01 魔導士、正義の味方に遭遇する
「見てローザ。遠くにすごく大きな山があるよ」
「山くらいどこにでもあるでしょう」
「天気が良くてよかったね。風が気持ちいいなあ」
「魔法を使えばいくらでも吹かせられるわよ」
よく晴れた空の下。
乗り合い馬車の窓の先に広がる景色を、ベージュ色の外套を纏ったレキが目を輝かせて眺めている。
それをほほえましげに見つめる乗客の年寄り達。
別に外を見るのは構わないが目立つのは控えてほしい。いつ追手に知られるとも限らないのだから。
ヘレナの町を出た私とレキは、川の上流――ちなみに名はウォルド川という、王国中央を流れるフォルズ川の支流の1つである――王国の北方、王家直轄領コーエンへと向かっていた。
さすがにヘレナ郊外の馬車駅を使う度胸は無かったために、次の中継地までは徒歩で移動した上で6頭立ての馬車に乗り込み今に至る。
今のところレキが3ヶ月前に川から流れてきたという以外に、記憶をたどる手がかりは1つも無い。
何か事件や事故などの情報があればよいのだが、何ヶ月も前のことを覚えている人間など限られているだろうし、記録を見るには土地ごとの領官にいちいち掛け合わなければならない。
けど追手が居場所を突き止めるのに3ヵ月もかかっていることから考えると、川に落ちたのも追われている途中で……というよりは何か作為的なものを感じる。
いずれにせよ手がかりをつかむのは河原の石から宝石を探すようなものだ。気長に構えるしかないだろう。
「川の水がきれいだなあ。あの魚、なんて名前かな」
「今の時期だとマスよ。川ならどこにでもいるわ」
「あの雲、すごく大きい! 中にお城でもあったら素敵だなあ」
「水の固まりに城なんか造れるわけないでしょう」
「ローザってつまんない人間だよね」
「急にどうしたのよ!?」
なぜか白い目でこっちを見るレキ。
普通に相槌打ってただけじゃなのに、どうして機嫌が悪くなるの。
「今までだって冒険には出ていたんだから、そこまではしゃぐことじゃないでしょう」
「いじめられてたボクにのんびり景色を見てる余裕あったと思う?」
「くっ……」
身も蓋もないことを言ってくれるわね。
まあ、見ていて何か思い出してくれれば助かるから構わないけど。
「そういえば、例のあなたと入れ替わったって子はあれから出てきたの?」
「ううん。何度も心の中で呼びかけたりしてみたけど、全然」
「そう。ま、本人の気が向くのを待つしかないわね」
魔族に貫かれたはずの私を助けてくれたという、レキと入れ替わった“誰か”。
1人の人間に複数の人格が存在する――ぱっと思いつくのは多重人格や悪魔憑きの類になる。
だけど考えてみれば、私達がやっていたレキへのいじめ、ましてやガルムからの暴行なんて実害以外の何物でもない。それこそ悪魔が入り込んでいたら反撃されてもおかしくはなかっただろうし、3ヶ月の間に何の兆候もなかったというのは違和感がある。
レキとは少しだけ言葉を交わしたそうだが、話を聞く限りでは“別の人間の精神がレキの中に潜んでいた”と考えるのがしっくりくる気がした。
ただ頻繁には入れ替れないのだろう。それが出来るならさすがに姿を現してくれてもおかしくない。
いずれにしても今は私達だけで手がかりを探すしかなかった。
「でもあの子がローザを治してくれたってことは、ボクも同じことができるかもしれないよね?」
「可能性はあるけど、治療魔法はあまり詳しくないのよね。……ああ、それと昨日魔力量を測るために杖を貸してあげたでしょう。その時にあなたの“色”を見たけど――」
その時。
馬車がガクリと揺れ、動きが止まる。
「な、なんだお前ら!」
御者の焦った声が聞こえてくる。
どうやらトラブル発生のようだ。
窓から様子をうかがうと、馬に乗り斧や弓で武装をした数名の男性の姿があった。反対側に座る客からも悲鳴があがっているところを見ると、どうやら囲まれたようだ。
(追手? ……いや、違うか)
どう見てもただの野盗だ。
岩地に差し掛かってきたところで待ち構えていたのか。
「おうおう、こんな立派な馬車に乗ってるなんざ、さぞや金目の物を蓄えてるに違ぇねえや。全員顔を見せな」
