09 魔導士、再会する
次の日。
山から顔を出したばかりの太陽が照らす館の庭先にて。
「いい? よく見てるのよ」
畑の横の切り株に私は杖を向け、魔力を集中させる。
すぐ脇ではレキとクラウディアの孫2人がこちらを注視している。
「《サンダー》」
雷属性の下位魔法を発動させると、天空から蒼光が閃き切り株の中央に炸裂する。
拡散して怪我をしないように威力は絞ったものの、年輪の中央部分は黒く変色して深い溝が刻まれていた。
「すごい……初めて見た!」
「他のも見たいです!」
面倒ながらもリクエストに答えて《ファイア》で火を付け《ウインド》で勢いを煽り《アクア》で消化する。
その間もアレンとフィーナの2人は感嘆の声を漏らしていた。
「ほんものだ。本物の魔導士なんだ!」
当たり前でしょう。嘘ついてどうするの。
「ローザは自分で自分を天才っていうぐらい実力があるんだよ」
「本当!? なら今度から天才って呼んだほうがいいですか?」
「それはやめて」
レキの言葉におとなしめの印象だったフィーナが目を輝かせて言ってくる。
改めてヒトに言われると羞恥心がこみ上げてくるから不思議だ。
「自分の目で見て心が決まりました! おれたちを弟子にしてください!」
「だから、私はそういうことはしないのよ」
殊勝に頭を下げてくるアレン。
本当、どうしてこうなったのか。
昨日の夜、私とレキの会話を盗み聞きしていた2人は、自分達も魔法を教わりたいとお願いしてきた。
もちろん私は断った。
弟子を取る気などないし、そもそも情報収集が終わればすぐにでも町からは出立するのだから1日や2日で何を教えられるというのか。
そのことを告げても、攻撃魔法を1つだけでもいいからとアレン達は動こうとしなかった。
理由を訊けば「お、おれたちも冒険者になりたいんです」と一目で嘘だとわかるような顔で言ってくるものだから、怪しさも何もあったものではない。
尚も食い下がってくるので困っていると、魔法を見せるだけならいいんじゃないかというレキの言葉で、ようやく2人は折れてくれた。
もう遅いから明日ということにはなったものの、当たり前のように用意されていた朝食を食べた私は、ずっと後ろをついてくる2人を振り払うわけにもいかず、今に至る。
「お願いです。おれたち、強くなりたいんです」
「意気込みは買うけど、付け焼き刃で魔法を覚えても力にはならない。地道に剣でも振ってるほうがよほど強くなれるわ」
「駄目なんです……! 今すぐじゃないと!」
ほらやっぱり嘘だった。
理由なんて聞いたら面倒臭くなりそうだから聞かないけど。
遠くでは、こちらをニコニコしながら見つめるクラウディアの姿。
あまり気にしなかったが、これだけ広い館に住んで悠々自適な生活を送っているなんて、なかなかの身分だと思うのだが。
「ねえローザ。ボクも2人と一緒に勉強したい」
何を思ったか、レキも並んでお願いしてくる。
「はあ……わかったわ。でも本当に少しよ」
「やった! よろしくお願いします、師匠!」
「ありがとうございます! レキちゃんもよろしくね!」
「うん! フィーナちゃんもよろしく!」
手を取り合って和気あいあいとする3人。なんだかいきなり仲良くなっている。このぐらいの年頃だとそんなものなのだろうか。
普段だったら断固拒否するのだが。まあ、一応クラウディアに泊めてもらった借りもある。借りはすぐに返さないと気分が悪い。
どのみちレキにも教えるのだし、この際3人でもかまわないだろう。
「それじゃ、まずは2人の魔力を見るから――」
「「はい!」」
杖を貸して、レキと同じ手順で魔力の色を見る。
2人とも魔力は“陽”。
アレンは“赤”でフィーナは“翠”だった。見事にばらけたものだ。
「そうしたら術式を構築する“スフィア”と“パス”を移植するから動かないで」
「え? どういうこと?」
「説明はあとよ。とりあえず現物を見せたほうが早いわ」
言葉を遮って、レキの額に人差し指をあてる。
そして指先に魔力を送り自分の中のスフィアを分裂させ、粒子の糸であるパスと合わせてレキの中に流しこむ。
「わ!? 何これ?」
