求する太古の悪霊。
いい加減耳が腐ってしまいそうだった。
言うだけ言うと、エリーゼはがくりと膝を落として我に帰る。
「っ! はぁっはぁっ……! 口寄せはうまくいったようですわね。それで、悪霊は何と?」
「ええと、土地の権利書を寄こせと……」
「まあ! 残念ですが、そうしたほうが賢明かもしれません。ここまで強大な相手ではいくら天才霊媒師のアタクシでも手に負えな――ギョギョっ!?」
ようやく私と目が遭うと、エリーゼは陸に打ち上げられた魚みたいな表情をして固まった。
「どうかしたのかい? おや、ローザちゃん」
「……何、シスターは地上げの仕事もするの?」
「お、おどどどどど」
「ああ、どこかで見た顔だと思ったら新任のシスターさまじゃないかい」
顔を合わせたことがあるのだろう、クラウディアも気付いたようだ。
「汗が凄いわ。悪霊が出て行ってないんじゃないの?」
「い、いいいいや、これは」
うまく言葉が出ないのか、エリーゼはパクパクと口を開閉するばかり。
するとそこへレキとアレンもやってくる。
「どうしたのローザ? あれ、エリーゼさんだ」
「あ、本当だ。シスターだ」
更には、背後から近付く2つの影。
「ただいまおばあちゃん。みんなで集まってどうしたの?」
「よい肉が入荷してましたよ! おや、そちらは異教の僧侶ですか?」
買い物から帰ってきたフィーナ達にも囲まれ、まさに四面楚歌のエリーゼ。
全員の視線が集まる中、彼女は天を仰いで唸っていたが、やがて大きく息を吐くと。
「ふう。そういえばこの町で姉がシスターをしていたのを失念していましたわ」
まだ冷や汗が肌に浮かぶなか、涼しい顔で悪あがきをし始めた。
「……いや、さすがに苦しくない? もう化けの皮が剥がれてるのに、目の前で補修して何の意味があるのよ?」
「では敢えて言いましょう、それは着る皮次第だと。というわけで初めまして、アタクシはエリーナ。エリーゼの双子の妹ですわ。姉は町の役に立っているかしら」
「本当に図太いわね、あなた……」
「なんです、アタクシの家族構成を知ってもいないのに疑いますの? だったら証拠を出しなさい証拠を」
「そんなもの一緒に教会へ行けばはっきりするじゃないの」
「姉はしばらく出張だと聞いてますわ」
「たった今まで存在を忘れてたでしょうが!」
尻に火が点いてからの生存意欲に驚愕するものの、さらに衝撃の一言が告げられる。
「というわけで、除霊を続行しましょうか」
私は今度こそ耳を疑った。
「は、正気!? 生き恥を晒すだけよ!?」
「霊は存在します。そのことを証明するためにも、アタクシのプライドを懸けて祓って差し上げようではないですか。さあ悪霊よ、この退魔師エリーナが相手になりますわ!」
何も無い空間に向かいエリーゼは啖呵を切る。霊媒師ではなかったのか。
そして先手を打って躍りかかると、悪霊と取っ組み合いを始めた。
「ぐっ……やりますわね! ですが負けませんわよ! オノレ〜、ヤレルモノナラヤッテミルガイイ〜」
私達の前で繰り広げられる壮絶なエア肉弾戦。悪霊の声は引き続き本人が担当している。
このっこのっ、と宙にパンチを打ち込んだかと思えば急に地面を転がったりと、ほとんどただの喧嘩だった。
「どうして急に暴れだしたの……?」
「怖い……!」
「もしかして本当に取り憑かれているのでは?」
ドン引きする周囲をよそに悪霊との戦いは佳境へと突入した。
「霊と戦えぬ全ての人達の代わりに、アタクシは戦う! 奥義“陰陽道十絶符”! 悪霊よ、天に還りなさい! ……馬鹿ナ、コノ儂ガ! グ、グワアアアーー!」
印を結んだ先にいたらしい悪霊は無事に浄化され、茶番は終わった。
「ふうっ、ご安心ください。除霊は完了しましたわ。これでこの地は最低3000年は安全かと思われます」
「……ああ、そう」
「素っ気ないですわね。まあ、それはそれとして――」
すっと手のひらを差し出して、エリーゼは。
「除霊費用は金貨100万枚ですわ。これでも相場の半分ですのよ。え、払えない? それでは仕方ありません、土地の権利書で勘弁して差し上げますわ」
私が問答無用で魔法の溜めに入ると、まるで本物の悪霊にでも遭遇したかのような顔で霊媒師は逃げ出した。