金持ちが乗り合い馬車なんか使うわけがないのに、なんとも頭の悪い台詞を吐く野盗。襲うなら商隊を狙えばいいものを。私ならそうする。
「どうしようローザ」
「落ち着いて。あんなクズ共、いざとなれば私の魔法でどうとでもなるわ」
不安げな様子のレキに、私は大布を巻いて見た目を隠した愛杖【アルスノヴァ】に目をやりながら答える。
杖さえあれば対人戦闘は十分。たかがゴロツキ、私の敵ではない。
「だったら早くなんとかして。みんな怖がってるよ」
「まあ待ちなさい。私があいつらを蹴散らすのは簡単だけど、変に目立って噂されるのはまずいわ。どこで追手の耳に入るかわからないもの」
「じゃあどうするの」
「こんな時はじっと待つのよ。誰かが何とかするのをね」
戦わねばならない敵が現れた時に人が取る行動は3つに分かれる。
“自分が戦う”“みんなで戦う”“誰かにやらせる”のどれかだ。このうち、1番安全かつ楽に済むのが3つ目。
そもそも戦ったところで一銭にもならない。ぎりぎりまで手を出さず力を温存することがいつ襲われるかもしれない私達にとっては最善の策といえた。
「でもあんな大人数と戦える人なんているの? 他の乗客なんてみんなお爺さんやお婆さんだよ」
「こんな時のために大抵1人は御者と一緒に用心棒が馬に同乗しているのよ。そいつが何とかするわ」
町から町へ移動する馬車は当然ながら治安も何もない郊外を行き来している。馬車を運行する商会もならず者が襲ってくることを想定して用心棒を雇っているのだ。
そうでなければ馬車と物資を奪われ放題になってしまう。
「えっ。御者さんって1人しかいないよ」
「……は? そうなの?」
「そうだよ。1番安い馬車だから人件費も最低限で助かるって、自分で言ってたじゃない」
…………そういえばそうだったかしら。
だってお金がもったいないもの。いざとなったら自分で戦えばいいと思って。
そうね、すっかり忘れてたわ。
でもあれよ。残った御者だって1人で馬車を任されるぐらいだもの。もしかしたら戦闘訓練ぐらい受けていてもおかしくはない。
「ひええ! お助け~!」
御者は私達を見捨ててあっさりと逃げ出した。
何してるの。“お客はゴッド”って言葉を知らないの。後で慰謝料を請求してやる。
「……ローザ。どっちみちこの数じゃかなわないよ」
わかってるわよ。
ああもう、面倒くさい。
「おら、身ぐるみを剥がしてやるからさっさと降りてこい!」
この世の終わりといった表情を浮かべながら馬車を降りる年寄り連中に混ざって私達も外に出る。
すると案の定、私達の姿が連中の目に止まった。
「うっひょ〜、美人のネエちゃんと可愛い嬢ちゃんがいるじゃねえか!」
「こっちぁ日照り続きで退屈してたんだ。全員でたっぷり相手してやるから喜べや」
下卑た笑いを浮かべるクズ共。
汚いツラを私に向けた罪で死刑は確定として、問題はどう戦うかだ。
あまりあっさり勝つと目立ってしまうし、かと言ってこんな奴らにかすり傷でも付けられるのはプライドが許さない。
どうしたものか頭を悩ませていた、その時。
「そこまでです、悪党の皆さん!」
凛とした声が岩場に響く。
当然ながら私達のものではない。
「次の町へと移動したいだけの善良な市民から金品を巻き上げんとする所業、見過ごすわけにはいきません!」
周囲を見渡すと、大岩の上に佇んでこちらを見下ろす女の姿。
歳は私と同じくらいか。長い金髪が風にたなびき、白銀色の豪奢な鎧を纏っている。
「誰だてめぇは!」
野盗の放った声に、女は鋭く反応して腰の剣を抜いた。
「誰だと問われれば答えは1つ! わたしはジャスティ・レスティ! 弱きを助け悪を正す、正義の味方を生業にするものです!」
そう言って彼女は、岩の上でなんか腕と足をピンと伸ばす珍妙なポーズを取った。
「ローザ。あの人、なに?」
「知らないわよ、あんな色モノ」
唐突に展開された理解の追い付かない光景に、私は目を白黒させるしかなかった。
誰かが何とかすればいいとは思ったけど、自分で自分を正義の味方なんていう人間なんて実在したのね。




