10 魔導士、とらわれる
「普段は酒場の店員だったの、あなた」
ペンと注文表を持ったまま立ち尽くしている女剣士に訊くと、彼女はすぐに否定した。
「誰かさんのせいで無一文になったので、日雇いで働かせてもらっているだけです。このままでは旅が続けられませんから」
旅、ということはやはり冒険者なのだろうか。
まあどうでもいいことだが。
「それはご愁傷さまね。自業自得とも言うけど」
「くっ……今さらですが、財布ごと持っていくのはいくらなんでも過ぎた補償であったかと!」
「殺人未遂の案件を金で手打ちにしたんだから十分温情よ。それに家宝の剣と鎧は勘弁してあげたでしょう。ほら、チャイよチャイ。早く持ってきなさい」
「うぐぐ……少々お待ちを!」
他にも言いたいことがあるのかこちらを睨んでいたものの、女剣士は大人しく下がっていった。
それと入れ違いで店主が紙の束を抱えてやってくる。
「ほら、範囲がわからんから適当に持ってきたぞ」
「助かるわ。それと最近、同じようなことを聞いてきた人間はいるかしら?」
「んん? いや、ねえな」
それだけ言うと店主はカウンターに戻りまた同じように新聞を読み始めた。
日付を見ると、3ヶ月前の分をほぼ丸ごと持ってきてくれたようだ。
とりあえず上から順に目を通していく。
新聞は当たり前だが全国紙だった。
記事になっているのは“前線”での王国兵士の活躍ぶりや、穀物の価格が上昇したとか経済がらみの記事ばかりで、事件や事故となると王都近辺で起きたものがほとんど。こんな片田舎のちょっとした騒ぎでは記事にする価値もないのだろう。
無駄骨だったかと思い始めた矢先、コーエンの記事が目につく。
内容はコーエンの東橋が倒壊して一時通行止めという、教会の日誌にも記載されていたものだった。
(こんなどうでもよさそうなことが記事になるのね……ん?)
ふと記事の詳細が目に留まる。
それは、橋が倒壊する原因となった鉄砲水の影響で、町の外で待機していた王国でも指折りの貿易商であるカルナ商会の積み荷に被害が出たというものだ。
たしか日誌にこの下りは記載されていなかった。
「はい、お待ちどおさまです」
女剣士がやってきて湯気の立つティーカップをテーブルに置いていく。
「雑巾の絞り汁とか入れなかったでしょうね」
「しませんよ! そんな子どもみたいな真似!」
泥水と色が似ているせいで、いらない勘ぐりをしてしまう。
とりあえずにおいがまともなことだけ確認すると、チャイに口を付けつつ記事の続きに目を通す。
つまり有名どころが関係していたために記事として取り上げられてしまったのだろう。実際、それなりの損害が出てしまったことが記述されている。
(でも日誌にはこんなこと書いてなかったわよね……)
単なる書き漏れにしては、どうでもいいことまで記録していた教会が珍しいミスをしたものだと思う。
まあ、肝心のレキとの接点は見出せそうになかったが。
「その記事がどうかしたんですか?」
「いや別に……いぃっ!?」
振り向けば目と鼻の先に女剣士の横顔。
まったく気配を感じなかったため、変な声が出てしまった。
「まだいたの!? さっさと仕事に戻りなさいよ!」
「そう言わずに。もう和解したんですから、今後は友好を深め合いましょう」
「自分に襲いかかってきた人間と仲良くする物好きがどこにいるの」
「そういえば一緒にいたあの子は? というかまだ貴女のお名前を聞いてませんでしたね」
「言うわけないでしょう。ヒトの話を聞きなさいよ」
「ケチ。わたしはちゃんと自己紹介したのに」
「あなたが勝手に名乗ったんでしょうが!」
つ、疲れる……!
