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06 魔導士、悪徳シスターに遭遇する

 教会は市街地を挟んで反対側の郊外に建てられていた。

 ステンドグラスに彩られた建物には特徴的な聖十字のシンボルが掲げられている。


「大きな建物だね」

「そりゃ、金だけは持ってる連中だからね」

「神様を信仰してるんでしょ? なんて神様なの?」

「聖マレア……全ての生命に“祝福”をもたらす者らしいわ」


 曰く、薬師であった初代教父の前に降臨したマレアが、その力の一部を分け与えて楽園へと招いたのが教会の始まりとされている。

 その教義は実にあっさりしたものだ。



 ――喜びはあまねくマレアが産み、哀しみはあまねくマレアが呑む。


 人間が重ね続けた罪深さに、創造主は冥門を解き放った。


 現世で地上に苦しみが溢れているのはその業ゆえ。何もせず不浄な行いを繰り返せば、いずれ我々の魂は地獄に堕ちる。


 マレアを愛し、祈り、清廉を心がければ、その洗礼を受けた魂は死後、楽園へ導かれる。


 全ての人間が真に楽園を望む時、マレアは扉を永遠に解き放ち、地上の全てが祝福に満ちるだろう――


 要するに『神を信じてみんなで良いことをすれば楽園に行ける、だから清く正しく生きましょう』という、子どもでもわかるような信仰を掲げているのが聖マレア教会だった。


 誰でも実践できる教義は民衆に広く受け入れられ、大半の国で主流宗教となった今では、指導者である大教父に代わり“洗礼の儀”を実行する司教の意見が国政と結びつくほどまでに教会の影響力は大きなものとなっていた。


「うーん……祝福っていわれてもピンと来ないなあ」

「けどあなたがこの国の出身なら、あなたもマレアの信徒になるのよ」

「えっ、どうして?」

「だって国教だもの。信仰は王国民の義務であり強制なのよ。もちろん私もそう」

「じゃあローザも地獄に落ちるってこと? いじめはアクギョウだよね」

「……死後の世界なんて迷信よ。2度も死の淵を確認してきたから間違いないわ」


 死にかけた時、眼前に広がっていたのは底なしの“無”だけだった。つまりはそういうことだ。

 信仰心など欠片も無いのに、勝手に落とされては堪らない。


 そもそも善悪なんて、社会がうまく回るように強者がその時々で決めてきたロジックだ。

 命を奪うのが絶対悪ならどうして戦争が起こる。

 祈り続けた奴隷がどうして慈悲無くのたれ死ぬ。


 実際、教会だって地域差がある。

 ただ祈りを捧げるだけで善行とすることもあれば、うっかり虫を踏み潰しただけで悪行とする地方もある。聖水をかければそれまでの罪が浄化されるなどという慣習もあるから適当なものだ。


