07 魔導士、釈明される
「ふむ、これは由々しき事態ですわ」
顎に手をあて唸るエリーゼ。
それから間もなく。
「アナタ達、もしかしてアタクシが『怨霊が取り憑いていると不安を煽り、何の効果もない壺を売りつけ詐欺行為を働いた』と思っておりません?」
「えっ、違うの?」
「全くの誤解ですわ。名誉毀損で訴えますわよ」
「実際に毀損されてからにしなさいよ」
「真実をお話ししますと、今のは彼の『こころの健康』に必要な行為だったのですわ」
勝手にべらべら自白したくせにわけのわからないことを言い始める修道女。
「心の健康?」
「ノンっ! こころの健康です。アクセントを間違えないように、もう1度」
「こ、こころの健康」
「声が小さい、もう1度!」
「こころの健康!」
「トレビアン! 発音次第で単語はがらりと意味を変えてしまいます。お気をつけなさい」
知らないわよ、何コイツ。
レキもわざわざ反応しなくていいのに。
「実はあの商人の男、国から開拓事業を受注する際、ライバルを蹴落とすために入札元と談合しておりましたのよ」
「あなたが裏で手を回したらしいわね」
「いいからお聞き! それを聞いたアタクシはその罪深さに滂沱の涙を流しましたわ。彼の心は悪意という“病魔”に取り憑かれていたのです。霊ば……聖職者としてはとても見過ごせるものではございませんでした。しかし、このまま死力を尽くしてお止めしても強欲にまみれた彼は止まらないことも同時に悟りました。そこでアタクシは敢えて、素知らぬ顔で彼に協力することにいたしましたの」
「……」
「傍から見れば、共犯とも受け取られかねない行為にどうして手を出したのか。もうおわかりですわね。事業で得た莫大な利益をアタクシがそっくり頂くことにより、よこしまな気持ちで手にした金など泡沫のように消え去ることを思い知らせて差し上げたのです。そう、これは――こころを癒すための紛れも無き治療行為だったのですわ!」
……なんというか、本当によく口の回る女だった。一瞬でここまでのゴタクを思いついたのなら空恐ろしい才能だ。
そして間違いなく時間を無駄にした。
「あの、どうでもいいから」
「よくありません。アタクシに落ち度がないことを証明しなければ、上にチクられる恐怖で夜も眠れませんわ!」
「ええ、面倒くさい……」
「こうなったら逃げも隠れもいたしません! どんな質疑にも応じますわ!」
こちらは早く用を済ませたいだけなのに、声を張り上げ立ち塞がるエリーゼ。
こんなのに付き合わないといけないのかと、げんなりしながら私は口を開く。
「金をしっかり着服してるのはどういうこと?」
「押収と言いなさい。まずお金はすぐ使ってしまう予定でしたので、右から左に金銭を流してしまうことをアタクシの感覚では所持と考えておりませんでした。そのあたりに認識のズレがあったと思われます」
「でもエリーゼさんが手を貸さなかったら悪さもできなかったんじゃ」
「アタクシが断ったところで別の誰かに話を持ち掛けるだけですわ。結果的にアタクシは増長を未然に防いだと言えるのではなくて?」
「不正自体は野放しでしょうが!」
支離滅裂な論理を平然と押し通す肝の強さはどこから来るのか。
その後も修道女エリーゼは屁理屈を並べ立ること小一時間、私とレキはすっかり精神をすり減らされてしまった。
「あの、ごめんなさい。もう口答えしませんから……」
「もういいでしょう。あなたのことは口が裂けても言わないから……」
「ウフフ、アタクシの善行を理解してもらったようで何よりですわ」
私達が根を上げると、エリーゼは憎たらしい顔をして微笑んだ。
「で、どう言ったご用件でいらしたの? あ、わかった懺悔ね。アナタ憎たらしい顔してますものね」
「その減らず口を溶接してやる!」
「おさえておさえて! あのボク達、この辺りで起きた事故の記録を見せて欲しくて来たんです」
「記録ぅ? 構いませんけど理由は?」
「ええと……」
理由を問われるとは思わなかったか、レキが言葉に詰まる。
「……事故の関係者にこの子の親族がいるかもしれないのよ。相続に関わってくるって言えばわかるでしょう」
「ああ成程。なぁんだ、アナタ達も同じ穴のムジナじゃありませんの」
私の“かまかけ”に、都合よく勘違いしてくれる修道女。
一緒にするな、金の亡者が。
