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08 魔導士、魔法を教える

「ただいま帰りました。……わあ、いい香り!」


 私達がクラウディアの館に戻ると、中には香ばしい匂いが漂っていた。


「ローザちゃんもレキちゃんもおかえりなさい。ちょうどお夕飯ができたところだよ。お風呂も沸いてるけど先に入って来るかい?」


 厨房から姿を現したクラウディアが何一つ裏の有りそうにない笑みを浮かべて応対する。

 ここまでくると罠だとか考えるだけ馬鹿馬鹿しかった。


「どうする?」

「うーん、先にご飯でもいい? おなかすいちゃった」


 レキがお腹をさすりながら言う。

 昨日から水とパン以外口にしていなかったし無理もないだろう。かくいう私もそろそろ胃が音を立てそうなくらいには空腹を覚えていた。


「じゃあ先にご馳走になるわ」

「うんうん。用意しておくから、荷物を置いてくるといいよ」

「はい!」


 それぞれの客室に戻って着替えだけ済ませると、食卓のある部屋に向かう。

 中に入ると、すでにクラウディアと彼女の孫2人が席に座っていた。

 そしてテーブルの上には、色とりどりの野菜が贅沢に盛られたスープと肉汁を滴らせる肉料理の他、サラダや果物の乗った皿が隙間もないほど敷き詰められていた。

 酒場でもこれだけの贅沢はなかなかできないだろう、どれもこれも食欲をそそられるものばかりだった。


「ずいぶん豪盛ね。1人で作ったの?」

「まさか。孫達にも手伝ってもらったんだよ」

「料理できるんだ、凄いね! ボクもいつか作れるようになりたいなあ」


 隣の椅子に座ったレキが、対面に座るアレンとフィーナに声を掛ける。

 しかし2人はまだ硬い表情のままぺこりと頭だけを下げただけだった。


「それじゃみんな揃ったところで、いただきます」

「「「いただきます」」」

「……いただくわ」


 スプーンを取り、スープを口に運ぶ。

 柔らかく煮詰まった食材と暖かな感触が口の中を満たしていく。


「もぐもぐ……わぁ、お肉もスープもすごくおいしい!」


 出された料理を次々と口に運ぶレキ。その横で私もゆっくりと咀嚼する。

 誰かの作った料理を食べたのはいつ以来だろうか。

 酒場で出されるものも人の作ったものに違いないけど、こういうのは、やはり別だ。


「ローザちゃん、お口に合ってるかい?」

「ええ。美味しいわ」


 良かった、とほほ笑むクラウディア。


「ローザはひねくれてるから人を滅多に褒めないんです。だから、美味しいって言っただけでもすごく喜んでます!」

「あなたねぇ……」

「事実でしょ。魔物の討伐を終えた時だってむすっとしてるじゃない」


 そうかしら。そうかもね。

 何でもいいわよ、もう。


「ふふっ。2人とも仲が良いんだねえ」


 そして終始にこにこしているクラウディア。

 今のどこに仲良しの要素があったのか、さっぱりだった。


「あの」


 その時、横からアレンが声を上げる。


「魔物の討伐って、ローザさん達はもしかして冒険者なんですか?」

「ええ。今は休暇中だけど」

「……ランクは?」

「Aよ」


 すると、アレンとフィーナは1度顔を見合わせてから自分達だけでひそひそと相談を始めた。何なのだろう一体。


「冒険者なんて凄いねえ。このあたりもたまに魔物が荒らしにくるから、助かってるよ」

「別にずっとやってるつもりは無いわ。実力を身につけていずれは宮廷魔導師になる。そうしたら次は貴族よ」

「おや、立派な夢だねえ」

「動機が不純すぎるんだけどね……」


 素直に感心するクラウディアと呆れた様子でこちらを見るレキ。


 その後も、おもにクラウディアと世間話をしながら私達は穏やかな食事の時間を過ごした。

 片付けを手伝った後は入浴を済ませ、そのままその日は就寝――とはならなかった。


「じゃあ、始めましょうか」

「うん。よろしくね」


 部屋にやってきたレキをベッドに座らせ、私のほうは椅子に腰を下ろす。


 魔法を教わりたいというレキの願いを叶えるため、私達は1日に少しずつでも魔法の講習を行うことにしていた。

 リヒトの部屋に潜伏していた際に簡単なレクチャーをしてから、今日で2回目になる。


「あ。そういえば馬車でボクの魔力の色のことを言い掛けてたよね」

「その前におさらいだけど、魔法の属性はいくつあるか覚えているかしら?」

「うん、全部で12だよね」


 そう。

 魔法の属性は全部で12種類。


『火』『水』『風』『土』『雷』『闇』『光』が基本の7属性にして“元素系統”。

 対して『変性』『精神』『召喚』『不死』『秘跡』が“幻想系統”と呼ばれ、全ての魔法はそのいずれかに分類される。


 前者を“陽”、後者を“陰”として、この世界の人間は必ずどちらかの適性を持った魔力を生まれながらに有している。

 一般に魔力の色が赤・青・緑など基本色に近いほど陽、逆に黒や白の無彩色に近く透明度が高いほど陰に分類される。

 それらは、杖や水晶などマジックアイテムに魔力を流すことで誰でも確認できる。