何がしたいのよ、この女。
「じゃあ勝手に名付けます。そうですね……ちーん、ぽくぽく」
「早くどこか行ってくれない」
「ポーンときました。貴女は今日から“ジャスティスカーレット”。愛称はスカ子です。レッドだとリーダーっぽくなってしまうので」
「わかってはいたけどネーミングセンスゼロね、あなた……」
正義から離れなさいよ、少しは。
その後も絡んでくる女剣士に辟易しながら、どうにか私は全ての記事に目を通した。彼女がウザ過ぎて内容はほとんど頭に入って来なかったが、他に目を引くようなものは無かった気がする。
「疲れた……ほら、お代」
「ありがとうございます。またのお越しを」
「2度と来ないわ」
「あ、そうだ。スカ子はまだこの町に滞在するのですか?」
「言いたくない」
「宿はどちらでしょう? 恥ずかしながらこちらのお給金だけでは宿代が足りず、このままだと昨日に続いて馬小屋で寝る羽目になってしまいます」
「温かそうで何よりね。あと泊めない」
「むう……ケチ、どケチ」
「ケチで結構。さようなら」
ふくれっ面したって駄目なものは駄目だ。なにか家畜臭いと思ったらそのせいだったのか。
用の済んだ私はさっさと踵を返して次の酒場へ向かう。
もしかしたらと思ったが、さすがに彼女が追いかけてくる気配はなかった。
◇◆◇◆
「ふむ、これでは会話もできません。どうしたものか……」
◇◆◇◆
町を巡り終える頃には、太陽が徐々に西へと傾いていく時間になっていた。
結局、役に立つような情報はほとんど手に入らなかった。
市場にも立ち寄ったが、少なくともコーエン周辺で記憶に残るほどの出来事は無かったようだ。
もっともそんなにあっさり手がかりが見つかるなら、追手だってレキの所在をつかむのに3ヶ月以上も時間を掛けていないだろう。
だがわかったこともある。
まず、レキが“川から流れてきたこと”に追手は関係していない。
聞いた限りでは連中がコーエンで人探しをしていた形跡は無かった。つまり、レキがヘレナの町にいる事実を突き止めたのは、十中八九偶然なのだ。
『たまたま私達のパーティーに風貌がそっくりな新人がいるのを耳にして、調べたら驚くべきことに当人だった』
あくまで予想だが、そんなところだったのではないか。
王国北方の捜索はそれくらい優先度が低く逃亡先として有り得ない場所だった。
逆に言えばレキは――もしくはいるとするなら、レキを逃がした誰かは、このあたりならば追手の目を逃れて生きていけるのをわかっていたのでは。
もしかしたら……私達に捕まらず悪目立ちさえしなかったら、レキは平穏無事に生きられたのかもしれない。
……いや。
レキを探して少なくとも3つの勢力が動いている。
目的のためなら殺人すら躊躇しない奴らが。
(あの鈍臭さじゃ無理よ。放っておけば遠くない内に見つかってたわ)
どのみち命を狙われる理由がわからなければ、解決しようがない。
リヒトの言う通り――
――そうやって今の自分を正当化しているのね。素晴らしいわ、ローザ。
……なにが。
――あなたのことは何でもわかる。ちょっと考えちゃったんでしょう? もしかしたらあの子と友達になれるかもしれないって。なついてるものね、彼女。
……考えてないわよ、弱者は嫌い。
――素敵ね。もしかしたら虐げた人間と心を通わせられるかもなんて、傲慢で、不遜で、意地汚くて、美しいわ。
……だから、私は。
――安心なさい。あの子はちゃんとあなたを憎悪してるから。たまに笑顔を向けられたとしても、いじめられないように、懸命にあなたの機嫌を取っているだけだから。
……うるさい。
――心はずたずたなのよ。あなたが近くにいるだけで本当は夜も満足に眠れていない。あなたがそうしたのよ。あなたの望むままに。
……うるさい、うるさい。
――忠告よ、可愛いローザ。夢を忘れるな。ここ数日のお前は気が抜けている。少し前ならあの子も、あの婆も、あの女剣士も――
「うるさいっ!!!!!」
何もない空に向かって、叫ぶ。
気が付くと私は小麦畑に囲まれた農道の中を歩いていた。
いつの間にか私の足は館へ向かっていたようだ。
「…………馬鹿馬鹿しい」
誓ったでしょう。1度言ったことは守るって。
だから破れない、見捨てられない。
それだけよ。問題が解決したら、また元に戻る。
「…………?」
小麦の海に吹く風に乗って喧騒が聞こえてくる。
遠くに目をやると、クラウディアの館の庭先にガタイのいい男達が集まっている。小柄な誰かを取り囲むように。
クラウディアだった。
いつもの朗らかな笑みは消え失せ、しわくちゃな顔に初めて見る悲しげな表情を浮かべていた。
「いい加減に出ていけ死にぞこないめ! ここはオレの家だ!」
男達の中心にいる人物の声が風に乗って耳に入る。
それは怒りと憎しみの入り混じった、吐き気が込み上げてくるような声だった。