「そういうことでしたら記録のある資料室は反対側の扉を入って右の部屋ですわ」
「ちゃんと記録してるんでしょうね」
「アタクシほど真面目な人間はおりませんわよ。もっとも赴任してまだ1ヶ月ですし、それ以前のことは預かり知らぬことですが」
それは既にクラウディアから聞いている。
私達の目当ては3ヶ月前の記録だから、たとえ疑問があっても聞くだけ意味がないということだ。
「鍵は開いておりますので、閲覧が終わったら一声お掛けくださいな。書き写すのは構いませんけど、持ち出しはご法度ですわよ」
名前くらいは聞かれると思っていたので――もちろん偽名を使うが――ここまで自由に開示されているのは意外だった。単にこいつがいい加減なだけかもしれないが。
私達は教えられた通り、資料室に移動する。
道すがら「疲れた」とレキが弱音を漏らした。さすがにアレの相手は堪えたらしい。
資料室の中は静まり返り、書物独特のにおいが立ち込めていた。
壁際には木製の本棚が整然と並び、その中に教会行事に関わる記録簿に混ざってコーエンの日誌が区分されている。
目当ての事件・事故を記載した日誌はすぐに見つかった。
さっそく中央のテーブルに移してレキと一緒に目を通す。
「かなり細かく書いてあるね」
「細かすぎよ。これじゃ代行というより代筆だわ。言われたことをそのまま書き記しているだけじゃない」
報告欄は市民や衛兵からの報告という出だしに始まり『~とのこと』で埋められていて、まさに聞いた話をそっくり写しただけという印象だった。
内容も家畜が逃げ出したとか小麦に虫が湧いていたとか、どうでもいいようなものばかりで取捨選択がまったくなされていない。
裏を返せば細かいことまで記録されているということなのだが、お陰で内容を吟味するのに時間を取られてしまった。
ともあれ、レキが川で拾われた日から逆算して関係性がありそうな事件・事故は3件に絞られた。
・コーエン郊外で王都に向かう商隊の物資が山賊の襲撃に遭い、荷物の一部がウォルド川に転落。
・南部の平原で原因不明の火災発生。すぐに鎮火されたものの焼け跡から身元不明の男性の遺体が発見される。
・2日前から続く大雨により河川が氾濫。東橋が倒壊し一時通行止めに。
要約するとこんな感じだ。思ったより数は少ない。
「どう? ひっかかるものはあった?」
レキは黙ったまま首を横に振る。
他の記録にも目を通すものの、思い当たるようなものはなかったようだ。
まあ、ただ文字の羅列を見ただけで記憶が戻るなら苦労は無い。
日誌の内容だってあくまで証言だけで書かれたものであり完全ではないのだ。
手探り状態の中で、もしかしたら関係しているかもしれない材料を徹底的にかき集める。今はそれでいい。
一応めぼしいものをメモに取って私達は部屋を出た。
「無駄足だったね。ごめん……」
「なに謝ってるのよ。前に言ったでしょう。別に思い出さなくても私がどうにかするって」
「でも……」
「それにちゃんと収穫はあったわ」
「えっ、そうなの?」
「“記録されるほどの大事は無かった”。それだけでも十分よ。可能性を1つずつ消去していけば確実に真相は見えてくる。焦らなても大丈夫。ゆっくりいけばいい」
するとレキが立ち止まってこっちを見る。
「どうかした?」
「……ううん。ローザ、やっぱり丸くなったなあって」
「は?」
「だって少し前なら『謝ってるヒマがあればしっかり思い出せ』ぐらい言われただろうし、“大丈夫”なんて絶対言ってくれなかったと思うから」
「……気を使ってあげてるのよ。ヘソ曲げられたら困るのはこっちなんだから」
「ふふっ」
その後で変な顔をするレキ。
何がおかしいのかさっぱりだ。
エリーゼのいた部屋に戻ると、彼女は右から左に流すはずの金貨をアルコールで丁寧に磨いていた。
「あらもうお帰りですのね。首尾はどうでしたの?」
「上々よ。……ちなみに最近、私達と似たような理由で誰かここに来なかったかしら?」
「ふむ? 教会関係者以外では心当たりありませんが」
「……そう」
適当に挨拶を済ませて私達が教会を出ると、空の色はすでに赤みを帯びていた。
「すっかり時間を食ったわね。今日はもう帰りましょうか」
「うん。クラウディアさんのご飯楽しみだね!」
追われる身であることも忘れ、軽い足取りで雑踏を進むレキ。
小さな背中を見つめながら、私もその後を追った。