文字通り脳裏に何かが浮かぶ感覚にうろたえるレキ。
無理もない、私も初めはそうだった。
「球体がスフィアで糸がパスよ。別の魔導士からスフィアとパスを分けてもらって、初めて魔法は使えるようになる。術式を覚えて魔法を習得していくと数も増えていくわ」
同じ手順でアレンとフィーナにも魔力を送る。
「うわっ、なんだこれ!?」
「なんだか変な感じ……」
見えないのに見える何かがそこにある。
慣れないうちは違和感があるが、それが魔導士の証でもある。
「魔法は、スフィアに投影した術式にパスを通して魔力を流し込むことで発動する。まずはパスに魔力を送り込んでみて」
「そう言われてもよくわかんないよ。コツとか無いの?」
「イメージよイメージ。私の杖に魔力を流した時みたく、今度はパスの中に流す姿を描くの。うまくいけばパスが発光するはずよ」
感覚的なことだから、こればかりは頭と体で覚えるしかない。
「んー……あ、今ちょっと光ったかも」
「ほんと? どうやったの?」
「いけーって強く考えたら動いてくれた」
「なるほど……むむむ……!」
「いけー、いけー!」
眉間にシワを寄せながらうんうんと唸る3人。
相談したり切磋琢磨できる相手がいるなら、昼までには物にできるだろう。
「それじゃ、私は今のうちに町で情報を集めてくるわ。ちゃんとできるようになるのよ」
「えっ。じゃあボクも」
「2人で動き回ったら目立つから得策じゃないわ。知り合いができたんでしょう、一緒に練習してなさい。昼過ぎには戻るから」
「……うん、わかった」
少しの間、離れるくらいなら問題ないだろう。
私は杖を手に立ち上がるとその場を後にする。
しばらく経ってから振り返ってそちらを見ると、3人は変なポーズを取ったり掛け声を出してみたり、色々と試行錯誤しているようだった。
(……そういえば魔導書も買わないといけないわね)
適当に安いのが売っていればいいのだが。
情報集めついでに魔道具屋探しも頭のすみに置きつつ、私は穂先揺らぐ小麦が導く農道を歩いた。
◇◆◇◆
話題の集まりやすい場所といえば酒場。
クラウディアによれば、人口600前後の町であるコーエンには主要な酒場が3つ存在しているらしい。
とりあえず1つ目の酒場は広場に出てすぐに見つかった。
開け放しのドアを通ると、まだ昼休み前のためか7つのテーブルとカウンター席に客の姿は無かった。
「ねえ、いいかしら」
カウンターの内側で新聞を読みながら油を売っている店主の男性に話を切り出すと、彼はちらりと横目だけをこちらに向けた。
「何か用かい」
「3ヶ月くらい前だけど、この辺で記憶に残るような騒ぎは無かったかしら?」
漠然とし過ぎだが詳細を話すわけにもいかないのでこんな言い方になってしまう。
「覚えてねえな。昨日、街道を荒らしてた賊が取っ捕まったのは朗報だったが」
「記憶してるほどのことは無かったってことね」
「ああ。ただ3ヶ月前の新聞なら取ってあるぞ」
「本当? 見せて」
「率直だな。なら持ってくるから注文ぐらいしていけ」
「ならエール……いえ、やっぱり待ってる間に決めておくわ」
今は酔っぱらってる場合ではないと、近くのテーブル席に腰掛けて壁のボードに手書きされた料理の一覧を眺める。
「おう。……おーい、芋の皮むきはもういいから、客が来たんで注文を聞いといてくれ」
「はいっ! お任せください!」
他にも店員がいるのだろう。厨房のほうから女性の声が聞こえてくると、店主はカウンター横の階段を上がっていく。
私がボードを眺めていると、間もなくバタバタとした足音が近付いてきた。
「お待たせいたしました。ご注文は何にいたしま――!?」
「じゃあチャイを。砂糖はナシで……っ!?」
なぜか途中で言葉を止めた店員に目を移した私は、思わず言葉を失った。
長い金髪に蒼い双眸。現在はフリルのついたドレス衣装に身を包んでいるものの、間違いない。
「そのゴクアク人顔は――あっ、ゲフン、失礼」
忘れたくても忘れられない。立っていたのは、つい先日私を襲撃してきた女剣士ジャスティだった。
そして“極悪人”って言ったわね。また慰謝料をふんだくるわよ。




