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13 安息

 コーエン滞在3日目。

 私はクラウディアの館の庭先でレキとフィーナを相手に、2度目となる魔法の授業を開始していた。


「それで、ちゃんとパスに魔力を送れるようになった?」

「うん、なんとか」

「はい!」


 アレンはジャスティに剣の稽古をつけてもらっている。3人まとめて講義したほうが効率いいのだが、ヒマで仕方ないからとあの女がワガママを言い出したためだ。アレンも剣を振るうのは嫌いではないのか、素直に指導を受けている。

 それと、やはりというべきか女剣士――ジャスティは館に居候することになった。

 昨日はクラウディアの発案で彼女の歓迎パーティーが開かれることになり、お陰で魔法の授業は先延ばしとなっていた。


「次は、習得したい下位魔法を魔導書から選んでもらうことになるわ」

「……あの、下位からじゃないと駄目なんですか? 初めから威力の強い魔法を覚えることは」

「残念だけど無理よ。『スキルツリー』って呼ばれてるけど、基本的に同属性の術式は下位と中位で繋がりがあるのよ。たとえば《ファイアボルト》を覚えるには下位の《ファイア》の習得が必須になってる」


 それに、同属性でも下位攻撃魔法Aと中位補助魔法Bがリンクしているとは限らないため、先を見据えた習得を心がけないと、要らない魔法を習得してしまうことになり兼ねない。


 また、スキルツリーは習得した魔法の数が増えるほど、魔法の習得が困難になっていく。

 下位程度ならば全属性をお試しで習得してもほぼ支障はないが、史上天才と言われた魔導士でも、最上位からさらに上の“神位”まで極められる系統は2種類までと言われている。相性が悪いほど習得に時間がかかり、しかも1度習得してしまうと術式は一生消失しないため、訂正は不可能。


 だから多数の属性に手を出してしまった魔導士は中途半端さから“虹魔導士”と揶揄されることも多い。

 あえて攻撃・回復・補助をバランスよく習得する人間もいるにはいるが、大抵はソロタイプだ。


「でもローザって、それこそ何でも使えてない?」

「そりゃ天才だもの。口だけだと思った?」

「……きっと魔法の才能がある分、人間性が犠牲になったんだね」

「どういう意味よ!? まあ、離脱に使える《シルフィウイング》以外、攻撃魔法に絞ったってのはあるわ」


 それと光属性に関しては相性の悪さから一切手を出していない。

 だから基本的に回復はポーション任せにしている。


「ただ同じ《ファイア》でも魔力との相性や術式に込める魔力で威力は変わる。発動も速いし魔力も節約できる。下位だからって覚えても無駄なわけじゃないわ」

「わかりました」


 返事がきたところで、私は魔導書を2人に渡す。


「魔導の真理がどうとか書かれてる部分は寝る前にでも読めば十分よ。魔法の項目に図式が載ってるでしょう。それが術式よ」

「この四角い箱みたいなの? もっと文字みたいのだと思ってた」

「キューブっていうのよ。見取り図と展開図が書かれていると思うけど、表面に紋様が書かれているでしょう? それを隅から隅まで頭の中で精確にイメージして、スフィアに当てはめることで術式のセットが行われるの」


