05 魔導士、世話になる
「あの、ボクはレキって言います」
「! ちょっと……!」
老婆を訝しむこちらの気も知らず、レキが先に自分の名前を口にしてしまう。
それを聞いた私は慌ててその体を引き寄せた。
「どうかした?」
「……なんで名前を言ったのよ。どこで誰が聞いてるかわからないでしょう」
顔を近付け、クラウディアには聞こえないよう小声で告げる。
「え、でも……」
「彼女が追手で、味方が来るまで私達を引き止める作戦かもしれないのよ」
「まさか、クラウディアさんは違うよ。すごく優しそうだよ」
「そういう思い込みが隙を生むの。そうでなくても彼女がうっかり名前を漏らす可能性だってある。せめて偽名を使いなさいよ」
――自分の家に○○という名前の子が泊まっている。
何の気無しに漏らした言葉が敵の耳に入るとも限らない。
優しそうだからと馬鹿正直に名乗ってしまうなんて、いくらなんでも警戒心が無さ過ぎる。
「わかってるけど……」
「一体どうしたの。自分の命が掛かってるのよ?」
なぜか項垂れた様子のレキに私が問い質すと。
「……だってボク、ローザしか知り合いがいないんだよ」
うつむきながら言葉を漏らす。
「名前以外わからないのに、それも偽らないといけないなんて……こんなのじゃいつまでもひとりぼっちだよ」
「そんなの安全になってからで――」
「ボク、もっと色んな人と知り合いたい。ボクの名前を知ってもらいたい。声を掛けてくれた人にはちゃんと向き合いたい……」
今にも消え入りそうな声で、レキはそう告げた。
…………ああもう。
「おや、どうかしたのかい?」
「何でもない、少し相談してたのよ。……私はローザよ。それじゃあ、お言葉に甘えて世話になろうかしら」
「……!」
「レキちゃんにローザちゃんだね。それじゃあ、さっそく案内するね」
レキはともかく私まで「ちゃん」を付けられるとは思わなかった。
腰に手をあてゆっくり歩き出したクラウディアの後に続こうとすると、目を大きく開いて私を見つめるレキの顔が映る。
「なに。あなたのお願いはできる限り聞くって言ったでしょう」
「でも、ローザまで名前を言っちゃって良かったの?」
「あなたが名乗った時点でどっちでも同じよ。次からはちゃんと相手を選びなさい」
「……う、うん! ありがとう!」
一転、顔を綻ばせて足取りも軽く歩き出すレキ。
まあ、クラウディアの誘いが罠である可能性はゼロに近いだろう。
あくまでも偶然が重なった出会い。その気なら道中とっくに仕掛けてきていたはず。そう思うことにする。
それから私達は町の大通りを抜け、山麓付近まで歩みを進めた。
このあたりまで来ると郊外と呼んでいいほど家もまばらになり、砂利道の左右には青々とした穂先を揺らす小麦畑が広がっていた。
「ずいぶん歩くわね」
「ごめんねぇ、こっち側は農地だから。ほら、あそこがあたしの家だよ」
そう言ってクラウディアが畑の先に指した建物は、とても“家”という範疇に収まるものではなかった。
一言でいえば館だ。
それこそ貴族の住まいを彷彿させる、鉄柵に囲まれた瀟洒な2階建て造りの館が、新緑の海を漂う孤島のようにそびえていた。
◇◆◇◆
「ただいま帰ったよ」
私達がエントランスに入ると、すぐに上階から2人分の足音が響く。
やがて階段の柵越しに、まだあどけない表情の、男の子と女の子が現れた。
「おかえり、ばあちゃん」
「おばあちゃんおかえり。……その人達は?」
どちらも年齢はレキと同じくらいか。
アッシュブロンドの髪をした軽快そうな男の子と、彼とは対照的に控えめな印象の黒髪の女の子だった。
「あたしの孫のアランとフィーナだよ。こっちはローザちゃんとレキちゃん。2人で旅をしてるんだって。町に帰る途中で助けてもらって、少しの間うちに泊まることになったんだ。ほら、ご挨拶は?」
「こんちは、アレンです」
「……こんにちは、フィーナです」
挨拶する2人の表情はどうにも硬い。
まあ、旅人なんて素性のわからない相手が敷地に入ってきたら警戒するのは当然かもしれない。
「レキです。少しの間お世話になるね」
「ローザよ」
形式的な挨拶をすませると、階段を昇り、2人の間を抜けてクラウディアの案内で2階端の客室へ向かう。
年季の入った廊下は、この館の浅くない歴史を感じさせた。
客室にはシングルベッドの他にもクローゼットやテーブルまで備わっていて、そこらの宿にも劣らない十分にくつろげる空間が広がっていた。
部屋の空気も埃臭いところはなく、本当に長年使われていなかったのかと疑りたくなるほど清掃されている。
もう1つあてがわれた部屋も同様で、家具こそ違えど綺麗に整頓されていた。
「素敵な部屋だね!」
「そうね、なんだか恐縮だわ」
「気に入ってもらえてよかったよ。お夕飯はご馳走を用意するから、楽しみにしていてねぇ」
「えっ。いや、さすがに食事まで世話になるわけにはいかないわ」
断ろうとするものの「いいんだよ」と温和な笑みを浮かべてクラウディアは言う。
「3人分作るのも5人分作るのも一緒だよ。お客さんなんて久しぶりだし、まだまだ料理の腕には自信があるんだ。たまにはワイワイしたいし、あたしのワガママだと思って食べていってくれないかい?」
その時。
服の袖が2回ほど引っ張られる。
振り向くとレキが私に視線を送っていた。
「はあ……それじゃ、お願い」
「ありがとう。おばあちゃん、がんばるからね」
「やった! ありがとうローザ!」
なんでレキが感謝してくるのか。
なんだろう。確かに頼み事は聞くと言ったが、少し甘すぎやしないだろうか。
「そうだ。コーエンの領館ってどこにあるのかしら?」
気を取り直して私が尋ねると、なぜかクラウディアの表情が少しだけこわばった気がした。
「領館に用があるのかい?」
「この辺りで起こった事故で少し調べたいことがあるのだけど」
私がそう言うと、彼女は表情を緩めて口を開く。
「それなら教会を訪ねるといいよ。今、国に頼まれて記録をつけてるのはそっちだから」
「そうなの?」
「うん。今、こっちは少しごたごたしててねぇ」
日が沈むまではまだ時間がある。
荷物を置いた私とレキは、さっそく教会を訪ねることにした。
部屋を出た私がふと振り返ると、少し離れた扉の影からクラウディアの孫2人がこちらをじっと見つめている。
気になりはしたものの話しかけるほどでもないと、私達は館を後にした。