「あなたの場合は少し青が乗っているけど透き通っていて白色の割合が強いから“陰”ね。つまり幻想系統と相性がいいわ」

「うーん、《ヒール》は光属性だよね。残念……」


 レキは回復魔法に興味があったのだろう。

 確かに光属性には《ヒール》に代表される回復魔法や《ディスポイズン》といった解毒魔法が多数存在する。

 だけど。


「悲観することないわ。術式さえ習得すれば適性に関係なく魔法は使えるもの。それこそ最上位クラスでもね」

「えっ、そうなんだ」

「魔力はあくまで燃料。それに青色の魔力は水属性と相性がいいのよ。水属性には《アクアリジェネレイト》に代表される回復魔法があるし、補助魔法はむしろ光よりも豊富だわ」


 もちろん性質の合わない魔力では消費も激しくなるし、威力にしたって本業にはどうしても見劣りする。

 だがその差も、絶望的なほど開いているわけではない。


「一昔前ならともかく、今は魔力が不足してもマナポーションがあるし、威力や効果を増幅するアクセサリは魔道具屋でいくらでも注文できる。才能なんてものはイマドキ誤差なのよ」

「……」


 本人の追い求めるものがその道の極みなら――山1つ消し飛ばすほどの大魔法や、切断された腕を瞬時に生やすような奇跡だったなら――間違いなく壁にぶつかるだろう。

 だけどレキが目指しているのは“普通”。


「向いていることとやりたいことが合致しないのは誰にだってある。重要なのは目指したい自分に向かってブレずに行動できるかよ。わかるわね」

「うん、わかった!」


 ()()()()()なら本人の努力次第でいくらでも道が開く。

 それに魔導で得た力は、問題が解決した後でもレキ自身を守る術に繋がるはずだ。

 魔導に“老い”は無いのだから。


「ただ言っておくと“陰”の魔力適性ってレアなのよ。それこそ100人に1人くらいの割合らしいわ。遺伝によるところが大きいらしいけど」

「そうなんだ……運が無いんだね、ボク」

「だから悲観しないでって言ってるでしょう。さっき魔法は誰でも使えるなんて言ったけど、元素系統と違って幻想系統は陰の魔力が濃くないと発動できないのよ」

「えっ……」

「何回か見ていると思うけど、私の魔力は黄金(こがね)色。陽の魔力の中でも雷属性に特化している分、そっちには手が出せなかったわ」


 幻想がどうして幻想と呼ばれているか。

 それは魔法という言葉の原点、いわゆる奇跡の概念に近いからだ。


「元素魔法って、なんとなく理屈がわかるじゃない? 火を生み出せるんだから球状にして撃ち出すこともできるし、氷を槍状にするのも水属性なんだから、まあ()()()。けれど幻想魔法には、どうしてそうなるかって概念が無いの」


 代表的なところで言えば、自分の顔を別人のものに作り変える変性魔法の《キルケー》、異性を魅了し意のままに操る精神魔法の《チャーム》、異界の生物を呼び出し使役する召喚魔法の《クレイドール》などだ。

 どれも“そういうものだから”としか説明がつかないのが幻想魔法。

 術式に関しても幻想魔法に比べて圧倒的に難解で、1割ほども解明されていない。


「だから、私からすれば羨ましくもあるってことよ。未知の分野を手にする強さを秘めているのだもの。たとえ思い描く自分と違っていても、もう少し柔軟に考えるのもアリだと思う。特に術式の習得は、失敗できないものだから」

「……うん、わかった。もうちょっと考えてみるね」


 人に考えを伝えるのは苦手だけど、言いたいことはどうにかわかってもらえたようだ。


「でもギルドにそっち系統の魔法を使える人っていなかったよね」

「それは無理もないわ。さっきも言ったけど魔力適性が合わないと幻想系統は使えないし、変性魔法と精神魔法は使用自体がほとんどの国で禁止されているのよ」

「え、そうなの?」

「当然といえば当然だけどね。簡単に他人へなりすませたり、人を意のままに操れたらパニックが起きるわ」


 それこそ王族や権力者が魅了されれば国が傾いてしまうのは想像に難くない。

 規制が敷かれた現在でも会議や調印式の前では念のため参加者への解呪が必須になっているほどだ。

 習得のためには魔導士連盟の厳重な審査に通り公認魔導士になるしかなく、研究目的での使用にも事前許可が必須となっている。


「それなら残ってる中だと召喚魔法はちょっと興味があるかも。あと『秘跡』っていうのはどんなことができるの?」

「ああ、秘跡は……待って」


 ふと部屋の外に気配を感じて、私は杖を手に席を立つ。


(追手……じゃないわね。この気配は)


 無言でドアを開くと、いつからいたのか、そこにはクラウディアの孫2人が立っていた。


「何か用」


 私の問いに、少し背中を震わせた2人だったが、やがてアレンが口を開く。


「あの……おれたちにも、魔法を教えてくれませんか」

「は……?」


 今日はもうさすがに訪れないと思っていたのに、またもや厄介事が舞い込んできた瞬間だった。



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