 このやり方は“元素系統”全ての魔法で共通している。

 上位の魔法ほど再現するキューブの数が増えて術式も複雑になるが、1度覚えればスフィアが記録してくれるため、形を忘れても発動に影響はない。

 ちなみに習得がし辛くなるとは、正しい行程を踏んでいるのに記録がうまくいかなることを指す。


「イメージですか……」

「うーん、難しいなぁ」

「きちんとイメージできたら自動的に魔力が消費されるわ。好きなのを選んでやってみて」


 2人は色々眺めていたが、レキは《アクア》を、フィーナは《ウインド》を選んだ。

 それから互いに魔導書を交換しあいながら、頭を捻らせる。

 今のところはうまくいってないようだ。


「んー……駄目だ、うまくいかないや」

「何かコツって無いですか?」

「キューブ自体のイメージは線と線を繋げる感じで構わないわ。紋様は規則性があるから――」


 そうやって私のアドバイスを聞きながら、小一時間ほどが過ぎただろうか。


「! あ、できました!」

「えっ、本当?」


 先に声を上げたのはフィーナだった。


「うん。えっとね、スフィアの中にイメージしたキューブがずっと浮かんでるの。これで合ってますか?」

「ええ。そうしたら今度は試しに撃ってみて。使い方はスフィアにキューブをセットしてパスを繋いで魔力を流す」

「はい!」

「充填されたらスフィアが光るから、そうしたら今度はパスの反対側と撃ち出す部分を繋ぐの。今回は手の平でいいわ」


 目を閉じ、集中を高める。

 それからすぐ、彼女の手の平に魔力の渦が現れた。


「十分だと思ったらパスを切って魔力を放して」

「はいっ、《ウィンド》!」


 するとフィーナの手から放たれた魔力の風が草地を駆け抜け、雑草の葉を宙空へ舞い上がらせた。


「やった……わたし、魔法が使えた!」

「上出来ね。後は何度も使ってれば魔力の扱い方に慣れてくるわ」


 まだ精度も荒く魔力も十分に乗っていないが、初めならば十分及第点だろう。


「良かったね、フィーナちゃん!」

「ありがとう、レキちゃん!」


 手を取り合って喜んでいる。すっかり仲良くなったようだ。


「ボクも頑張らないと。でもこの魔術書、召喚魔法は乗ってないね」

「ああ。幻想系統はまた理論が違ってくるから、それぞれ魔術書が独立してるのよ。……後で見つけといてあげるわ」

「ほんと? ありがとう、よろしくね!」


 ふと、どういうわけかフィーナがこちらを見て微笑んでいる。


「何、どうかした?」

「いえ。2人とも姉妹みたいに仲がいいんだなあって」

「……ありえないわ」

「……うん」


 私達は思わず視線をそらす。

 それだけはない、有り得ない。

 何しろ、ほんの数日前まで私達はアレだったのだから。


「あれ……わたし変なこと言いました?」

「いえ。まあ、色々あるのよ」

「あくまで協力関係だからね」


 曖昧な返事をするしかない私達に不思議そうな顔をしていたフィーナだったが、その時、遠くからクラウディアの声が聞こえる。


「みんな、そろそろお昼にしないかい?」


 そこで授業は一旦終わり。

 私達が館へ向かうと、庭先に用意されたテーブルの上にはサンドイッチをメインにフルーツやベリージュースが用意されていた。

 そこに女剣士達も合流して、ちょっとしたパーティーになる。


「ふう、いい汗を掻きました」

「このサンドイッチ美味しいなあ!」

「聞いて、アレン! わたし魔法が使えるようになったのよ!」

「おれも師匠のお陰で剣の腕が上がった気がする!」


 レキも加わって4人は会話を弾ませていた。そんな様子を見ながら私はジュースを口にする。


「おや、ローザちゃんはみんなとお話しないのかい?」


 ふと、クラウディアが声を掛けてくる。


「私はいいわ。ああいうのは苦手なのよ」

「じゃあ、あたしが話相手になるよ」


 彼女はにこにこ笑ったまま、すぐ隣に腰掛ける。

 ……そういうのが苦手と言っているのだけど。


「いい天気だねぇ」

「……そうね」

「ありがとうね、あの子達に付き合ってくれて」

「私が付き合ったのはフィーナだけよ」

「それでも、ありがとうね」


 調子が狂う。

 最近は狂いっぱなしだが、とにかく狂う。


「……ねえ」

「何だい?」

「昨日、あのアホが浴室に乱入したんだけど」

「うん」


 アホで通じるくらいには、あいつはアホであるらしい。


「あいつ、石鹸を浴槽の中で使うのよ」

「ああ、だからお風呂を洗ってくれたんだね」

「泊めてる間は、気を付けたほうがいいわよ」

「わかった。でも、お世話するのも案外楽しいものだよ」

「あなたが良いなら、構わないけど」


 ――何か、言いたいことがあるんじゃないの。


 訊こうとしたが、私は最後まで言うことができなかった。


 結局、その日も私は彼女の館で世話になってしまった。


 他の連中がほったらかしているので夕食の後片付けをしていると、やはりクラウディアに感謝された。


「ありがとうね、ローザちゃん」

「別に、当然よ」


 もうこの地に用は無い。クラウディアの問題は、あの女剣士に任せておけばよい気もする。

 なのに、アレン達と談笑するレキに、私は声を掛けられずにいる。


 追手の気配は無い。

 もしかしてここは……安全なのだろうか。


 そして、4日目の朝を迎える。



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