「言っとくけど、国に払ってる税金の中には教会の取り分が入ってて、それが神への献身にもなってるの。教会の理論的には納税してるだけで誰でも楽園行きなのよ」

「えっ、お金で解決しちゃうの!?」

「言ったでしょう、金だけは持ってるって。聖職者を善人の集まりなんて思わないほうがいいわ。結局、あいつらが固執してるのも権力(ちから)よ」

「……そうなんだ」


 強者が世界を作る。その摂理は永久不変。

 だから私は――


「とりあえず入りましょう」

「う、うん。シスターに会うんだよね。何だか不安になっちゃった」


 クラウディアから聞いた話だと、1ヶ月ほど前に、前任の司祭から配置転換された修道女(シスター)が今のコーエン教会の責任者らしい。


「外面だけはいい連中だから平気よ。ただ記録を見せてもらうだけだもの」


 扉を開くと、冷えた空気が吹き出すとともに荘厳な空間が目の前に広がった。

 長椅子が整然と並び、中央奥には想像上の“楽園”を描いた宗教画と、説法を行うための講壇が置かれている。


「すいませーん」

「誰かいないの?」


 参列者の座る長椅子の間を抜けて声を上げるも、教会内は静まりかえっていた。

 聖職者は住民の病気や怪我を治すのも生業にしているため、大抵は常駐しているはず。

 するとその時、奥の部屋から声が聞こえてきた。

 扉は半開きになっていて、中の様子は簡単にうかがうことができた。

 室内ではテーブルを挟んで2人の男女が会話をしている。


「――というわけで事業も順調でして。これも修道女さまが入札に協力してくださったお陰でございます」

「ウフフ、そう言っていただけると手を貸した甲斐がありましたわ」


 商人風の装いをした初老の男がほくほく顔でいるのに対し、アイスブルーの髪が印象的な修道服の女は、しとやかな表情で男性に視線を傾けていた。

 歳は私より2,3つは上か。

 修道服のスリットが大きく開き、太ももが露わになっている。貞淑を重んじる聖職者にしては大胆な衣装だった。


「同業者の歯噛みした顔が目に浮かぶようですわい。最後に勝つのはやはり頭の回るものですなあ」

「いけませんよ、人の不幸を嗤っては。もっともアナタが正しい選択をしたことに違いはありませんが」

「申し訳ない。おわびに、教会にはたんまりと寄付をさせていただきますので、今後ともごひいきに」

「まあ! 神も大変よろこんでおられますわ。どうぞよしなに」


 教会は信徒の悩みを打ち明ける相談場所にもなっているが、どちらかといえばきな臭い話に思われた。


「では私はこれで――」

「ああ。お待ちになって」


 椅子から立ち上がろうとした男性を前に、一転シスターが神妙な顔つきになる。


「? なんでしょう」

「……杞憂ならよいのですが、最近、親族の誰かに不幸がございませんでしたか」

「はあ。いや、覚えはありませんが」

「どんな些細なことでもよろしいのですけど」

「うーむ……そういえば、甥が食中毒になったと聞いたような」

「ああ! やはり気のせいではなかったのね!」


 ふらふらと額に手をあてるシスター。


「どうなされました?」 

「実は……先ほどから背後で、アナタに取り憑いたと思われる怨霊が恐ろしい形相でアナタを睨んでおりますの」

「ええ!? だ、誰もおりませんが」


 慌てて男性が振り返るものの、当然そこには壁があるだけ。


「霊感の強い者にしか見えませんのであしからず。どうやらアナタを含めた親族に祟りをもたらしているようで。食中毒はその余波かと」

「!? まさかそんな!」

「このままではいずれご家族にまで呪いが及び、最後にはアナタまでも取り殺してしまうでしょう」


 その言葉を聞いた男性は一気に顔を青ざめさせる。


「馬鹿な、私はまだ死にたくない!」

「ご安心を。我々は霊媒師の訓練も受けておりますのですぐにでもお救いして差し上げます」

「なら早く除霊を! 金に糸目はつけませんから!」

「冷静に。まずは怨霊の正体を突き止めねば」


 立ち上がったシスターは、何もない空間に塩のようなものを巻いて奇声を上げた。


「キエ〜ッ! 邪悪なる者よ、汝はなんぞや! ……こ、これは! どうやら怨霊はアナタの同業者の先祖のようですわ! 子孫の商売敵であるアナタを排除するため取り憑いたと宣っています!」

「なんですと!? 逆恨みだそんなものは!」

「これは長期戦になりますわね……ひとまずこれを」


 シスターは、棚から粘土細工と思われるいびつな形の壺を持ち出した。


「その見すぼらしい壺は……?」

「これはアタクシが聖都で修行を積んでいた際、司祭さまから頂戴した聖なるる水瓶。強大な怨念を祓うまでには至りませんが、家に置くことで呪いの効果を半減させることができるのです。今ならこちらを金貨50枚でお譲りしましょう」

「金貨50枚!? そんなゴミが!?」

「はぁっ!? 奥ゆかしき造形にマレアさまの威光を象徴した神具ともいうべき逸品をゴミ呼ばわりとは、なんという罰当たり!」 

「いや、あの……!」

「これが偶然手元にあるのも100年に1度の僥倖だというのに! どうやら救いを望んでいらっしゃらないご様子! もうお好きに祟られたらいかが!?」 


 ぷいっとそっぽを向いてしまったシスターに、慌てて男性は追いすがる。


「待ってください! 買います、買わせてください! それで我が身が守られるなら!」

「……でも神をお疑いなんでしょう?」

「そのようなことはございません! おお、よく見たら素晴らしいデザインじゃないか!」

「……聖なる波動を感じますか?」

「感じます! だから買わせてください! 頼む、見捨てないでくれ!」

「では今すぐ現金でお願いしますわ。稼いだばかりですから手持ちはありますわよね」

「くっ……! こ、こちらに!」


 震える手で財布を取り出し、金貨をテーブルに積む男性。

 もう完全に冷静な判断ができなくなっているようだ。


「……確かに。これで当面アナタの身は守られましたわ」

「ああ、よかった!」

「床下に埋めることでより効果を発揮しますわよ。言っておきますが除霊は始まったばかり、また半月後に訪ねてきてくださいな。あと寄付もお忘れなく」

「はい! ありがとうございました!」


 部屋を出た男性は私達に目もくれず、どう見てもただの壺を大事そうに抱えて出口へ向かっていった。

 やがて男の姿が見えなくなると。


「ふ……フフ……ウヒャヒャヒャヒャ! ただのタンツボが金貨50枚に化けるなんてボロ儲けだわぁ!」


 エゴを全面に押し出したような顔付きで、シスターは抱腹した。


「居もしない悪霊にビビりまくっちゃってまあ。んなモノがいるなら、こっちからお目にかかりたいもんですわぁ! まっ、弱小商会がたんまり稼げたのはアタクシのお陰なのだから、当然のごとく利益はぜぇんぶアタクシのもの。せいぜい搾り取ってやるから覚悟しておくのねぇっ!」


 椅子の上で股を広げ、恥も外聞もなくはしゃぐさまは、聖職者の外面とも程遠い姿だった。

 有り体にいえばゲスがそこにいた。


「見てなさい! 中央の監視が緩いこの国で、アタクシは巨万の富を手にしてみせる! そしていずれは枢機卿となり、権力の頂点である教父――いや違う、女性初の教会指導者“聖女”になるのよ! ア~ッハッハッハ!」


 独り事なのにどうしてこんなに舌が回るのか。

 そして、ただ教会を訪ねただけなのに、私は何を見させられているのだろうか。


「……ローザの言う通り、聖職者は金の亡者なんだね」

「えっ。いや……まあ」


 さすがにここまであからさまなのは想定外だったため、言葉に詰まる。


「でも仲良くなれるんじゃない? ローザも権力が欲しいんだし」

「いや、私は……」


 どうしよう。

 傍からだと私はアレと同類に見えるのだろうか。

 何だか恥ずかしくなってきた。


「ア〜ッハッハッハ――――は?」


 尚も高笑いする修道女と、ふと目が遭う。


「……」

「……」


 なんとも言えない空気が流れた後、やがて椅子から立ち上がったシスターは、こほんと咳払いして向き直る。


「ようこそ教会へ。アタクシはシスター・エリーゼ。さっそくですが、どの辺りからご覧になってましたの?」


 紙より薄い慈愛の表情を貼り付けたエリーゼという名の修道女に、私は「霊感が強いんですって?」とだけ告げた。



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